成増・ファム・ファタ〜ル
邪下心
1話:なります!?ファム・ファタ〜ル
違法建築なんじゃないかと思うほどボロいアパートの階段を、ギシギシと音をたてながら下っていく。
「リエちゃん、あのね、結婚するなら愛より金だよ。その男はやめときな。私の母さんのこと、知ってるでしょ?いざと言う時、愛は何も出来ないんだよ」
甲斐性なし男と結婚したがっている大親友・リエちゃんを電話で説得しながらポストを開くと、いつも通りどっさりとビラが積まれていた。
「あぁ、まただ、またあのビラがいる」
スマホの向こうから、リエちゃんの快活な笑い声が聞こえてきた。
ビラの殆どは「優勝賞金最大1億円、成増・ファム・ファタ〜ルに参加しませんか?」といういかにも怪しげな広告。私の最近はこいつと共にある。
しかも、全く同じ内容の広告が動画を見ている時にも出てくる。
「違法視聴するからそんな変なビラ入れられんだよ」
「違法視聴じゃないって、サブスク入れないからネタバレサイト読み漁ってるだけ!」
「一緒だよ」
至極真っ当な正論に少し腹が立ったので、私3Gしかないから切るね!と言って電話を終わらせ、また音を立てながら階段を登り、部屋へ戻った。
春だからでは済まされない怪文書の存在がとても怖く感じたが、捨てる気にはならない。
裏は白紙だから。
いつかメモやティッシュ代わりに使う為、怪文書達をa4ファイルへしまい込んだ。
私はベッドの上でピラティスを始めた、来たる30代に向けて体力をつけなければ。
健康が1番の節約、母はそう言っていた。
「自力でやるピラティス、ジリティス…ふふ」
どこに効いてんだコレと思いつつも、液晶内にいる講師に従う。
ほんとは駅前に新しくできたジムに通いたいけど、月額1万円だから諦めた。
恐らく足に効くであろうポーズを取った時、ベランダからコンコンと音が聞こえてきた。
ハンガーが窓にあたってるのか。
私は窓を開けて、ベランダを見た。
すると、洗濯物の向こうに何かが見えた。
大きめの鳥か?
限界まで身を乗り出して、眉をしかめて焦点を調整した、その時。
「直談判に来たぞ」
なんと、謎の男がベランダの欄干でヤンキー座りをしてるのが見えた。
男は黒ずくめのスーツを着て、大きな白い翼を横に広げている。
そんな光景が信じられなくて、私は目をグリグリとかいた、でも掻いても、瞬きしても、それはいる。
「共に革命を起こそう」
男は欄干から降りると、洗濯物をくぐり抜け、大きな羽をしまいながらズカズカと私の部屋に入り込んできた。
「ちょっと、なになになに!?」
「栞。ビラは見たか?悪い話じゃないと思うが」
「お、お前が犯人か!てかなんで、私の名前知ってんの!?」
「犯人じゃない天使だ」
パニックになりながらも、私は警察を呼ぶ為スマホを取った。
そこには成増・ファム・ファタ〜ルに参加しますか?という文言が表示されていた、はい、というボタンしかない。
「何じゃこらァ!」
理解が追いつかず、ベッドにスマホを叩きつけた。
すると、後ろからポン!とポップコーンが弾けるような音が鳴った。
「今度は何ッ!?」
すぐさま振り向くと、そこには体にタオルを巻き付けた可愛らしいうさぎのぬいぐるみがふよふよと浮かんでいた。羽はあの男より小さい。
「勧誘に来ました〜。私は天使のアンと申します」
「なんてファンシーな幻覚ッ」
「現実ですよ〜」
私が貧困だから、借金持ちだからおかしくなってしまったんだ、こんな体では労働もできない!
「大丈夫ですよ〜」
項垂れる私の背中を、うさぎがポンポンと軽く叩いた。
「ヒィ!何この感触!」
まだ未体験の感触に鳥肌が立った。
うさぎは、し、失礼な…と言いながら羽を高速に動かしている。
もう訳が分からない。
「俺はシェム。お前を成増・ファム・ファタ〜ルに参加させる為、天界から遥々やって来た。」
「いいから早く出てって!」
「参加すると言うなら出てく」
私はシェムと名乗る男に、新居祝いに母親から貰ったうっすい枕を投げつけた。
しかしそれは空中で静止した後、ぽとんと落ちた。
「おち、た?」
「こんなことも出来る。俺は天使だから」
怖くなった私は6畳の部屋から逃げ出し、2歩で終わる廊下を飛び越えて玄関を開けた。
しかし、青空は見えなかった。
見えたのは、シェムと名乗る男だけ。
逃がすか、と言って不敵に微笑む彼は天使と言うより悪魔な気がした。
「まとめると、成なんとかは相手をときめかせて報酬金を増やすゲームで、ゲーム名がそのまま番組名になってるって事よね」
あの後失神した私はベッドの上で目を覚ました。
相変わらず見える景色は変わらないので、もう諦めて全て受け入れる事にした。
「あぁ。」
「見た事ないよそんな番組」
「成増は天使による天使の為の番組だから、人間は見れない。」
シェムは腕を組んでさも当然のように言った。
「そう…んで、相手をときめかせるってズバリ何よ」
「ここでのときめかせるの定義は、容姿や距離感、接触等を駆使して相手の心拍数を上げる事だ。」
「あざと女子なら無双できるわ。で、参加するメリットは?」
「奨学金を返して、まともな生活を送れるようになる」
「…なぜそれを」
私の唯一の負い目、奨学金。それを何故こいつが知っている。
「お前、かなり無茶な節約生活をしているな。」
「え?」
「米をお粥にしてかさ増ししたり、在宅ワークを理由に風呂に入らなかったり、ネットショッピングでウィンドウショッピングしたり。」
「なんで知ってんの!?」
「事前調査に入った」
「プライバシーポリシー…」
「ギガも3GBしかないだろ」
「それは別にいいじゃん…」
「ついでに言うとお前の猫背は奨学金のせいだ」
「とにかく、私には無理…って言うか、部屋漁らないでよ」
視界の隅でちろちろ動くウサギのアンは、明らかに私の部屋を物色していた。
「異様に家具が少ないので、気になってしまいまして…失礼」
アンはそう言うと、音を立てて消えてしまった。
そのまま戻ってくんな、あとこいつも連れてけ。
「なぜやってもないことを無理だと断言する」
「だって恋愛なんかした事ないもん、男慣れもしてない」
「俺がサポートしてやる、安心しろ」
シェムはベッドに横たわる私の視界にグイッと入り込んで来た。
小綺麗な顔は人間離れしていて、うっとり、と言うよりかむしろゾッとする。
まるで人間を真似て作った精巧な人形のようだ。
私は彼と目を合わせるのが嫌になり、顔を背けた。
「奨学金って高いんだよ、うんびゃく万だよ、その報酬金はいくら貰えんの?」
「それはお前次第だ。お前の心拍数が規定を超えたら報酬金は減っていくからな。」
「嫌な仕組み…」
「ちなみに過去の最高額は1億だ」
「えっ」
私はベッドから起き上がった、巨額な富の存在に頭を抱えると、シェムが追い打ちをかけるように矢継ぎ早に喋り始めた。
「これまでの最低額は900万だ。そして優勝すれば報酬金+1000万だ」
やります、と言いかけた口を抑えて、私はため息をついた。
「お金は欲しい、でもときめかせるなんて無理ッ…」
「首元を見ろ」
「あんま見えるもんじゃないけどね…うん?チョーカー?」
試しに首を触ってみると、犬につける首輪のような感触があった。
「それがお前の心拍数を測る。」
「なんか参加する流れになってない?」
「対戦相手の目処が着いたと連絡が来た、4人の男達だ。」
「は?4対1…不利じゃん!」
「そうだな」
「嫌だッ!勝算がなくなるー!」
「落ち着け。」
頭を抱える私の肩をシェムがガシッと掴んだ。
「俺がいるから大丈夫だ、安心しろ。」
「シェム…」
私はシェムの肩を掴み返した、頼り甲斐がありそうな肩だ。
「お前に知恵を授けよう」
「それを使えば、私も1億…!」
「だが俺がいるのでお前はマイナスからのスタートだ。」
「えっ」
私の手は、シェムの肩からするりと滑り落ちた。
「対戦相手は報奨金が200万の状態からスタート、お前は-200万からスタートだ。」
「は?」
「そこから心拍数に左右されて報酬金が100万ずつ増えたり、減ったり」
「やっぱやめる!更に猫背になっちゃう!」
私はチョーカーを外そうと、首に手をかけた。
「あだっ」
これまで味わったことの無い絶妙に嫌な痛みが手に走った。
「それは番組終了まで外れない。」
「こんなものーッ!」
首を掻きむしるが効果は無い。
「お前、電話で力説してたな。愛より金だと」
「聞いてたの!?」
シェムは私とリエちゃんの電話を盗み聞きしていたようだ、小癪な。許せない。
「…過去の成増の参加者には、本気で愛し合ってしまいゲームを途中棄権をしたカップルや、片思いの末に辛くなって途中棄権した奴がうじゃうじゃいる」
「その場合報酬金はどうなるの?」
「勿論貰えない。だから奴らは金より愛を選んだことになる。それが…それが番組のマンネリを招いたんだ…!」
シェムは無表情のまま怒りを顕にした。
「落ち着いて」
「俺はもっと金の為に騙し合う、そんな人間達が見たいんだ…結局は愛、みたいなお決まりの流れはもううんざりだ!」
すると、彼の背中から折りたたんでいたはずの羽がムクムクと出てきた。
「それ、広げないでね。部屋狭いんだから」
「お前は言っていた、愛では何も出来ないと」
シェムは私を強く見つめて、グッと握り拳を作った。彼の主張よりも、今まさに開花を迎えそうな羽の方が気になって仕方ない。
「羽ッ」
「成増に参加して、それを証明してくれ!」
ついに羽は全開になってしまった。
「分かった、分かったからしまって!」
「あとポストにこんなものがあった」
瞬時に羽をしまったシェムは私に封筒を渡してきた。
「勝手に人のポスト漁るな!…うわ、なんか厳か」
思わず開けるのを躊躇っていると、シェムが顎で早くしろと催促してきた。恐る恐る開くと、
「と、督促状だ…」
私が今この世で1番嫌いな日本語だ!
「今月の奨学金引かれてない、足りなかったんだ…」
「ほう…」
シェムは横から文言を盗み見て、ため息を吐いた。
「このままでいいのか?」
「…やります」
「よし」
「成増、やります!」
私は悔しさと情けなさのあまり、督促状をビリビリに破って、そう叫んだ。
「軽く対戦相手を紹介しますね」
アンがホワイトボードを引き連れて、あちこちにぶつけながら部屋に戻ってきやがった。
「床傷つけないで、敷金、敷金が…」
「お言葉ですが、栞さんに勝負運はありませんねぇ」
シェムはアンから渡された4枚の写真を見て、フッと笑った。
「近場で集めたのが間違いだったか」
「えっ、どんな人達なの?」
「このアパートは狂ってやがる、こんな曲者が5人もいるなんてな」
「私も数に入れてる?」
「栞、気を引き締めろよ。厳しい戦いになる。」
「私ここの住人に会ったことないんだけど、皆そんなにヤバいの…?」
アンがホワイトボードに写真を貼っていく、貼り終える時を待たずして、私は絶句した。
「なんでイケメンばっか揃えた!?」
「偶然だ。」
よく見ると、顔写真に赤ペンで名前等の補足事項が書かれている。
記憶力が無いバーテンダー?
引きこもりで在宅ワーカーの童貞?
2留で実家激太のパチンカス?
ねちっこい港区男子?
「こいつら…おかしいよ!」
「だが、面白くなりそうだ、傑作の予感がする」
シェムの瞳はキラキラと輝いている、私はストレスで5歳老けそうなのに。
「詳しい説明はまた明日行う、その時に顔合わせをしよう」
この悪魔…。
「何度も言うが、俺達は天使だ」
シェ厶は主張するように小さな羽をバサバサとさせて、私に見せつけてきた。
サイズ調整できるんかい。
今になって押し寄せてきた後悔に体が震える、どこもかしこも血が止まってしまったみたいだ。
私はベッドに座り込み、頭を抱えた。
「大丈夫か?」
シェムが私の肩を励ますように軽く掴んだ。
振り払いたい、でも力が入らない。
そうだ、ゲームが始まる前にここから逃げてしまおう、せっかく物も家具も少ない部屋に住んでるんだから、逃げないと損だ。
一旦リエちゃんの家に泊めて貰って…いや、あの家には甲斐性なしがいるのか、とりあえず次の家が決まるまでは、ネットカフェにでも…。
「逃げようなんて考えるなよ」
シェムが私のチョーカーを後ろからグッと掴んで、耳元で囁いた。
「…はい」
やっぱりこいつ、悪魔だ。
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