違和感の正体
いた、そこにいるはずのない人間が。予想外の遭遇。
「部室にはいなかったですけど、今日は何かあったんですか?ずっと待ってたんですよ?」
夕日が彼女の頬を赤く染めている。
それとも俺がそう見たいだけか。
お前を避けていたとは言わないほうが良いだろう。俺は優しい嘘は嫌いだが...。
「すまん、担任との面談があった。」
「じゃあ、仕方ないですね...。それで...えっと昨日のお弁当のこと怒ってます?」
「いや、気にしてない。それより返してくれよ、弁当箱と箸。」
奥にしまってるのかなんなのか、カバンの中をゴソゴソと漁っている。
返す予定があるなら、手に持っておくなり、上の方にしまうなりしておけばいいものを。
「ちょっと待ってくださいね。」
鞄の中から教科書やら筆箱やら、弁当が、一つ、二つ...三つと出てくる。
弁当が三つ?
いや、論理的に考えれば彼氏か友達用のだろう。そこに俺の入り込む絶対に余地はない。
「えーっとですね、これは、その...」
声が漏れてたか?だとして、彼氏か友人のためのものだろう。
もっとも、二者どちらにしろ知り合って数週間でやることではないと思うが。
俺にはないだけで、世間には中学から持ち上がった友達なるものがあるらしい、となると存外非常識な話でもないのだろう。
「説明はいい、どうせ誰かに作ってやったんだろ。そんなことには微塵も興味はない。これが俺のだな、返してもらうぞ。」
「ええ、ああ、はい。どうぞ。」
大事にそうに持っていた弁当箱を半ば無理やり回収した。
なんでそうムスっとするんだ。特段気に障るようなことはしていないはずだ。
それでも、照れながらも、ムスッとしながらも砂棗はこちらをじーっと見ていた。
わざと避けていたのが効いたのか?所詮ただの鬱陶しい先輩ぐらいにしか思われていないだろうに。
「別にアレだぞ、わざわざ対面で返さずとも、教室とかに投げとけばよかったんだ。俺はそういうの気にしないから。」
「本当、先輩ってそういうとこあっさりしてますよね。」
「つーかその弁当、彼氏とかいるんだろ?俺と二人でいたら色々とまずいだろうから、早々にご暇させてもらう。明日は部室行く。」
弁当をカバンに突っ込み、身を翻し、帰ろうと足を踏み出した。
?
ギュッ――制服の袖を掴まれた。
理由はない。少なくとも俺には。
足を止め振り返ると、そこにいるのは確かに砂棗だが、砂棗じゃない感じがした。
いつもの悪戯好きで、少しばかり鬱陶しい、そんな雰囲気を微塵も感じなかった。
訂正、顔が赤いのは夕焼けのせいではないらしい。
「彼氏なんていません...。これは...これは...っ!!」
ここまで来て分からないほど俺は馬鹿じゃない。たが、万一そうじゃなかった場合、傷つくのは俺。それでも、やるか?
しばらくの間沈黙が続いたが、それを破るしかなさそうだ。
目の前の女子をここまで困らせている要因は自分なのだ。黙りこくってたって進展はない。
「天地がひっくり返ろうとそんなことはないと思うが、一応聞いとく。それは俺のために...的なやつか?」
「だとしたら天地は今朝、私がひっくり返したことになりますよ?」
今にも泣きそうな、それでいて嬉しそうな砂棗に、どんな顔をすればいいか分からなかった。そして、天地はどうやらひっくり返っていたようだ。
「ふむ。それは昨日の詫びというやつであるな?決して詫び以外の感情はこもっておらんのだろう?」
「先輩...フフッ、喋り方変ですよ。もっちろん、お詫びもありますけど〜、好きな人の胃袋は掴んでおかないとでしょ?」
「いや、知らない。俺みたいな人間に恋愛の話をされてもだな。」
例の如く保冷バックにご丁寧に入れてたんだろうか、今からでも食わせてやろうという固い意志を感じる。
「お弁当の真意も分かってもらえたことですし、先輩?食べてくれますよね?」
こりゃあ逃げられないな。
「せめて場所を変えてくれ。たださえ校門で荷物広げてんだ、すっごい邪魔になってる。」
「あっはい、すぐに片付けます。」
ほんの少し砂棗と会話をしただけで昼頃から感じていた違和感はすべて消えていた。
こうして、焦々と荷物を片付けている様子もなんだか微笑ましい。
ヒヒヒ...。
うわ、絶対今気持ち悪い笑い方したわ。つーか久しぶりにこういう感情で笑ったな。
◇◇◇◇◇◇
結局飯を食うのは中庭か...。
「これが、卵焼きで、こっちが豚肉の生姜焼き。野菜もちゃんと入ってますよ?」
「結構、ガッツリ系なのか...。女子の作る弁当ってもっとこう、細々したもんが色々入ってるもんかと。」
半分に仕切られた弁当箱には、米半分。もう半分には豚肉の生姜焼きと卵焼き二つ、なけなしの野菜が押し込まれている。
妹の晩飯は諦めるか...。
カバンの中に弁当とともに押し込んだ箸を引っ張り出す。
「さ、流石に自分で食うからな?」
流石にあれで飯を食わされるとなると、いよいよ何食ってんのか分かんなくなる自身しかない。
砂棗、なんでお前も照れてんだよ?お前の方からのアクトだっただろ。
俺が飯を食うのを黙って見つめるのみ。喋らないし、特にちょっかいもかけてこない。砂棗が静かなのは掃除中以外、中々ない。
妙な気分だ。
今日感じた違和感。間違いなく砂棗のせいだろう。
今日一日、砂棗と顔を合わせなかった。それだけで、空気が妙に冷たかった。
たかが数週間、それでも俺には十分すぎた。
ここ数年ロクに人と関わろうとしなかった俺も悪いが、他人と行動することはほとんどなかった。吉永先生も大人として接してくれているが、砂棗とはカテゴリーが違う。
故に、だ。孤独であったはずの日常に他人がいる、そんな異常な状況に慣れてしまった。久しぶりにぬるま湯に浸かってたら急に水風呂に追い戻された気分だ。
青春を謳歌している奴らは友達の一人や二人いなくたってどうでもいいだろうが、俺は違う。砂棗しかいないから、砂棗が初めて俺の領域に踏み込んできた人間だから、異物感を感じていたから、たった一人いなくなっただけでとてつもない喪失感を感じた。弁当のことも説明がつく。人間、ひいては異性からなにかをされる、ということはなかった。人間、未知のことには必ず驚きを示すものだ。だからあそこまで過剰に動揺した。未知に対する生理的反応。それ以上でも以下でもない。
そこにあるハズのものが無くなっていた、たったそれだけも人間を不安にするには十分。間違っても砂棗が恋しかったわけではない。
そう考えておけばいい。
「先輩、ぼーっとしてどうしたんですか?やっぱり私が〜。」
正直、あの『あ〜ん』は悪くなかった。でも、
「いや結構。」
危機を感じたので速攻で弁当をたいらげた。
「うん、美味かった。卵焼きも塩味だったし、生姜焼きは好きな料理だし。これを食い
にゅふふと言うべきか、うふふと言うべきか、可愛い笑い方をするものだ。
俺には眩しすぎる...。
「そういや、気になってたんだが、俺を落とすってのは結局どういった計画なわけ?」
「今、結構いい雰囲気だったじゃないですか...。先輩、勘違いしてるかもしれないですけど、私、
「どうだか。まあ、仮に本当だったとしてどうして『俺』だ?皆の言う『優しい』奴なんていくらでもいるだろ。こんなしけたパイセンなんて対象外だろ。」
「それは秘密です、今は。」
やっぱり怪しいわ、コイツ。まあいいか。満足げにしてるし。
「明日も作ってきますから、昼休み『至高の二人ボッチ飯』しましょうね!」
「ちょ、明日って、おま...。行っちまった。」
なんかテンション高かったな。
材料費がどんくらいか分からんが、一応金は渡しといたほうがいいよな。
砂棗は俺にとって無視できない存在になってきた。でもそれは日常に突如として現れた異物だからだ。
勘違いするな、意識するな、期待するな。
そう繰り返した。
それでも...、胸の奥がやけにうるさかった。
◇◇◇◇◇◇
どんなことがあろうと日常は待ってくれない。
―ほうざつ部室
「二人とも、ついに我々の部にも生徒からの依頼がきたぞ。」
そこには声高らかに依頼内容が書かれた紙を天へ掲げる吉永先生の姿があった。
「先生やけにテンション高いっすね。」
「どんな依頼なんですか〜?」
やけに距離が近い砂棗。弁当の一件以降、急激に距離感が縮めてきた気がする、今までも結構エグかったが、気にするだけ無駄だ。
「そりゃあ、初の生徒からの依頼だからな。顧問としては嬉しいものだよ。んじゃ
、読み上げるぞ。」
ゴクリ...。
「ええ、こくりゅう騎士団?
数年前の自分の姿が重なる手紙。砂棗はこういったことへの関心は低いと見える。いいぞ、そのまま穢れず生きてくれ。それより、鳥肌が止まらない。これは、所謂、厨二病というやつだ。震えも出てきた。
「先輩、ビクビク震えて大丈夫ですか?温めてあげますよ。」
むぎゅ〜と、右腕にπの圧を感じるがそんなのはどうでもいい。(結構あったかい)
なんだあの怪文書...。部活に出すんだからもうちょいマシな書き方あっただろ?
誰だ、書いたの...。
「捻零、こういうの得意だろ?解読頼むわ。」
止めてくれ、先生、古傷が疼くじゃないか。つーかアンタも得意だろ。何ヘッタクソに読んでるんだよ...。
「ブラックドラゴン騎士団、ダークドラゴンマスターより。神の遣い、おそらく
「実績がなかったからしょうがないがな、顧問だった先生はいる、復活しようと思えばできなくはない。」
「ってことは、実績を作れるなにかをすればいいってことですか?」
「いいぞ、砂棗、ほうざつ部員っぽくなってきたな。そういうことだ。それで、その手伝いをするのが...、」
「俺達の仕事ってわけね...。」
死ぬほど行きたくないけどな。高校生になってまで厨二病拗らせてるとかロクな奴じゃないだろ。ロクデナシに関しては俺も同類か。
生徒からの依頼、去年は一度もなかった。先生がなんか動いたか、申し訳程度に置いておいた『放課後雑用部依頼BOX』についに紙が投げ入れられたか。
って、先生毎日あの中身確認してたのか。ご苦労ご苦労。
「依頼日時は今日。二人とも行ってこいよ、俺は〜野暮用あるからよ。」
「は〜い、いってきま〜す。」
「...」
先程抱きついてから離れる素振りのない砂棗と例の教室を目指す。
「先輩、元気ないですね?もしかして嫌なことありました?私で良ければお話、聞きますからね?」
「あ、ああ。」
より一層抱きしめる力が強くなる。それ以上強く抱きしめないで...。色々とやばいから。つーか離して。
「ついた。」
「つきましたね。」
さあ、覚悟を決めろ。敵は過去の自分。黒歴史を思い出し苦しむだろうが耐え抜け。
震える手を抑えつけ、ドアに手をかける。
スゥー、ハァー。よし、行くぞ。
―ガラガラ
「こんにちは、放課後雑用部の捻零です。」
「来たか、
さっきからずっとくっついてるから忘れてた。砂棗、腕に抱きついてるんだったな。
それと、いたな、こういうの。っつーか在りし日の俺のことなんですけど。
砂棗、クスクス笑わないで、それは俺に効く。
◇各登場人物への捻零君の反応
砂棗
日常へ現れた異物。ボッチ領域への侵入者。吉永先生に同じ領域を持つものとして『外から』関わってもらってるとすれば、こいつは完全に『内に』攻めてきている。
うざったい後輩だったはずなのに、結局受け入れている、なんでだ。
最近距離感がもっと近くなったが気にするだけ無駄だ。
弁当が美味い。貰ってばっかは申し訳ない、いつか返さねば。
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