第22話
……だがこの世の中は、すべてが予定通りに行くことなどそうそう無いのだ。
それどころか、時に現実は残酷な刃となって、乱れた予定をさらに容赦なくかき乱すことさえある。
俺が病院までの道半ばに達し、信号待ちでわずかな休憩をしていた時、突然スマホに着信があったのだ。
かけてきたのは、小山先生だった。
『はるかくんかい? れなちゃんから、式を遅らせたいとの連絡は聞いている。だが、もっと重大なことが起きてしまった。このままだと、式自体が中止だ』
「ど、どういうことですか⁉」
確認しながら、俺は歯を食いしばった。そんなことあえて聞かなくても薄々わかっている。
『……ああ。落ち着いて聞いてほしい。かなたちゃんの容体が、先ほどから良くない。祈祷の儀式は無事に終わり、本来なら呪い発動までの三日間で最も落ち着く時間のはずなんだ。だからこそ、私も結婚式に最適な時間と思い、提案したのだがね……』
先生の声色から、彼でも予測し得なかった何かが起きていることは分かる。
だがいま俺にできることは、一刻も早く病院に着くことだけだ。
「分かりました。あと二十分……いえ、十分で着きます!」
『分かった。彼女は予断を許さないが、幸い、すぐに最悪の結末になるような状況でもない。何とか落ち着くよう、私も最善を尽くすよ』
「――すみません、お願いします!」
そして十八時を少し過ぎたころ、俺は病室に到着した。
「かなた、大丈夫か!」
「おお、早かったね、はるかくん」
少々驚きぎみの小山先生に手招きされ、かなたのベッドに近づく。
彼女はもの凄い量の汗と高熱で、とても苦しそうだった。それに、少しではあるが血も吐いたらしい。
俺は自分の顔が険しくなっていくのを感じた。
「……先生、これは」
「う……ん。私は、北野家に代々仕えてきた特別な医師の家系でね。これでも、北野家の本家、そして分家合わせて何人もの少女たちを診て、その最後に立ち会ってきた。だが、このケースは初めてだ。儀式には問題なく、検査をしても目立った問題がない。数値的には、すこぶる元気なはずなんだよ」
彼ですら唸るのだから、俺にはなにが原因なのか分かりようもない。
「かなた、しっかりしろ! 俺と二度目の結婚式を挙げるんだろ?」
俺は苦しそうに悶える彼女の手を取り、言葉をかけてやることしかできない。
しばらくして、息遣いは荒く熱も高いがかなたが目を開けた。
「……ご、ごめんね、はるか。こんな……ことになっちゃって……。れなやみらいも、頑張って、くれてるのに……」
「いい、無理に喋るな。お前はまず自分を心配するんだ。お前なら大丈夫、絶対大丈夫だ!」
「……ふふ、あり、がとう。はるか」
それからかなたは安定と不安定を繰り返し、二十時半ごろにようやく落ち着いた。
俺はひとまず安心して、ずっとかなたの手を握ってそばについている。
「ありがとうはるか。……不思議だね、近くで手を握ってもらってるだけなのに、すっごく安心する」
「そうか、良かった。――でも、みらいたちいつまで粘る気なんだろうな……」
「……う、うん」
今日はもう結婚式どころではないので探すのは休めと言っているのに、ふたりはかたくなに言うことを聞かないのだ。
そして二十一時ごろ、小山先生が俺たちのもとにやってきた。
「ちょっと、良いかな」
「はい」
「かなたちゃんの容体も一旦安定したことだし、今日の儀式の片付けをしたいんだけど、いいかな。もちろん呼んでくれればすぐ行くけど、このフロアを離れることになる」
俺とかなたは視線を交わして答える。
「はい、大丈夫です」
「私も、今ははるかとふたりでゆっくりしていたいので、大丈夫です」
「そうか。これまでの歴史を見ても、恋人と二人きりの時は容体が安定する傾向にある。今夜は私が許可するから、はるかくん、一晩いっしょにいてあげなさい。もちろん、危険になったらすぐに呼ぶんだよ」
「分かりました、ご配慮ありがとうございます」
小山先生は静かにうなずき、病室を出ていった。
儀式で使った神具は綺麗に浄化して収納する必要があり、邪気祓いの儀式も行うので、今夜一晩はかかるらしい。
俺は初めて、かなたとこの病室で一晩すごすことになった。
「……今日はごめんね? 私のせいで、こんなことになって。……これくらい、大丈夫だって思ってたのに……。やっぱり、れなの言うとおりにしておけばよかったかなぁ……」
「ん? どうしたんだ?」
かなたがぼそっとつぶやいたことが気になって聞き直すが、かなたははっとして何でもないと言う。
「でも、ホントにごめんね?」
「気にするなよ。この世の中、ぜんぶ予定どおりなんて無理な話だと思う。確かにかなたの身体は少し心配だが、今日大変だったから昔の大事な記憶を思い出せたし、こうして今二人きりの時間を過ごせてるんだ」
「えへへ、それもそうだね」
と、かなたは嬉しそうに俺にすり寄ってきた。熱もすっかり引いたようで、今のところ安定期に入ったようだ。
それから、俺たちは久しぶりにふたりで会話を楽しみ、はしゃいでいた。
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