第1話 メイドに連れられて

——アキレス城宝物庫——


一人の年若いメイドが、宝物庫に保管されている台座の前で、立ち尽くしていた。


石造りの台座には、『勇者の剣』とネームプレートがかけられており、雑巾を握った手が、ふるふると震えている。


しかし、台座には在るべき場所に剣は刺さっておらず、黄色い翼を模したつばに、青い柄の剣は、無造作に床に転がってしまっていた。


「——ど、どういうこと……?」


メイドは誰に言うでもなく呟くと、緑の目を泳がせ、周囲の気配を探る。

目撃者がいないことを確認し、ひとつ息をついたメイドは、無造作に転がる勇者の剣を、震える手で台座に戻した。


荒くなった呼吸を抑えつつ、細心の注意を払いながら、右に左にと、何度も剣の角度を調整し、まっすぐ刺さっているように偽装する。


剣を刺し終えると、数歩ほど台座から離れ、満足したように小さく頷き、きびすを返す。


宝物庫を飛び出し、栗色のツインテールを揺らすメイドは、王城を後にすると、足早に街の方向へと走り去ってしまった。



——王都の噴水広場——



魔王復活の報が大陸中を駆け巡り、バタバタと騒々しくなったアキレス王都。


そんな中、イナカ村から遊びに来ていたレイドは、噴水のふちに腰をかけ、ボーッと、周囲の様子を眺めていた。


「大変そうだな〜。みんな……」


薄ぼけた灰色の髪が風になびき、やる気の無さそうな茶色の目は、焦点が合っていないように、ふらふらと揺れる。

目を細めると整って見えなくもない顔は、不満の色を隠そうともせず、下唇を突き出しながら、不貞腐れている。


魔王の復活で戦時体制に入る前に、パーっと遊ぼうと思っていたレイドだったが、思いっきりアテが外れてしまったようだ。


すでに、王都は混乱の最中にあり、そこかしこで避難の準備や買い占めが横行し、レイドが、母親からがめたヘソクリでは到底及ばないほど、価格が高騰していた。


「どこに逃げても同じだろうに……」


ふんっと、ため息をついたレイドは、「しょうがない……」と立ち上がり、村へ帰ることに決めた。

繕った跡が目立つズボンを払い、底のすり減った靴を一歩前に出す。


「——あの……っ!お時間よろしいですか?」


手相の勧誘のような誘い文句に、レイドは怪訝な顔で振り返る。

しかし、声の主を見た途端、半目になった眠そうな瞳が、わずかに見開かれる。


レイドに声をかけたのは、栗色の髪を高い位置で二つに結び、まん丸な緑の目を潤ませている、メイド服姿の少女だった。


膝上のスカートから伸びる健康的な足は、震えているようで、眉をハの字に曲げた幼さの残る顔を見るに、随分と困っている様子だ。


「あぁ……えーと……。な、なんか用っすか?」


先ほどより、数トーン低くした声で応じたレイドが、美少女メイドに要件を尋ねる。


若干の人見知りであり、寒村育ちのレイドに、若い女性の免疫などある筈もなく、明らかなシティガールを目の前にして、自分でもわかるほどに狼狽していた。


高鳴る心臓を抑えようと、意識的に出した低い声で、“興味ねぇし”感をしっかりと演出しつつ、美少女メイドに向き直る。


「その、私……ちょっと困ってて……。ついてきてもらえませんか?」


そう言うとメイドは、返事も聞かず手を握り、レイドを強引に引っ張っていく。


(あぁ……、女の子の手って、柔らけぇ……!)



レイドは、メイド・セシーの手の感触に感動している隙に、あっさりと広場から連れ出されてしまう。


額に汗をかきながら手を引く彼女の、絶対領域を目に焼き付けるのに夢中なレイドは、これから起こる災難など、想像だにしていなかった——。

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