■八月二十九日:死ぬ勇気は無いけど、覚悟はあります

 彼女が仕掛けていた盗聴器を売ったお金で、女友達にご飯を奢ってあげた。別に大して高いものを奢った訳じゃないけど、彼女は何度も何度もお礼を言ってくれたし、心の底から嬉しそうに笑っていた。

 この子は約束を必ず守るし、人に感謝できるし謝罪もできる。何より常に深く強く分かりやすい愛情表現をしてくれる。本当に良い子だ。

 でも、俺がこの女友達と付き合う可能性はゼロだと思う。その子に彼氏が居るというのもそうだが、俺自身があいつに対して恋愛感情を持っていないし、何よりこんなにも約束をしっかり守れるようなまともな女は、俺にふさわしくない。

 俺は昔から、まともな人間や優しい人間が苦手なのだ。むしろちょっとクズな人間の方が接しやすい。優しい人間に迷惑をかけると罪悪感が芽生えるけど、クズ人間にはどれだけ迷惑をかけても罪悪感なんて一切芽生えないから、一緒に居て気が楽なのだ。


 それはともかく。未だに考えてしまう事がある。いや考えるのが当たり前なのだが、なんで彼女……いや元カノは俺の部屋に盗聴器を仕掛けていたのか。

 人の部屋に盗聴器を仕掛けるなんて、頭がイカれているか、脳みそがクレイジーなのか、神経細胞が壊れているか、そもそも神経細胞が存在しないかのどれかに決まっている。

 もちろん言うまでもなく、これまで盗聴器を捨てる事もなく放置しておいた俺も十分おかしいのだが、それには明確な理由がある。

 捨ててしまったら、なんかこう……色々まずい事になる予感がしたから。何かが悪い方向に動いてしまう気がしたから。故に俺は盗聴器に気づかない振りをしていた。


 ダメだ。もう自分のことも、他人のことも分からない。俺は論理で答えを出せない問題には滅法弱いのだ。そして人の感情は論理では出来ていない。理不尽で、曖昧で、めちゃくちゃである。あぁ、本当に、人間は面倒くさい生き物だ。


 ため息が止まらない。暗澹たる気持ちである。分からない事ばかりでモヤモヤする。何もやる気にならない。答えの無い道を歩み続けるというのは地獄以外の何ものでもない。だから俺は元カノに対して強く謝罪を要求したのだ。何度も平気で約束を破る人間の神経や心情を理解出来なかったから。


 ※ちなみにアリアンロッド3は引退した。もうゲームをやる気なんて全く起きない。ゲームの世界にさようなら。架空の世界にさようなら。

 そしていよいよ、俺の死は近づいている。


 あぁ、でもこれだけは分かっている。

 俺は架空の世界では強くあり続ける事が出来るかもしれないけど、現実世界じゃそうもいかない。

 でも元カノは間違いなく、現実世界でギルドマスターになれる器だ。


 ゲームの世界のギルドマスター。

 現実世界のギルドマスター。

 どちらの方が優秀か。幸せか。

 言うまでもない。

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