-第四夜- お化け屋敷

 少年たちは恐れ知らずであった。自分たちを村で一番勇敢な若者であると信じて疑わない。

 何故ならば――村の傍にある森の奥、誰も近寄りたがらない、あの古びた屋敷……そこに忍び込もうと画策しているからだ。今、村で一番屈強で頼りがいのある猟師のダンでさえ忍び込もうとしていない。あそこに行ったことがあるかと訊けば、苦々しい顔をして首を振り、自分たちにこう言ってきかせたのだ。

「あの屋敷に近づいてはいけないぞ。特に夕方に子どもだけで森に入るなんて言語道断だ。いいな」

 残念ながら古来、子どもというものはそういった言いつけを破りがちである。少年たちも例に漏れなかった。


 太陽が地平の向こうに沈みかけ、三人の少年たちは村を抜け出した。弱虫のルカは大人が行ってはいけないと言っていたから行かない、あの猟師のダンでさえ行ったことがないと言っていたのだから、きっと危険なのでやめておいたほうがいいと弱虫なことを言ったので、置いてきた。彼の臆病さに、自分たちの偉業の足を引っ張られる事が嫌だったのだ。

 実際、少年たちはたかをくくっていた。大人の誰も近寄ったことのない古びた屋敷とは言うが、実際なんにもないただの廃墟だろう。そこにオバケや生き血をすする化け物が住んでいるだなんてオヒレをつけて、自分たちが悪戯しないように嘘っぱちを並べているだけだ。

 それならちょっと見に行って、ほんの少し忍び込んで帰ってくるだけでいい。嘘っぱちに新しいオヒレをつければいいだけだ。――化け物を退治した、とか。

 勝手に持ち出したランタンを揺らして、三人の少年は意気揚々と森の奥へと進んでいった。途中、オォンと獣の遠吠えがしたのは少し恐ろしかったが、少年たちは勇敢に突き進んだ。枝が奇妙に曲がりくねった木々の中を歩くのは、少年たちの冒険心をかき立てるには充分だった。

 たしかに化け物が屋敷を構えて住んでいそうな森だ。

 さて暫く歩いて行けば、木々が開けた。少年たちは茂みに身を潜め、その先を伺えば確かに古びた屋敷がある。蔦が絡まる門の先に、立派な造りだったであろう建物。きっと貴族なんかが別荘に使っていたに違いない。

「おい、ベン。どう思う?」

 アレンが訊けば、無口なベンは懐からさっと双眼鏡を取り出した。父の形見で物見をしてみるものの、この敷地に気配は感じ取れなかった。

「隊長、異常なしです。敵の姿は見受けられません」

 ベンは極めて冷静に、隊長(彼本人がそう名乗っているだけなのだが、二人の少年はそれに従った)に報告をした。

「よし、ベン、コリン、武器は持っているな? 行くぞ!」

 アレンは仲間を勇気づけ、茂みから出て屋敷へと慎重に、しかし恐れずに向かっていく。そろそろ冷えてきたからか、少し膝が震えるがアレンは隊長なので、それを見せてはいけなかった。

 少年たちは勇敢なので、門から正面突破しようとした。しかし門には鍵がかかっているらしく、その企みは挫かれてしまった。

「隊長、ここに穴があります」

 小柄ですばしっこいコリンが煉瓦造りの塀に空いた、子ども一人が通れるような穴を見つけた。三人は喜んでそこから忍び込み、周囲を見渡した。庭に侵入したらしい、秋の花が咲き、庭にはカボチャが転がっている。

「妙です、隊長」

「どうした?」

 無口なベンが、アレンに声をかける。何かを見つけたのかとアレンが訊けば、ベンは首を傾げた。

「誰もいない筈なのに、立派なカボチャがあります」

「勝手に生えてきたんだろ」

 そんなことか、と呆れたようにアレンがため息を吐く。おおかた、作っていたカボチャが勝手に育っているだけなのだろう。たいしたことじゃない。ベンはそれきり何も言わずに、頷くだけだった。

 さて、三人の少年たちは庭から玄関へと向かい、大きな木製の扉を開けた。ひどく軋んだ音と共に開いたそこから中を覗けば、真っ暗なホールが見えた。

「やっぱ誰もいないじゃん。化け物って言ってたけどさ」

「お前まだあの話信じてたのか? あんなの大人のタテマエだろ」

「……入る?」

 化け物退治隊ごっこの体をどこかにやって、少年たちは面白くないと声を上げた。しかしベンの提案にはあまり乗り気で無かった。……もしかしたら、いるかもしれない。そんな考えも、無いわけではないのだ。

「ホールにある何かをとって帰ろうぜ。ほら、コリン。行け」

「えーっ、やだよ! なんでオレ!?」

「隊長命令!」

「……コリン、嫌だったら僕が……」

 言い合う三人はそこで黙った。ホールに何かの影がサッ、と横切ったからだ。

「……なに、いまの」

「ネズミだろ……?」

 さっと顔を青くさせながら、少年たちは顔を見合わせた。バサバサと鳥が羽ばたく音を耳にしながら、馬鹿なことしてないで帰ろうかとベンが口を開きかけたところで――。

「何か御用ですか」

 後ろで声がした。三人が恐る恐る振り向けば、暗がりの中、すぐ後ろに誰かが立っているではないか。暗闇で輝く鋭くて赤い目をこちらに向けて、それは自分たちに手を差し出し……。

「ギャーーーーーーーーーーーッ!」

「あっ、アレン! 置いていくな!」

「勝手に入ってごめんなさい!」

 少年たち三人の判断は早かった。撤退。逃げるが勝ちだ。

 

私はなんとも言えない気持ちで、私の家を去っていく子どもたちを見送りました。塀に空いた穴は後日、塞ぐことにしましょう。

「おやまぁ、靴が」

「旦那さま、来客ですか?」

 玄関からそっと、私の友人が顔を出します。どうやらホールで昼寝をしていたようです。ええ、まあ、と頷きながら私は彼らの一人が脱いでいった、小さな片靴を拾い上げました。これは村に届けなければいけません。今度猟師のダン君に預けることにします。

「あれも毎年の来客と思えばいいのでしょうかね」

 私もここでの暮らしが長いので、小さな子どもたちがこの家に興味を向けるのに慣れてきました。今となってはむしろ、来なければ来なかったで物足りないのではと思えてきました。

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