不死身のチキン 〜ミイラになった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜
甲野 莉絵
第1話 吸血鬼のミイラ
ここはアルイランドの首都ダリブンにある、県立自然史博物館。来館客でざわざわと賑わう館内を、旗を持った学芸員の後ろを子供達が付いて歩いている。確か……博物館見学ツアーと言ったか。
子供達が向かう先にいる男こそがこの物語の主人公だ。紹介しよう、あそこの展示ケースを見てくれ。
そう、物言わぬミイラだ。
彼は私がこの世界に呼んだのだが、面白いから見ていて飽きないのだ。はて、物言わぬミイラの何が面白いのか? それは──お、学芸員が話を始めるようだ。
それでは私、天の声はこの辺でお暇させていただくとしよう。
「さあ、次の展示物はミイラ──で・す・が! これから見る物は普通ではないかもしれませんよ〜。その特徴が分かる人ー?」
「はいっ!」
「じゃあ、元気に手を上げたそこの金髪の男の子!」
「吸血鬼のミイラです!」
「正解! 吸血鬼だったかもしれないと噂されているミイラです」
日の当たらぬ仄暗い展示室の壁面には、我が城の写真と説明が大きく載っており、ガラスケースにはそこから発見された服飾品や食器、絵画などが展示されておる。
そしてその中央、一際目立つ場所に置かれた展示ケースに横たわるミイラこそが──。
「こちらがレスターン州指定の文化財、ジョージ ケリー3世のミイラです。ミイラと言えば古代エプジトを想像すると思いますが、ケリー伯爵は大変珍しい近世の物なんですよ」
そう私、ジョージ ケリー伯爵だ。以後お見知りおきを。
「ケリー伯爵と言うよりも“不死の王”と言った方がピンと来る方も多いかもしれませんね。不死身の怪物である吸血鬼にちなんだ別名です」
「でもさー“不死の王”ってミイラだし絶対死んでるじゃん」
「そう考えるとマヌケね」
…………ところで、諸君等は吸血鬼についてどの様に思うておるだろうか? そう、血液を啜りその身の糧にする化け物だと人間には恐れられておる。
先程指摘された様に不老不死、怪力、催眠術、変身能力があり、弱点は日光、聖水、十字架、ニンニク──。
その能力や弱点は枚挙に暇が無いが、いずれにせよ吸血鬼は伝説や民話の中の存在とされておるな。
ところが実在するのだよ。“不死の王”と言う異名が表すようにミイラとなっても尚、生きてここで諸君等と相対している私こそがその証拠だ。
「では何故ミイラはこのように大切に保存されているのでしょうか? それは当時の人々がどのような生活を送っていたかが分かるからです。例えばミイラが身につけている物を見ると当時の服飾の流行が分かりますね。またミイラを詳しく調べればどのような病気にかかっていたかを知る事が出来ます」
さて、諸君等も吸血鬼のミイラと聞いて気になっておる事だろう。私が吸血鬼である事に間違いは無いからな、病気や怪我で死ぬ事などまず無い。そうなると私は生きたままミイラ化した言う事に自ずとなるのだが──。
「でもさ、このミイラ生きてるって噂だぜー?」
「あっ、それ知ってる! 『怪奇、目を開けた怪物のミイラ』って動画でしょ?」
「ええ、怖っ……」
「それにミイラって普通に気持ち悪いよな」
そんな事言うなよな? 俺だってなりたくて気持ち悪いミイラになったんじゃない。いくら吸血鬼でも傷付くんだぞ。……おっと失敬、言葉が乱れたな。
「文献によれば、ジョージ ケリー1世、2世、3世は皆瓜二つの見た目をしていたそうです。日中出歩いている姿を見た事が無い、獣を使役していたと言われた事から、その正体は吸血鬼で歳を取らないのを誤魔化す為、3人の人物を演じていたのではないかと当時の人々に噂されました。」
ククク……ハーッハッハ! 正解だ。人間よ、私の秘密をよくぞ見抜いた。褒めて遣わす。
バンッ、バンッ!!
うわわっ、さては子供が展示ケースを叩いてるな? 頼む、揺らさないでくれ。俺は水分が抜けたカッサカサのミイラなんだ。しかも動けないんだぞ。
っていうか首とか外れたらどうなっちゃうんだ? 嫌だよ? いつか元に戻れた時デュラハンみたいに首を抱えた吸血鬼になるのとか。
──あっ、ザ吸血鬼な口調が……。まぁいっか。格式ばった自己紹介をずっとやってみたかったけど、だいぶボロが出てたから。
ガキンチョ達、改めましてこんにちは。俺はジョージだ。……って誰にも聞いてもらえないって分かってると切ないな。
「さて、ケリー伯爵が吸血鬼なんじゃないかって言われている理由をいくつか説明しましたが、吸血鬼の体で1番の特徴といえば? 分かる人ー?」
「はいっ!!」
「じゃあ、赤毛の三つ編みの子!」
「牙が生えているところです!」
「正解! このミイラは立派な犬歯が生えているんです。ほら、見え辛いけど少し開いた口元から牙が覗いているのが見えますか?」
……物凄い視線を感じる。目を瞑ってるから本当は分からないけど絶対見られてる。子供と研究者の視線って遠慮が無いよな? 緊張で冷や汗が出そうだ。汗は出ないけど。
それに少し口を開いた状態で動けなくなったせいで、埃が口に入って大変だった。今は展示ケースに入れられて良くなったけど、その代わり日々プレッシャーに耐え続けてる。展示物ってプライバシーは無いのか?
「今はこんなシワシワな状態で見る影もありませんが、ケリー伯爵は大変美しい見た目をしていたそうですよ。あそこにある3枚の肖像画を見ると分かりますね」
おいおい、そりゃないだろ? 今だって──シワシワかぁ……。決して俺がナルシストな訳ではない。ここにある肖像画は俺が描かせたんじゃなく、ある日熱烈なファンレターと一緒に3枚も送られて来た物だ。
「それでは次の展示物を見に行きましょう」
ふう、やっと解放された。いつも思うけどこの展示室、陰気だよな。そりゃ日光はダメだけど、普通の照明は平気だから、もうちょっと明るくっても良いと思う。それにあの目力が強い肖像画にじっと見られてるから怖い。俺の顔なはずなのに……。
さて、何故俺は生きたままミイラにになって博物館で展示されてるのか? 何回も考えてるけど、退屈な展示物ライフの気分転換に頭の中で整理してみよう。
まず棺桶の中でちょっとひと眠りするくらいのつもりが、500年くらい寝てただろ。そして気付いたら動けないミイラになってたんだよな。ミイラになっても生きてるのは俺が吸血鬼だからだろう。それで50年くらい前に発掘されて今は博物館で展示されてる。
意識はあるのに誰かと話す事が出来ないって、かなり寂しい。普通なら発狂してそうだけど、吸血鬼は精神が強いのか? 寂しさを紛らわす為にも情報収集は積極的にしてる。
とは言え普通の人間にとっては、目をカッ開いてキョロキョロするミイラってのはあり得ないだろうから、薄目で時々周りを見るくらいだ。俺の展示ケースが薄暗い場所にあってくれて助かった。気付けば俺が活動してた時代よりかなり文明が発達したようだ。
初めて博物館に運ばれて来た時、展示物として扱われる事にちょっとムカついてたから、人が居なくなった隙に自分がどうなってるのか目を開けて見てみた。
普通吸血鬼は鏡とかに映らないけど、500年血を1滴も飲んで無いから、もしかしたらガラスの蓋に映るんじゃないかと予想したんだ。吸血鬼の弱点とか特性って生き血を啜るって言う罪深い行為と深く関係してるらしいから。予想通りぼんやりとだけど映った。
だけど自分と対面した時の衝撃と言ったら、あれは一生忘れられない。落ち窪んだ目をカッ開いたミイラがぼんやりと映ってた。しかもシナシナの生え際から髪の毛が生えてるのってかなり気持ち悪い。
俺は自分の顔を見て飛び上がって悲鳴をあげた。だけど実際は体は動かないし声も出ないから、乾燥防止に置かれてるコップの水面がほんのちょっと揺れたくらいだったけど。突き付けられた現実と自分の顔を見て驚いたショックで泣きそうになった。
それまでもミイラになってるんじゃないかって薄々予想はしてたし、半ば諦めて受け入れてた。だけど意識がある状態でこうなると普通は思わない。それにもし神様がいるのなら、不運続きの俺はもう少しかっこいい状態でいさせてくれても良かったと思う。
それから忘れちゃいけない事がひとつ。この博物館の館長はヴァンパイアハンターなんだよな……。
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