第2話 ヴァンパイアハンター
深夜の博物館はしんと静まり返ってるが、俺が今いる場所だけは明かりがついている。
「うふふ……来ちゃった」
この女こそが県立自然史博物館の館長で、ヴァンパイアハンターのフィンリー オニールだ。赤っぽい金髪を腰の辺りまで伸ばし、スーツを着たクール系美女に一見見えるが油断ならない。吸血鬼かもしれないと言われる俺を見張ってるんだ。
俺が活動してた頃は、まだ沢山の同族が居たはずだけど、博物館で展示物になっている間にほとんど狩り尽くされたらしい。その事に対して特に思う事は無い。薄情かもしれないけど同族を想う気持ちより、目の前のヴァンパイアハンターへの恐怖心の方が格段に強い。
「アタシ達は明後日でお別れなの。貴方をダリブン大学へ貸与する事が理事会で正式に決定しちゃったのよぉ……」
マジで!? ヤッター!! 遂にこのミイラに話しかけてくる変態とお別れ出来るのか〜。どうりで閉館後に俺を乗せた展示ケースがバックヤードに移動された訳だ。本当にありがとう、謎の理事会!
「でもアタシ嬉しくもあるのよ? ダリブン大学で研究してもらえれば、先祖代々怪しく思ってた貴方の正体が遂に分かるかもしれないじゃない? 州の文化財に指定されてる貴方に手出しは出来ないけど、吸血鬼だって言うなら話は別よねぇ?」
ウワァーッ! さっきの感謝は取り消す! よくもやってくれたな、謎の理事会め!! と言うか、このピカピカ感じるのって何だ? さっきから気になってたんだけど、全身を舐め回されてるみたいでとても不快だ。
そーっと薄目を開けると、銀色の短剣を持ったフィンリーがこっちを見ながら、恍惚の表情で短剣をうねうね動かしているのが見えた。青い目を細め、短剣をレロォ〜っと舐める。……目なんて開けなければ良かった。
「“不死の王”、元の姿に戻った貴方を見てみたいわ。貴方は肖像画の通り美しいに決まってるもの、アタシ美しい物はみぃーんな好きなのよ。美しい貴方の心臓をこの美しい純銀の短剣でサクッと……! どんな音がするのかしらね? ああっ、想像しただけで楽しいわぁっ!」
ヒェッ、俺は“不死の王”って言う厨二感溢れる異名に見合わない、チキンハートの持ち主なんだぞっ!
「金属でトップの反射率を誇る銀の短剣って美しい貴方にぴったりでしょ? だけどすぐに変色しちゃうから毎日貴方のために磨いてるのよ。うふふっ」
頬を染めて『女を磨いてるの』みたいな口調で物騒な事言ってる……。怖い。こうなったらフィンリーが気色悪い舞踊りをしている間にそっと目を閉じよう。
「あれ? 貴方の目、今動いた?」
ヒェェッ……! 汗は出ないけど、出るならブワッと全身から滝のように冷や汗が出ている事だろう。体が動かない事に今以上感謝する事はきっとこの先無い。動いていたら間違い無くカタカタ震えていたはずだ。
怖くて目は開けられないけど、フィンリーの粘っこい視線を全身にひしひしと感じる。俺の人生ここまでなのか……?
「やっぱり気のせいかしらぁ……。貴方が動いてくれたらどんなに楽しいかと思うけど、ミイラが動くはず無いものねぇ?」
フィンリーは心底残念そうにそう言うと照明を消して、バックヤードから出て行く。た、助かったぁ……。周囲に物音が聞こえなくなって初めて、緊張から解放された俺はホッとした。
死ぬのが怖い!! 俺は不死身だけど、フィンリーに吸血鬼だってバレたら絶対に退治される。吸血鬼が死ぬ時ってどんなだろう?
日光に晒されて体が動かないまま、灰になる恐怖を味わうのか? 聖水を浴びせられて全身を火傷する様な耐え難い痛みを感じながら死ぬのか? それとも自分の心臓に杭を打たれる音を聞きながら苦しんで死ぬのか?
うわぁーー!! そんな怖くて痛くて苦しそうな死に方なんてしたくない! 俺の理想の死に方は夜寝て次の日の朝、目が覚めなかったってやつなんだ!
決めた、生き汚くでも生き抜いてやる。吸血鬼だってバレないようにここへ帰って来て、平穏な展示物ライフをまた送るんだ! 精神的苦痛には耐えなきゃいけないけど、いくらフィンリーでも文化財の俺に手出しは出来ないはずだよな。
俺の寿命は有ってない様なものだから、生きてればそのうち何とかなるはず。そしていつかは絶対に幸せを手に入れるんだ!
*
翌朝、俺をダリブン大学へ送る準備の為に展示ケースの蓋が開けられた。久々に外の空気を目一杯吸えた感動もあるけど、大量に届く情報で軽く酔いそうだ。吸血鬼は嗅覚や聴覚が鋭い。例えミイラになっててもそれは同じだ。今までは展示ケースが良い壁になってたようだ。
バックヤード自体は静かだが、外から聞こえる人の話し声や靴で床を蹴る音、展示物を紹介する自動アナウンスの声、博物館の外から聞こえるのは車のモーター音やクラクションだろうか。
それから嗅ぎ慣れた埃っぽい古い物の匂いや薬品の匂い、少し離れた場所からは人間の匂い、鼻につく香水の匂い、排気ガスの匂い。
あっ、鳥の囀りも聞こえる。自然の音は昔と変わらず耳に優しい。当面の目標にしてた平穏な展示物ライフが少し霞むな。なんて思ってたら、けたたましい音が響いた。それから血の匂いも──。
展示ケースのガラス製の蓋を学芸員がうっかり割ったらしい。その破片を拾っている最中に指を切ったようだ。その学芸員はバックヤードの資料を汚さないよう直ぐに部屋を出たが、強い血の匂いが部屋に漂っている。
俺は血の匂いにクラクラしたが、どうにか堪える。ここで動いてはいけないし、この渇き切った体は急には動かない。これも生き抜くため、平穏な展示物ライフのためだ!!
騒ぎが落ち着き、俺は慎重に台の上に置かれ採寸された。
「18……1いや、2cmかな」
俺って意外と身長高かったんだな。だけどミイラになってちょっと縮んだりしてるのか? あっ、足は少しでも長く測ってくれよ。でも何で採寸なんてされてんだ?
なるほど、配送業者の専門部隊が俺のサイズに合わせた木箱を作ってくれるのか。……足の長さはありのままでいいです。運んでる途中で揺れて折れたり削れたりしたら嫌だからね。
その日は箱作りで終わり、翌朝俺は包帯で丁寧にかつ、ぐるぐる巻きにされた。おおー、今の俺ミイラっぽくない? どうですか、配送業者のお兄さん。
「そっと丁寧によ。傷付けないようにねぇ」
ヒイィ……。出た、フィンリー オニール。でも今日でしばらくこの女の声を聞かないで良いと思うと、晴れやかな気分だ。
それから慎重に木の箱に詰められる。箱の中は木の匂いが強いな。そう思ってたら蓋が閉められたのか、暗くなった。おお〜棺のようだ。ちょっと違うけど、暗くて狭い場所はやっぱり安心するなぁ〜。なんてほっこりしてたらフィンリーと配送業者のお兄さんの声がした。
「ちょっと、ちょっと! それは何?」
「何って……窒素ガスですよ」
窒素ガス!? そんなの入れられたら俺どうなっちゃうの? 吸血鬼は息が出来なくなったりしない……よな? もしかして誰にも知られず酸欠で死ぬ? 嫌だー! 窒素は入れないでくれ!!
それならあの女に銀の短剣で刺された方が、まだ死に様としてはかっこいいじゃないか。いや、もちろんそれも嫌だけど!
「窒素なんて入れちゃダメよ! 彼は生きてるかもしれないの」
「……生きてる? で、ですがミイラの最適な保存状態を維持するためですので……」
「ダ〜メッ! 窒素を入れるって言うなら館長として、このミイラを博物館の外へ持ち出す事を許可出来なくなるわ」
「は、はあ……。分かりました」
……今回ばかりはフィンリーに感謝だな。でも配送業者のお兄さんの気持ちもよーく分かるよ。そりゃミイラが生きてるとか言われたら引くよなぁ……。まあ生きてるんだけど。
ん? 生きてる? ……マズイ、研究されたら生きてるってバレる。でも研究されない様抵抗しても生きてるってバレるよな? ど、どうしよう……。
それから蓋をビスで止める音が聞こえた。身動きが取れない状態で聞く機械音ってかなり怖い。それから程なくして俺はトラックに乗せられ、県立自然史博物館を後にしたのだった。
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