悠久の命

 神獣エトラが舌をちらつかせながらデミトリアを捉えると、次の瞬間に牙を剥き大地ごと呑み込む。

 使役される事への反逆行動にはエルクリッド達も目を大きくするも、土煙の中から何事もなかったようにデミトリアが姿を見せエトラもまた口を開け威嚇しつつ、次の攻撃を仕掛けずにいた。


「案ずるな、この程度戯れにすぎぬ」


「戯れって……」


「集中しろ、既に戦いは始まっている! スペル発動、アースバインド!」


 豪胆さに驚くばかりのエルクリッドにデミトリアが戦いを促しカードを切る。発動されたスペルにより凍土を割って木の根が迫り、それらをすかさずリオが霊剣アビスの一閃で断ち切ると同時に凍結させて打ち消す。


 瞬間、凍結した木の根を砕きながら波打つようにエトラの身体が蠢きながら大地を割り、その衝撃を霊剣で止めながらもリオが弾かれそれをすぐにセレッタが放つ水球が受け止め優しく下ろした。


「幾千万の音色重ね艶やかに空は夢幻に詠い、その彩りに魅入られし者共は刹那の苦痛を知らず命を落とす!」


 詠うようにタラゼドが言葉を口にし天に極光が広がり、一瞬の煌めきと共に色とりどりの光が雨の如く降り注ぎエトラを身体を刺し貫く。


「アウロラの血雨か、流石はタラゼドだな。これ程高度な魔法を容易く扱うか」


 光の雨の中でもデミトリアは動じる事なく粉砕される凍土の中に佇み、エトラの赤き鱗が貫かれ巨体が沈んで光の雨が止む。


 アウロラの血雨は極めて高度な魔法の一つでありリスナーのスペルカードにも存在はするが、それを扱えるリスナーはごく僅かしかいない。それだけの魔法を咄嗟に繰り出し神獣を沈めたタラゼドは流石といったところであるが、未だ彼が気を抜かずに前を見ていることからすぐにディオンが剣を構えるリオと並び立ちながら聖槍を構え、セレッタも蹄から水を噴き出して備えているとエトラが睥睨するかのように目を開き、傷ついた身体も瞬く間に元に戻っていく。


「あの魔法を受けてまだ……」


「神獣エトラは悠久の命そのものと言われる存在だ。他の生命の生殺与奪を行うように己の命すらも自在に生かし殺す事もできる、倒すならば一点集中で突破するしかないが……」


 驚愕するセレッタに冷静に分析をしたディオンが一歩前へ進みながら返し、一人神獣に向かって走り出す。

 エトラの生命力を上回るだけの攻撃を集中させるとなれば容易い事ではなく、それこそデミトリアが阻止してくるのは明白だ。

 だがそれを成さねば彼を倒すのは不可能なのも事実、十二星召筆頭リスナーを相手どる以上無理は承知なのは戦う前から決めているのだから。


 エトラが巨体を動かすだけで大地が揺れ、その身そのものが行く手を阻む壁となり自然の猛威の如く全てを跳ね除ける。ディオンの行く手を阻み足を止めたところへエトラが牙を剥きデミトリアにしたように大地ごと喰らいにかかり、すぐに離脱し避けながらそのままエトラに乗って身体の上を駆けていく。


「あの大きさじゃ普通のスペルで止めるのは難しいですね……どうしましょうか?」


「無理に止めようとしても耐え切られてしまう、ならば攻め続けて倒すしかありません」


 ノヴァに答えたタラゼドの分析を受けてエルクリッド達はすぐに最適解を導き出し、その為の行動を開始する。まずはリオが霊剣アビスを手に自ら戦うというのは継続して前へと駆け、セレッタがそれを支援するように数体の水竜を随伴させる形で放ちエトラの身体が近づけば抑え込み、すぐに砕かれるもリオは前へと進めた。


 先行しているディオンはエトラに掴まって聖槍の一撃を叩き込まんとするも、激しく揺れる中ではそれも難しくだが手は離さずしがみつく。

 煩わしさからエトラは大地を砕いて潜行し、それによりディオンを落とそうとするも凄まじい速さと共にぶつかる無数の石つぶてや移動の際の衝撃の中でも離れず、地上へ出たところでデミトリアがカードを発動する。


「スペル発動、インシネレイト」


 エトラの身体を包み込みながら炎が広がり、当然ディオンも巻き込まれその身を焼かれシェダに反射が襲いかかる。身を焼かれる激痛をぐっと歯を食いしばりながら堪え、カードを引き抜きながらその目に闘志を燃やし立ち向かう。


「オーダーツール、王者の聖鎧! いくぜディオン!」


 高等術オーダーツールによりディオンの身に銀の鎧が装着され、最後に兜が顔を覆うと目に光が灯り立てる状態になる瞬間を逃さずに聖槍をエトラに突き立てる。


真・黒落雷撃ブリッツシュラーク……!」


 聖槍から天へ黒の雷が飛び、拡散すると同時に白の雷撃が槍目掛けて落ちてエトラの身体を貫く。

 捨て身とも取れるディオンの一撃ではあるが身に纏う王者の聖鎧が結界を張って雷撃から守り、そのまま聖槍をより深く突き立てさらに押し込む。


 だが神獣エトラは全身を貫く雷撃を受けながら鎌首をもたげディオンを捉えると一気に牙を剥いて呑み込みにかかり、そこに頭上へと跳び出たリオが霊剣アビスを投げつけて目を刺し貫いて怯ませると、合わせる形でセレッタが操る水龍が何匹も放たれながら折り重なって巨大化し、エトラに巻き付き動きを封じ込めた。


「雷鳴轟く暗雲の帳を引き、舞い降りる閃光は楔となりて大地を穿つ……!」


「スペル発動アポート! リオさん!」


 手を合わせ詠唱するタラゼドに呼応するように暗雲があっという間に空を覆い、ディオンが聖槍を引き抜き影を残さず消えリオもエトラの目に刺さった霊剣アビスを引き抜く共にエルクリッドがスペルを使って彼女を傍へと転移させた。


 次の瞬間にエトラの巨体が覆い尽くされる程の青白い閃光が広がり、凄まじい揺れと共に大地が隆起し土が舞ってから雷鳴が遅れて轟く。


「エトラへ連続して攻撃を加え拘束し、ヘルサンダーを落とすか。見事だな」


 隆起する大地に堂々と佇みながらデミトリアは称賛の言葉を贈りつつも、だが、と付け加えると土煙の中に金に輝く瞳が映り戦慄が走る。

 やがて土煙の中からぬるっとエトラがその姿を現し、ぼろぼろと黒焦げになった皮を脱ぎ捨てながら健在ぶりを示す。


「あれだけの攻撃を受けてまだ……!?」


「悠久の命そのものと言えるエトラを人の技で倒せると思わぬ方がいい、だが貴様らには対抗手段があるだろう、遠慮なく使え」


 腕を組みデミトリアが促すものをエルクリッド達はすぐに察した。彼の言うようにこのまま身につけた力と技だけで切り抜けるのは厳しい。

 退けた時とは違う神獣の強さ、それを把握しきり状況を見定めるデミトリアの実力は圧倒的である。その差を埋める手段たるもの、神獣のカードをエルクリッド達はそれぞれ静かに引き抜く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る