第24話

 ――それからしばらくすると、かなたはれなに連れられてどこかへ行き、驚きの姿で戻ってきた。


「――ッ! か、かなた、それ……ッ!」


「――おお、めちゃいいじゃん」


 驚愕に目を見開く俺と、素直に感想を述べるみらい。


「――え、えへへ、ちょっと……恥ずかしい。でも、すっごく嬉しい」


 なんと、かなたはウエディングドレスに身を包んで現れたのだ。


「ふう、これまで着付け教室に通いまくった甲斐があったわね」


 と、満足げに出てもいない額の汗をぬぐうれな。


 俺が次に出すべき言葉を探していると、みらいがそれを制した。


「おいおい、これを見てなお言葉は要るか? はるか」


「――いや……ちょ……」


「はるか、これをお前がどう捉えるかは自由だが、かなたの夢を叶えてやれるのはお前だけだ。それだけは忘れないでくれよ」


「……わかった」


 そう言われると、俺にできることはひとつ。花嫁姿となったかなたを再び背に負い前を向くこと。


 俺の答えにみらいたちはふっと優しく微笑んだ。


 その後、れなが俺のもとに近づいてきて布の手提げバッグを渡す。


「これは……」


 何かが入っている重さのそれを受け取り、俺は答えを求める。


「ええ、本来なら結婚式で流す予定だったみんなからのビデオメッセージ。漏れなく私のノートPCに入ってるから。ふたりだけの結婚式でゆっくり見てちょうだい」


「マジか――。サンキューな。でも、それならみんなで……」


「それ以上この件に突っ込んだら、友達でもあんたの顔面ぶん殴るわよ」


 と、久しく見たれなの恐ろしい形相で、俺は口をしっかりと閉じる。


「――まったく。あ、それからこれ。一番大事なものよ」


 れなは優しい顔に戻って静かに手を差し出す。彼女に応じて俺も手を出すと、そこにころりと何かが転がった。


「――ッ! これって!」


 驚いて手を開くと、そこにはガラス玉が輝く指輪がある。


「見つけてくれたのか!」


「ええ、本当に苦労したわ」


 れなが苦笑すると、かなたも涙の残る笑顔でありがとうと言う。


「良いのよ。……まあ、どうしても感謝したいっていうなら、宗次郎さんにお礼をいうことね」


「「えっ?」」


 俺とかなたが同時に首をかしげると、れなが数時間前を思い出すように答えた。


「ふふ、もうダメかと思っていたとき、出かけていた宗次郎さんが帰って来て、めちゃくちゃになった部屋を見ておっしゃられたのよ。『そんなに大事なものなら、神棚にでもしまっとけ』ってね」


「え、それで、本当に神棚にあったのか?」


「……まあ、そういうことよ」


 そのことで俺たちはしばし笑いを共有し、それが収まった時みらいが言った。


「そろそろ行け、はるか。時間は限られている」


 それを合図に、俺はうなずいて無言で歩き始めた。背中にいるかなたは、後ろにずっと手を振り続ける。


「みーらーいーっ! れーなーっ! またね――っ! まーたーね――っ!」


 俺は静かにうしろを振り返った。みらいとれなは、かなたに応じて手を振りながら、静かに泣いている。


「――ッ!」


 俺自身も無自覚に零れる涙に気づいて振るい落とし、それからはただ前を向いて金星台公園に向かって歩き続けた。



 二十三時ごろ、俺たちは金星台公園に到着した。


 町の夜景を見ながら行きたいとかなたが望んだので、車道側から向かう。


 時間が時間なので車の通行はなく、穏やかな時間だった。


 かなたを東屋におろし、俺も彼女の横に座る。



「……やっぱり綺麗だね、はるか」



「ああ、そうだな――」



「……あ、ほら! 快晴だから、天の川もすっごく輝いてるよ!」



「……ああ、そうだな――」



「あ、あれきっと終電だよ。乗り遅れちゃった人、ちゃんと帰れるのかなあ」



「…………ああ、そうだな――」

 



「はるか、私ね――。みんなに、隠してたこと……あるんだ」


「……………………そう、か」



 その後、少し静寂の空間が続いたが、ふいにかなたが立ち上がった。


「私の命日ね…………実は今夜なんだ。あと一時間後」


「――ッ! いや、さっきのふたりとのやり取りでまさかとは思ったけどさ、なんでなんだよ、かなた。どうして! 小山先生も、ご両親も……」


 俺が叫ぶと、かなたは静かにうなずいて輝く町に視線を向ける。


「…………うん、先生には、悪いことしたと思ってる。家族も、ちょっと寂しいけど、ちゃんと昨日、私なりにお別れは済ませてる。……おじいちゃんなら、分かってくれてるんじゃないかな」


 そう言うと、かなたは静かに語り始めた。


「実はね、これが『北稲荷の呪い』を解呪する方法なんだ。というか、これが私なりの答え」


「…………えっ?」


 俺は驚き、うつむいていた顔をあげてかなたに注目する。


「……私の一族のこと、呪いのこと。はるかはもう、知ってるよね」


「……ああ」


 俺がうなずくと、かなたはトットッと俺の傍に駆けより、笑顔で俺を覗き込んだ。


「――はるか、私はずっと昔から、あなたのことが好きでした。こんな私でも……呪われたこんな私でも、私を……私だけを愛してくれますか?」


「――――ッ」


 俺は歯を食いしばり、ベンチから立ち上がった。


 ……そんなの、答えは決まりきっている。


 俺はかなたを精一杯抱きしめた。


 そして彼女を一度離し、向き合って思い切り空気を吸い込む。


「そんなの、決まってるだろっ! おまえがたとえなんであったとしても、そんなの関係ない! お前が呪われている? あと一時間の命? だからどうしたんだ‼ 俺はそういうところも全部ふくめて、かなた、お前を愛してる。これまでも、これからも! この思いだけはずっと変わらない。変わらないんだ……!」


 これが、本気で吐き出した俺の本当の気持ち。


 かなたは月光を反射して真紅に輝く瞳からボロボロと涙を零し、口をへの字に曲げて全身を震わせながら、俺の胸に飛び込んできた。


「ふええええええええんッ! はるか、はるかあっ! ありがとう、嬉しい……嬉しいよお! なんで――っ、私……っ、わたし、こんなに幸せでいいのかなあ……。こんなっ……誰よりも、幸せで、いいのかなあ――ッ! ……もう、嬉しすぎて……幸せで死んじゃいそうだよお!」


 泣き叫ぶかなたを、俺はそのまま抱きしめ続けた。


「――ああ! いいんだ、お前は幸せになって良い……いや、幸せになるべきだ! これまでたくさんの人を笑顔にして、たくさんの人を助けてきた……俺にとって最高の彼女だ! お前が嫌がっても、ぜったいに幸せにしてやる!」



 ――だから……。



「だから、かなた。俺と……結婚してくれ」


「…………はいっ、私の方こそ、よろしく」


 俺たちは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せ合い、久しぶりに声を出して笑い合った。


 ……もう多くの言葉はいらない。


 俺はかなたの白い左手を取ってそっとウエディンググローブを外し、懐かしい指輪を優しく薬指に付けた。


「……えへッ、まだ夢見てるみたい。すっごく嬉しい――」


「……なんなんだろうな、この気持ちは」


 ……俺たちは静かに近づき、お互いの吐息を感じられる距離で見つめ合う。そして、初めてのキスを……愛を誓い合った。


「…………んっ……」


「――ッ!」 


 ――かなたの小さなくちびるは、柔らかく俺がとけてしまうかと思うほどだった。


 優しく舌を絡めると、心なしか彼女の心拍数が上がった気がする。


 そして俺たちは、いま一度見つめ合った。


「はるか、これで私たち本当にひとつになったんだね」


「ああ、誰がなんと言ったって、俺たちはもう立派な夫婦だ。どの夫婦よりも幸せな夫婦だ」


「うんっ、私いま、すっごく幸せだもん。きっとこの時のこの瞬間のために、私は生まれてきたんだ」


「――ああ、そうだな」


 俺たちはそのことを噛みしめ、もう一度静かに口づけを交わす。

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