第7話『緊急開催!第一回・相方オーディション!』
「相方が、欲しいんでしょう?」
玲奈さんの言葉が、静かになったフロアに響き渡る。
俺と玲子さん、そして美咲さんは、突然現れた三人の闖入者に、完全に固まっていた。
「え、あ、いや、それは…」
俺がしどろもどろになっていると、ドラムケースを背負った沙耶さんが、ずいっと前に出てきた。
その瞳は、好奇心でキラキラと輝いている。
「面白そうじゃん、相方!あたしたちがやってあげるよ!」
「ええっ!?」
「だよね、二人とも!」
沙耶さんが振り返ると、真琴さんと玲奈さんも、面白そうに頷いていた。
いやいやいや、待ってくれ。
そんな、部活の助っ人を頼むみたいなノリで言われても。
「はっはっは!面白いじゃないか!」
このカオスな状況を、一番楽しんでいるのは玲子さんだった。
彼女は、バン!とカウンターを叩いて立ち上がる。
「よし、決まりだ!今から、緊急開催!ユーマの第一回・相方オーディションを行う!」
「えええええ!?」
俺の悲鳴も虚しく、玲子さんは勝手に話を進めていく。
審査員は、玲子さんと美咲さん。
俺と一人ずつ、ステージの上で簡単な即興の掛け合いをしてみて、一番適性のある子を選ぶ、ということらしい。
あまりの展開の速さに、俺の頭は全く追いついていなかった。
「それじゃあ、トップバッター!ベースの真琴!ステージへどうぞ!」
玲子さんの声に、真琴さんが「やれやれ」といった感じで肩をすくめ、ステージに上がってきた。
その足取りは、いつものようにクールで、自信に満ちているように見えた。
「お題は…そうだな、『ファストフード店の店員と客』!はい、スタート!」
無茶ぶりにもほどがある。
だが、もうやるしかない。
俺は覚悟を決め、店員役になりきって、精一杯の笑顔を作った。
「いらっしゃいませー!ご注文はお決まりですかー!」
俺は、隣に立つ客役の真琴さんに、元気よく声をかける。
しかし。
「…………」
真琴さんは、何も答えない。
それどころか、さっきまでのクールな態度はどこへやら、石像のように固まっている。
「あ、あの…お客さん?」
「…ぁ、えっと…」
真琴さんの視線は、メニューではなく、俺の顔と、すぐ隣にある肩を、行ったり来たりしていた。
男とこんな至近距離で並んで立つ、という経験が、彼女にはないのだろう。
俺の低い声が、すぐ隣で響く状況に、完全にキャパオーバーを起こしているらしかった。
「…ポ、ポテト…」
蚊の鳴くような声で、彼女はようやく一言絞り出した。
その顔は、ほんのりと赤く染まっている。
もう、完全に素の真琴さんに戻ってしまっていた。
「はい、カーット!」
玲子さんの、少し呆れたような声が響く。
真琴さんは、はっと我に返ると、悔しそうに顔を歪めた。
「…くそ、調子が狂う…」
そう吐き捨ててステージを降りる姿は、まるで敗残兵のようだった。
「はい、次!二番手、ギターの玲奈!どうぞ!」
続いてステージに上がってきたのは、知的な雰囲気の玲奈さんだった。
彼女なら、冷静にこなしてくれるかもしれない。
「お題は、『先生と生徒』!はい、スタート!」
「こら、佐藤!廊下を走るなといつも言ってるだろ!」
俺は、わざとふてぶてしい生徒になりきって、腕を組んでみせる。
「先生、別にいいじゃないですか、これくらい」
「よくない!校則は…校則は…」
玲奈さんは、そこまで言うと、ぴたりと動きを止めた。
そして、俺の顔を、じーっと、穴が開くほど見つめ始めた。
その目は、まるで未知の生物を観察する研究者のようだ。
(なるほど、男性は反抗的な態度を取る時、眉間にこのような皺が寄るのね…)
(声のトーンも、先ほどより少し低く、ドスの効いた感じに…興味深いわ…)
完全に、自分の世界に入ってしまっている。
彼女の知的好奇心が、演技の邪魔をしているらしかった。
「あの…先生?」
「…はっ!あ、すみません。つい、観察に夢中になってしまいました」
玲奈さんは、冷静にぺこりと頭を下げて、すたすたとステージを降りていった。
うん、まあ、そうなる気はしていた。
「はい、じゃあ最後!ドラムの沙耶!カモン!」
最後にステージに上がってきたのは、元気印の沙耶さんだった。
正直、一番期待はしていなかった。
彼女は、面白いことは好きそうだが、お笑いをやるタイプには見えなかったからだ。
「お題は、『初めてのデート』!はい、スタート!」
「えーっと…」
俺は、少し照れくさい気持ちを抑えながら、彼女に話しかける。
「今日は、どこ行こうか?」
すると、沙耶さんは待ってましたとばかりに、ぱあっと顔を輝かせた。
「えー、どうしよっかなー!」
「あ、クレープ食べたい!でも映画も観たい!あー、でもゲーセンも行きたい!」
彼女は、その場でぴょんぴょんと跳ねながら、次々に行きたい場所を挙げていく。
その天真爛漫な姿は、まさにデートに浮かれる女の子、そのものだった。
そして、その姿は、俺にとって最高の「パス」だった。
「全部言うな!一個に絞れ!」
俺の口から、自然とツッコミの言葉が飛び出す。
すると、沙耶さんは「えー、でもでもー!」と、さらにボケを重ねてくる。
彼女は、俺を「男」として意識していない。
ただ純粋に、この「お笑い」という遊びを、心の底から楽しんでいる。
その気持ちが、俺にも伝わってくる。
俺たちの会話は、いつの間にか、自然なテンポの掛け合いになっていた。
楽しい。
ああ、そうだ。これだ。
これが、俺のやりたかった「漫才」だ。
「はい、カーット!」
玲子さんの、満足そうな声が響いた。
「…決まり、だね」
ステージの上で、俺と沙耶さんは、顔を見合わせていた。
彼女は「えへへ、楽しかった!」と、屈託なく笑っている。
その笑顔を見て、俺もつられて笑ってしまった。
彼女となら、もっと面白いことができるかもしれない。
そんな、確かな手応えが、俺の中にはあった。
こうして、俺の異世界での最初の相方は、あまりにも意外な形で、決定したのだった。
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