魔王城にて1

「魔王様!そろそろ立ち直ってくださいよ!この際だから、人間どもに思い知らせてやりましょう!」


宰相のバットンが執務室の天井にぶら下がり、魔王を鼓舞する。

魔王は、大きなため息を吐くばかりで、血の気を失った顔は、寝不足のせいで一層どす黒く変色していた。


「そうでさぁ!俺がいればへっぽこな人間なんてイチですって!!」


「人間が作った飯は美味うまいらしいから、皆殺しにして、食い尽くしてやるぜ!!」


おバカなギュータンとイベリーも魔王を勇気付けるが、そんなものが身も心も疲弊した魔王に届くはずもない。


雷鳴の日、魔王の発した悲鳴は、人間にはさぞ恐ろしく聞こえたらしい。

情報によると、翌日には、人間の国々は魔王復活を大々的に報じ、まるで血に飢えた野獣のように戦備を整え始めたそうだ。


恐怖に怯えた人間は、早々に大陸会議を開き、復活して間もない魔王を叩こうと、戦端を開く動きを見せている。

このままでは、全面戦争は避けられないだろう。


憔悴し切った魔王は、極度の心労によって角が抜けてしまい、寂しくなった頭を抱える。

絶望の淵に立たされる魔王を見て部下たちは、


「しっかりしてくださいよ!魔王様にかかれば、人間共なんてチョチョイのチョイでしょ!」


「そうでさぁ!俺の剛腕で捻り潰してやりまさぁ!」


「豚に真珠ってんで、人間が武器を持っても、所詮は人間ですわ!」


能天気なことを言う部下たちを、魔王は目だけを動かしてギョロッと見据える。


「バカを言え……、人間の脅威は個の力では無く数の力だ。どれだけこちらの個が強かろうと、数で勝る人間には勝てん……」


吐き捨てるように言う魔王も、ギュータンが反論するように、体を前のめりに突き出す。


「貧弱な人間がどんだけいようと、俺らなら楽勝ですよ!」


魔王は、ギュータンが近づけてきた顔を押し返しながら、


「人間が総力で臨めば、数十万は覚悟しなくてはいけない。それに引き換えこちらは、戦える者で数えると数千が限度。単一国で勝てる相手ではないのだよ……」


と、丁寧に説明する。

魔王の説明に、次はイベリーが顔を突き出し問いかけた。


「でも、先代の魔王様の時代は、いい勝負だったんでしょ?」


「その頃は、魔族の数も多く、魔王領も広大だった。それが、親父殿が起こした戦争で、魔族の数は三分の一にまで減り、領土は縮小……。戦争どころではないんだ。だから、こうして慎ましく生きてきたのに……」


内容はわからないが、勝てる見込みが、万に一つもないということだけは理解したイベリーは、シュンとしながら顔を引っ込めた。


「なら、降伏されますか……?」


天井にぶら下がったまま、そう問いかけるバットンに、魔王は固く目をつむりながらそれを否定する。


「バカ親父が人間に喧嘩を売ったせいで、魔族全体が嫌われ者だ。降伏しても見た目の違いから差別意識は高いし、虐殺されるのがオチだろう。戦う以外の選択肢はないが勝機はもっとない。どうすればいいのか……」


疲れたように、盛大なため息を吐き出す魔王を気の毒には思いつつも、部下たちは、我々では力になれそうもないと、すごすごと退室していく。


「そもそも、復活などできれば、苦労はない……」


ポツリと独り言を呟いた魔王は、冷静に分析する。


圧倒的な数で攻められれば、少数精鋭で編成された魔族軍は、あっという間に敗戦してしまうだろう。

かといって、降伏をしても、恐怖に支配された人間が、おとなしく矛を収めるとは限らない。

民衆に後押しされる形で、魔族を根絶やしにする光景がありありと浮かぶ。

勝ち目は皆無、負ければ皆殺し……。


うす暗い執務室で、魔王は机の上で組んだ手を額に当て、目を閉じる——。


——どれほど長い時間経っただろう。

微動だにせず思案を重ねる魔王は、まるで絵画の住人になったかのようだった。

明かりも灯さず、すっかりと薄暗くなった執務室には、ぼんやりと輪郭を見せた月の光だけが、唯一の光源となる。


そして、目を開いた魔王は、何かを決意したように、抜けた角で机に備え付けてあるベルを打った。


『リーン!』


ベルの音を聞いて、バットンが執務室に駆けつける。


「魔王様?如何様いかようで?」


「モー・グーを呼べ!作戦会議を行う!」


そう指示した魔王の顔は、相変わらず生気はないが、ただ未来を見据える力強い眼と、覚悟を決めた堂々たる風貌に変わっていた。

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