勇者一行の迷游譚〜鍋と魔法と、時々メイド〜
焼市みなと
1章 勇者選定と旅立ち
プロローグ
「どうにかしてください魔王様!また、牛と豚が喧嘩を始めてしまいました!」
ノックも無しに執務室に入ってきた宰相は、泣きながら魔王に仲裁をせがんだ。
実物でみると気色悪いサイズ感のコウモリ型の魔族・バットンが、天井に据え付けられている棒にぶら下がり、宙吊りで鼻を垂らす。
(なぜ上司の私が、喧嘩の仲裁を……?)
と、疑問に思いながらも、文字を書くたびに顔を撫でつける巨大な羽ペンを机に置き、張り付いた肩甲骨を、バキバキと鳴らす。
不健康そうな顔色でひとつ伸びをして、霞んだ目元を抑えながら、疲れた様子でため息を吐き出す。
色素が沈殿してドス黒くなったクマは、おそらく一生ものだろう。
魔王は、ストレスで折れてしまった角を、労わるようにさすりながら、憤慨して泣き喚いているバットンをなだめた。
「わかったから泣くな……。どこで喧嘩をしているんだ?」
「こっちです魔王様!あやつら、止めに入った私まで殴ってきたんです!懲らしめてやってくださいッ!」
ゆっくりと立ち上がった魔王は、宰相とは名ばかりのコウモリに案内され、執務室を出て、屋上へと続く階段を登っていく。
延々と文句を垂れ流すバットンに付いて行き、屋上へ出ると、嫌な雲が魔王城を覆い、不穏な気配を漂わせている。
城の背後に面する海から、風が強く吹きつけ、心身ともに過労気味の魔王を、手ひどく凍えさせる。
外壁の汚れが目立ち、遠目には全体が黒く見える魔王城の外観を見やり、
「そろそろ、掃除をしないとな……」
と、魔王は呟きながら、屋上の中央に視線をやると、牛型の魔族・ギュータンと豚型の魔族・イベリーが取っ組み合いをしているようだった。
「テメェふざけやがって!お前の母ちゃんトンカツ定食!!」
「ウチの母ちゃんを千切りキャベツで囲むなッ!お、お前の母ちゃんこそハンバーグ弁当ッ!!」
「この外道がッ!潰した上にこね回して、最後は箱詰めかよッ!!」
悪態と捉えるべきなのか、言葉の暴力が行き交い、ケンカはヒートアップしていく。
げんなりとした魔王が、両者に近づき、やせ細った腕を広げる。
「お前らその辺にしておけ……。料理の話ならキッチンで――」
と、仲裁に入った魔王だが、間の悪いことに、ギュータンが振り上げた拳が、魔王の骨ばった頬にヒットする。
「ぐぼぉおッッ!!!」
急に間に入ってきた魔王に、ギュータンもイベリーも、ぎょっと目を丸くし、悲痛な叫び声を上げる魔王を、両者は呆然と見つめた。
すると、ふらふらと腰ほどの高さしかない塀に躓いた魔王が、
「痛ったッ!」
と、
これには、ギュータンとイベリーも、喧嘩など忘れて、
「「魔王様ぁぁぁあああッッ!!!」」
と、叫び声を上げながら、屋上の塀に駆け寄った。
しかし、バサッという、風を切る羽音と共に、魔王の青白い顔が、低い塀からぬっと現れ、腫れた頬をさすりながら恨み言を言った。
「お前ら痛いぞ……」
主君の無事を確認した、ギュータンとイベリーは胸を撫で下ろすが、それと同時に、怒りが沸々と湧いて出る。
「魔王様ぁ!死んじまったかと思いましたよ……。心臓に悪いことせんでください!」
「ただでさえ過労で死にそうなんだから、屋上ダイブはシャレになりませんって!」
なぜか、自分から飛び降りたかのようなニュアンスに、魔王は違和感を覚えつつも、一応は心配してくれているらしい部下に「……すまん……」と告げた。
「塀を高くしないと危ないな……」
魔王が安全上の懸念点をメモしている間に、上空に漂っていた雷雲から、ゴロゴロと嫌な音が鳴り始めた。
そして不運にも、雷雲で蓄積したエネルギーの塊が、一閃の光となって、空中を漂っていた魔王に襲いかかる。
光を視認した時にはすでに遅く、耳に雷鳴が届くと同時に、魔王の体が光を帯びた。
「ぎぃやああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「「魔王様ぁぁぁぁあああああああああッッ!!!!」」
神々しいまでの輝きを放った魔王は、つんざくような絶叫を上げ、黒い煙を残しながら、階下へと落下していく。
「魔王様っ!」
一部始終を、屋上の陰で見守っていたバットンは、魔王が撃ち落とされたのに、間髪を入れず塀を飛び越え、救出に向かう。
衝撃映像を目の前で目撃したギュータンとイベリーは、唖然と立ち尽くすが、再び鳴り始めた雷鳴で我に返り、屋上を飛び出して、階段を駆け降りた。
――――魔王領との国境にて――――
「はぁ〜あ……。今日も魔王城は異常なしか……」
国境の監視兵は、あくびをかみ殺しながら魔王城から視線を外し、隣の兵に話しかける。
「どうせ、動きなんかありゃしねぇよ……」
国境近くに築かれた城壁にある、一際高い見張り台の上で、監視当番の兵士二人が、なんの変化もない魔王城を見ながらぼやく。
過去の人類との戦争により、魔王が討ち倒されて、すでに三百年が経っていた。
現人類にとって、魔王はお伽話の存在であり、過去に幾度も復活したという事例は、すでに歴史書の中だけの出来事だ。
監視に当たる兵が、楽な当番だと喜ぶのも、無理からぬことだろう。
そして、雷雲が魔王城の上空に向かっていることなど、たるんだ兵士に、気付けるはずもなかった。
「服を脱がしてみるとよ……、そいつ、女じゃなくて――」
運命の時は、暇を持て余し、猥談に花を咲かせ始めた頃。
そろそろオチに差し掛かろうと、一拍おいた瞬間の出来事だった。
『ぎぃやあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
突如として響いた凄まじい唸り声は、城壁中の誰もが耳にし、地響きのような音に、思わず監視兵の体がのけぞる。
あまりの恐ろしさに腰を抜かした監視兵は、足を震わせながらも、なんとか塀を支えに立ち上がり、魔王城を確認する。
唸り声を聞きつけ、見張り台まで駆け上がってきた隊長も、目を白黒させていた。
「な、何事だッ⁉︎」
「た、たた、隊長……あ、あれを……」
監視兵が指し示す魔王城には、暗雲が立ち込め、雷鳴が轟いている。
稲光を浴びながら、漆黒の色に染まった魔王城は、普段の雰囲気とは違い、妙な威圧感を放って見えた。
そして、先ほどの唸り声。
魔王城の異変を目にした隊長は、眉間にシワを寄せ、
「——伝令を飛ばせ……ッ!」
と鋭く指示を出し、腰を抜かしていた兵士は、転げるように階下に下っていく。
「一体……、何が……?」
残った監視兵の片割れが、険しい表情をした隊長に問いかける。
隊長は、鋭い眼差しで魔王城を見据えながら、断言する。
「魔王の復活だ……間違いないッ!!」
こうして、魔王復活の報は、翌日には大陸中に知れ渡ることとなり、世界は再び、混沌の渦に巻き込まれていく。
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