第25話

 しばらくしてことが一旦落ち着いたとき、かなたが思い出したように声をあげた。


「あ、そうだ! みんなからのビデオメッセージ。早く見ないと時間が!」


「そうだ、忘れてた! 今すぐ準備を……って、待て。よく考えたられなのPCのパスワードなんて……」


「あ、私知ってるよ」


 と、慌てかけた俺の横でかなたが手をあげる。


 そしてバッグからノートPCを出し、慣れた手つきで他人のパスワードを解除してみせた。


「いや、なんで?」


「うん、けっこう前に二人で作業していたとき、たまたま見ちゃったんだよねえ『Watasinokanatamagitensi』だよ」


 それを聞いて、思わず言葉を失う。


「いや、うん、なんだ。れなのやつ、本当にかなたのことが好きなんだな」


「そうだよね。恥ずかしそうにしながら『しょうがないでしょ、私の最推しなんだから!』って」


 今さらながら、れなのスマホの待ち受けがずっとかなたである理由を悟った。


「ま、まあとにかくメッセージ見るか」


「う、うん」


 苦笑しながらうなずくかなた。


 目的のファイルはすぐに見つかったが、再生しようとカーソルを合わせて驚く。


「うおっ、動画時間約四十分⁉ マジかよ」


「ええええええ! あ、危ない、時間ギリギリだったあ」


 今が二十三時十五分ぐらいだから、本当にあやうく間に合わなくなるところだった。


「まったく、かなたってば色んな人に愛されてるんだな」


「え、えへへ……」


「それじゃ、行くぞ」


 東屋のベンチにかたなと身を寄せ合って座り、目の前のテーブルにPCを置いて、俺は動画の再生ボタンをクリックする。


 動画が始まると、れなの部屋と思われる可愛らしい壁紙を背景に彼女が少し緊張した面持ちで立っていた。

 




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 コホン、あー……えーっと、見えてる~? かなた~れなだよ。この動画が流れてるってことは、ついにその日を迎えたんだね。


 本当は、この動画が良い意味で一生開かれないことを願うんだけど、でも、きっとその願いは叶わないから。


 と、これ以上は私の番まで置いておくとして、かなた、結婚おめでとう。


 大したことはしてあげられないけど、これからみんなから集めたお祝いと……それから、旅立ちのメッセージを流すね。


 ホントはひとりずつ流すつもりだったんだけど、その、かなた人気すぎて……。それをすると軽く三時間超えそうだったから。どうしても思いを伝えたいって人以外は、悪いけどまとめてになっちゃった、ごめんね。


 それでも、みんなあなたの思いを知って、どうしてもメッセージを伝えたいって人たちだから。ちょっと長いけど少し付き合ってね。それではどうぞ。

                                  

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 というれなの冒頭メッセージに始まった動画は、彼女の前置きどおり本当に出演者が多かった。


 幼稚園から高校の同級生はもはや当然のように出てくるし、小学生以降は小一から高二まですべてのクラスがわざわざ再集結し、クラス単位でメッセージを撮ったらしい。


 それに合わせてかなたの恩師や幼稚園の園長、各学校の校長と副教科の先生や保健室の先生。


 街のパン屋さん、雑貨屋さん、スーパーで働くパートのおばちゃんから、消防団のごっついお兄さんと、多くの地域の人々までも出てきているんだが……。


「う~ん。これは驚きだな」


「う、うん……。でも、みんなずるい。こんな、こんなの……泣きすぎて干からびちゃうよお!」


 多くの人がメッセージをごく簡単にまとめたとはいえ、彼らの言葉、声、表情、しぐさから、かなたに対する本当にたくさんの思いがこれでもかと伝わってきた。


 かなたはもちろん、俺も彼らの思いに当てられて常に視界不良である。


 中盤以降、かなたの親友に始まったひとりずつのメッセージは、効力二倍だった。


 俺の横で必死に涙を拭きながらPC画面を見つめる彼女も、相手の名を呼びながら感謝と思いを口にする。


 多くのメッセージと、それを精一杯受け取るかなた。


 その両方を見ながら、俺は本当に最高の人と結婚できたと心からそう思い、感謝と誇らしさでいっぱいだった。


 動画も終盤に差し掛かると、いよいよ俺もよく知ったメンバーが登場し始める。


 その中にウキウキしたわが母が出てきたので、俺は思わず噴き出した。



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 は、は~い! 映ってますかー! はるかの母でーす! いやん、こういうの初めてだから緊張しちゃうわね。


 でも、新郎の母としてしっかりやります。


 えっと、かなたちゃん。つい先ほどれなちゃんからすべて聞きました。


 そんなに大変な状態とはまったく気づけず、なんと申し上げればよいか……。


 色々と伝えたいことはありますが、思うところをまとめました。


 かなたちゃん、それほどの思いを持った結婚相手に、私の息子を……はるかを選んでくれてありがとう。


 あの子、恐らく恋愛なんてしたことないから迷惑をかけたことも多いと思いますが、最後まではるかを愛してくれて……本当に、ありがとう。


 きっとあの子も幸せだと思います。


 でもはるかはお父さんに似て優しいから、ふたりはとてもいい夫婦になると確信してます。最後まで精一杯、幸せをかみしめてください。


 ――それから、それから、旅立ってもどうか、いつまでも幸せにね――ッ! 


 ごめんなさい、最後は笑顔でって思ったのに……本当は、あなたのお義母さんとしてもっと一緒にいられたら良かったんだけど。


 でも、最後にメッセージを残せてよかったわ。


 それから……はるか! もし見てるんなら、かなたちゃんをしっかり幸せにするのよ、分かった⁉ それじゃあね、かなたちゃん


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「……ああ、もちろんだよ。母ちゃん」


 俺は震える声で、画面の中の母に答えた。


「……そっか、結婚したんだもんね。最後に一回ぐらい、お義母さんって、呼んでみたかったな」


 そう言って大粒の涙を流すかなたの背を、俺はそっとなでながらビデオの続きに目を向ける。


 続く映像には、宗次郎さんと一さんが並んで映っていた。



 

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 かなた、わしが伝えたいことは、常に伝えてきたつもりじゃ。だから、簡単に行くぞ。


 まずは結婚おめでとう。


 この一族に生まれ、そして孫娘を授かったとき、今日この瞬間は決して来ないと、わしは諦めておった。


 じゃがお前さんは、幸せに力強く生きてくれて、わしが諦めた夢さえも叶えてくれた。それで充分じゃ、ありがとうなあ。


 お前は、誰がなんと言おうとわしにとって最高の孫じゃ。はるか君と、最後までしっかり生きなさい。



 かなた、まずは結婚おめでとう。


 父さんは、かなたにあまり多くをしてあげられなかったが、ついこの間、その口から生んでくれてありがとうと、そう言ってくれたね。


 父さんはそれだけで充分だ。


 じいちゃんが言ったように、かなたは俺たちに結婚の報告をしてくれた。最高の親孝行じゃないか。


 相手選びもそりゃもう申し分ない。こんな一族のもとに生んでしまって申し訳ないと後悔したこともあるが、今は、これで良かったと心から思える。


 ……そうだよな、キミがいつか言っていたように、キミは少し、周りと比べて少しだけ寿命が短いだけだ。


 その寿命のなかで最高の幸せを掴んだんだ。それは、親にとっても幸せなことだからね。


 かなたのこれから先の幸せを祈っているよ。


 それから、はるかくん。娘の愛に応えてくれて本当にありがとう。


 少しおてんばなところはあるが、どうか娘をよろしく頼むね。


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 おふたりの言葉は、俺にもかなたにも効果抜群だ。


「はい、最後までかなたを幸せにし続けること、お約束します」


「――ふええ! お父さん、おじいちゃん、ありがとう!」



 そして――。



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 おーい、はるか、かなた。オレだ。


 まずは幼なじみとして、結婚おめでとうと言っておいてやる。


 色々とあったが、お前たちよくもまあ、恋愛経験ゼロ同士なのにこの短期間でここまで至ったもんだ。まったく、純愛と言うべきだな。


 はは、一度はオレがかなたを横取りしてやろうと思ったが、いやそうしなくて大正解だった。


 こんなにも最高なカップル……いや、夫婦を見られたんだからな。


 ――かなた、一応念のため言っておくが、オレの気持ちはとうに落ち着いている。オレのことは気にせず、最後まではるかだけを愛してやれよ。


 それから、お前が幼なじみだったこと、オレにとって何にも替えられない誇りだ。ありがとうな。


 ま、もうお前の笑顔を拝めないのは少し寂しいが、お前の人生を不幸だのなんだの言いやがる奴がいたら、オレが殴っといてやる。


 お前が愛してやまない誰かさんは、そう言うのはガラじゃないからな。


 お前は誰よりも幸せな女の子だ。胸張って……胸張って行けよ――ッ! 


 くっそお……。


 はいはい終わり終わり! おいれな、早くカメラ止めろ! なにを泣きながら笑ってやがんだ……。

         

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「……グスン、みらいってば。別に泣いたって良いのに……ありがとう。私も、あなたが幼なじみで良かった」


 笑いながら涙をふくかなた。


 そしていよいよ、彼女のことが大好きでやまない、オオトリの少女が登場する。



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 ……えっと、かなた。結婚おめでとう。


 本当は、本当はこのメッセージを残したくない。


 だってこれは、あなたと二度と会えなくなる日に向けた仕込みだから……。


 でも、やらずの後悔は絶対にしたくないから、私の思いを伝えるね。



 ――あなたと初めて出会ったのは、もう一年以上もまえ。たまたま席が前後になっただけだった。


 私はかわいい女の子が好きで、あなたが超タイプだったから声をかけた。最初はそれだけだった。


 でも、あなたとどんどん仲良くなって、そして、誰にも言えない秘密を教えてくれたね。


 正直信じられなかったし、何度も『勝手に死なないでよ』なんてどうしようもないことを言っちゃって、ごめんね。


 でも、気持ちが落ち着いてからは、『最推し』のあなたを幸せにしてやろうって思って。密かに語ってくれた夢を応援できて、私は幸せだったよ。


 それでもやっぱり、ふとした時にわがままな心が暴れて、よくひとりで大泣きしたけど、今ではいい思い出だよ。


 最後は、はるかと幸せにしているあなたを見ることが何よりの幸せだった。



 ……コホン、それからはるか、その節は悪かったわね。


 あの時期は、かなたの髪や目の色が変わり始めた時期だったから、私も心に余裕がなかったの。許してね。


 

 ――ふう。でもやっぱり、最後になってかなたが血を吐いたり、泣きじゃくったりしているところを見ると、気が気で仕方なかった。


 あなたはもっと長生きして、おばちゃんになって、孫に若いころの写真を見せて……――ッ! 


 その子を、驚かせるぐらい……するべきだって――。だってそうじゃない! あなたは私がこれまで会ってきた人の中で、手放しで信頼できる最高の人だもん。


 できるなら、私が結婚したかったもん!


 ……でも私は決めたから。最後まで推しの幸せを……親友の幸せを応援するって決めたから。


 とはいえはるかに独り占めされるのは癪だから、このメッセージをあなたが見るその日まで私は毎日かなたをハグするから。



 ……だから、ううう…………。もう、最悪。泣かないって、決めてたのに……。


 かなた、どうか最後まで……ううん、これからも幸せに笑っていてね。


 たとえ直接届かなくても、触れ合えなくても、推しが幸せでいてくれるなら……それでいいわ。


 本当に、私と出会ってくれて……この世に生まれてきてくれて、ありがとう。それじゃあ、またね。


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「うんっ、れなも! 私の友達になってくれて、ありがとう。――


「――⁉ おいかなた。お前泣きながらとんでもないことを……」




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 ……はい、というわけで、これでメッセージは全部だよ。


 どうだったかな? まあ、編集してる私の心を容赦なく揺らしたんだから、みんなの思いは本物よ。かなたに言うまでもないけどね。



 かなた、はるか。改めて、結婚おめでとう。


 それからかなた、これまで本当に……本当にありがとう。これはこのビデオに出てきたみんなの思いだよ。――少しは、いいお土産になったかな?


 本当はもっと言いたいことあるけど、仕方ないからあとははるかにパスするわ。


 かなた、どうか幸せに……。私たちはあなたのこと、絶対に忘れないから。


 あなたが愛し、あなたを愛したすべての人、および、誰よりもあなたを愛した西宮 れなより。

   

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「――うんっ、みんな、本当にありがとう! ねえはるかあ、私、こんなにも幸せで良いんだよね、神さま怒らないよね?」


「……ああ、もちろんだ! もしそんな神さまがいたら、俺が黄泉の国にでも吹っ飛ばしてやる」


 俺がそう言ったとき、四十分に及ぶメッセージビデオが終わった。


 

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