第8話『新生・異世界芸人、爆誕!』
「じゃあ、いくぞサヤ!まずは、俺が客役をやるから、動きを見ててくれ!」
「おー!」
相方が決まった翌日。
俺とサヤは、
観客は、カウンター席でのんびりとコーヒーを飲んでいる玲子さんと美咲さんだけだ。
「よし、じゃあお題はハンバーガーショップな。俺が、ちょっと変わった注文をする客。サヤが、それに戸惑う店員役だ」
「ハンバーガー屋さん!いいね!」
俺が選んだのは、自分の世界では誰もが知っている、鉄板のコントネタだった。
まずは、このネタを通して、サヤに「ボケ」と「ツッコミ」の基礎的な役割を覚えてもらうのが目的だ。
「じゃあ、まず俺が一回やってみるからな。『てーんいんさーん!ポテトって揚げたてですかー?』」
俺が大げさな身振りを交えて、変な客を演じる。
サヤは、俺の動き一つ一つを、真剣な眼差しで見つめていた。
彼女はドラマーだからか、リズム感や、人の動きを覚える勘はすごく良い。
すぐに、自分の役割を理解してくれた。
「よし、じゃあ交代だ!俺が店員役(ツッコミ)で、サヤが客役(ボケ)な!」
「うん!『てーんいんさーん!ポテトって揚げたてですかー!』」
サヤは、俺の動きを完璧にトレースして、同じセリフを言った。
声のトーンも、表情も、文句なしだ。
だが、何かが違う。
「いや、サヤ、違う」
「え、なんで!?」
「テンポが良すぎる!」
「えー、でもこっちのリズムの方が気持ちよくない?」
彼女は、全てのセリフを、まるで四拍子のリズムに乗せるように、正確なテンポで刻んでしまうのだ。
お笑いの「間」は、音楽の「間」とは違う。
あえてテンポを崩したり、食い気味に言ったり、逆にじっくりタメたりすることで、笑いは生まれる。
その感覚的な部分を、ミュージシャンである彼女に伝えるのは、想像以上に難しかった。
「そうじゃなくて!こう、なんて言うか…『ポテトって、揚げたてですかぁ…?』みたいな、ねっとりした感じで!」
「ねっとり…?」
ちぐはぐで、コミカルなネタ合わせは、日が暮れるまで続いた。
「はー…疲れた…」
ネタ合わせの休憩中。
俺とサヤは、玲子さんたちのいるカウンター席で、突っ伏していた。
「お疲れさん、二人とも。で、あんたたち二人の呼び名とか、チャンネル名とか、決まったのかい?」
玲子さんの言葉に、俺とサヤは顔を見合わせた。
そういえば、そんな大事なことを、何も決めていなかった。
「うーん…呼び名かあ…」
サヤは腕を組んで、うなっている。
「あたし考えたんだ!『爆音スラップスティック』とかどうかな!?」
「却下だ!ロックバンドじゃないんだから!」
「じゃあ、『佐藤沙耶です』とか…」
「安直すぎるだろ!」
俺たちの不毛なやり取りを見て、玲子さんが呆れたように笑った。
「もう、あんたたちの出会った場所から取るのが一番だろ。二人の名前は、《セカンドビート》。それでいいじゃないか」
「「あ…」」
俺とサヤは、顔をもう一度見合わせる。
そして、一緒に頷いた。
《セカンドビート》。
俺の第二の芸人人生が始まった場所。
俺とサヤが出会った場所。
これ以上の名前は、ないかもしれない。
「じゃあ、あんたたち二人の名前は《セカンドビート》で決定だね。ついでに、活動する時の名前も決めちまえ。本名のままでいいのかい?」
「活動する時の名前、ですか?」
「ああ。その方が、覚えやすいだろ?」
俺は少し考えて、言った。
「じゃあ、俺はカタカナで『ユーマ』にします。その方が、親しみやすいでしょ」
「お、いいねえ。じゃあ、サヤは?」
「あたしも『サヤ』にする!カタカナの方が、ロックっぽいし!」
こうして、俺たちの活動名も決まった。
二人の名前は、《セカンドビート》。
それぞれの名前は、ユーマとサヤ。
チャンネル名は、玲子さんの鶴の一声で、『セカンドビートのユーマとサヤだよ!』という、親しみやすいものに決まった。
◇
「よし、ユーマ、サヤ!撮るぞー!」
玲子さんが、店のカメラを構えて叫ぶ。
チャンネルとSNSアカウントを開設し、いよいよプロフィール用の写真撮影会が始まった。
「はい、まずユーマ!あんたが思う、一番カッコいいポーズとってみな!」
「え、カッコいいポーズ…」
俺は悩みながらも、昔の宣材写真の記憶を頼りに、腕を組んで、少しふてぶてしい顔で仁王立ちしてみた。
うん、我ながら、売れない芸人感が出ている。
「OK!じゃあ次、サヤも隣に並んで!」
「はーい!」
サヤは、俺の隣に立つと、自分のドラムスティックを取り出し、胸の前でクロスさせた。
そして、満面の笑みで、ロックバンドのアーティスト写真のように、かっこよくポーズを決める。
カシャッ!
玲子さんが、シャッターを切った。
「ははっ!良いじゃん、これ!二人とも全然違う方向見てて、最高だよ!」
液晶画面に映し出されたのは、仁王立ちの仏頂面芸人と、スティックを構える笑顔のロックスターという、ちぐはぐで、最高にアンバランスなツーショットだった。
だけど、これが俺たち《セカンドビート》なんだと、なぜか妙に納得できた。
玲子さんのOKも出て、いよいよ、世界へのお知らせの時間だ。
開設したばかりのSNSアカウントに、サヤがスマホで撮りたての写真をアップロードしていく。
「投稿文、どうする?」
「あたしが書く!」
サヤは、楽しそうにスマホをフリックしていく。
「できた!これでどうかな?」
彼女が見せてくれた画面には、こう書かれていた。
『はじめまして!お笑いをやる
来週の土曜日、夜9時から、記念すべき初配信やります!
絶対見てねー!絶対笑わせるから!』
「…うん。良いんじゃないか」
俺は、少し照れくさかったが、頷いた。
サヤは、にっこり笑うと、迷いなく「投稿」ボタンを押した。
世界に、俺たちの産声が、発信される。
スマホの画面に、俺たちのちぐはぐな写真と、元気な決意表明が表示された。
そして、投稿の下に、最初の「いいね」が、ぽん、と灯った。
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