第21話

 そして昼過ぎ。


 いちおうスピーチ内容も考え、れなたちの手配も九割がた済んだと報告があったので、最終確認のため俺のうちに集結していた。


「よしよし、食べ物系はちゃーんと所定の時間に病院へ着くよう手配したし、ほか諸々も抜かりないわね」


 れながリストをチェックしながら言うと、みらいが思い出したように俺のほうを向く。


「はるか、お前服はあるのか?」


「あー……。スーツぐらいしかないな。さすがにタキシードなんて……」


「もう、そこはなんでもいいわよ。かなたはね、無理して本物に近づけた式じゃなくて、私たち……ううん、違うわ。はるか、あなたとふたりでしかできない結婚式を望んでるんだから」


 そう言われ、俺は深呼吸をして肩に入りすぎた力を抜いた。


「……そうだよな。ありがとう」


「うんうん、それで良いのよ。それじゃああとは本番まで……あ」


 まさに確認が終わったところで、れなの表情が急に凍り付いた。


「どうしたれな。なにか忘れものに気づいたか?」


 みらいが言うと、れなは手をわなわな震わせながらうなずく。


「よりによって、何より忘れちゃだめなことを忘れてた」


「「え?」」


 俺とみらいが同時に首をかしげ、彼女に注目する。


「指輪よ!」


「え」「指輪だって?」


「そうよ、かなたに頼まれてたの。昔はるかと結婚式ごっこをした時に作った指輪。それでまたあの時みたいに指輪の交換したいって……。その指輪が家のどこかにあるから、探してほしいって……」


 その言葉で俺も鮮明に思いだした。


 結婚式ごっこの前日に同じ材料を買いに行き、それで作ってきた指輪を本番でお互いに交換したんだ。


 記憶が正しければ主な装飾は小さなガラス玉だったはずだが、いまは素材うんぬんと言っている場合じゃない。


 俺とかなたは確かに約束した。


 お互いに作った指輪は少し……いやかなりサイズが大きかったので、これがぴったりはまるようになったら本当に結婚しようと。


 それまで指輪は大切に持っておいて、誰がなにを言おうと式本番でまたこの指輪を交換しようと……。


「そうだ、オレも思い出したぞ。そう言えば、そんなことも言ってたなあ」


 みらいがポンと手を叩いて言うが、そうだ、冷静になってみれば、れなの言うとおりかなりマズい。


 俺もかなたも、そんな昔の指輪をどこにしまったかなんて、覚えているはずがなかった。


 もちろん約束自体は忘れていなかったので捨ててはいないはずだが、もし無くさないよう厳重に保管しているなら、逆にそれがあだとなるだろう。


「ちょっと、いま何時よ」


 れなが叫ぶと、みらいがすぐさま腕時計を確認する。


「まずいな、色々確認していたのもあって三時半だ」


「急いで探すわよ!」


「あ、ああ」「分かった!」


 こうして、俺たちはすぐに指輪の捜索を始めた。


 北野家の方が俺の家よりはるかに広いので、そちらにみらいとれなが向かい、俺は母に事情を説明して一緒に探してもらうことに。


「もう~、そんな大事なものなら場所を覚えておきなさいよ~」


 母のぼやきに対し、俺は何ひとつ反論する余地がない。


 とはいえ一階にある可能性は低いので、二階に絞って探すことはできた。


 うちの二階は俺の部屋、父と母の部屋、昔祖父母が住んでいた時使っていたが、今はほぼ使われていない和室がある。


 父と母の部屋には恐らく無いので、俺が自分の部屋を探し、母に和室を担当してもらった。


「くそ、どこだあ」


 俺はまず部屋の中をひと通り探し、ほどなくして無いことを悟ると、部屋のクローゼットを開けた。


 俺の部屋には横並びにクローゼットがふたつあるが、服やかばんなどを入れているほうではなく、今はあまり使っていないものや、昔遊んでいたおもちゃなどが押し込まれているほうだ。


「あるとしたらここだろう。逆にここになくて和室にもなければ詰みだ……」


 俺は焦る心を抑え、部屋をゴミ屋敷にする勢いで物をかき出して探したが、見当たらない。


「まずい……」


 俺はもう一度すべての場所を探したが、結果は同じだった。


 最後の望みにかけ和室へ行くと、母が和室の押し入れを片っ端から開け、ありとあらゆるものを引きずりだしている。


 これはまずい……。


「母さん、無いのか……」


「え、あらはるか、あなたの部屋は? え、もう探したの。じゃあこっち手伝って」


 予想通り、こちらも相当苦戦しているようだ。


 俺もすぐに加勢したが、部屋が広いうえにものがけっこうあるので大変である。


「く、仏壇とかには……」


「ないわよ!」


 母に即ぶった切られ、俺はうなった。


 もう頭が冷静さを保てていない状況が何よりまずいのだ。


 そして、俺のズボンの右ポケットにあるスマホが鳴り、みらいから全然見つからんという報告が来た。


「うわあ、時間がない!」


 俺はその後、三十分ほどして思わず声を上げる。


 十八時十五分にはれなとみらいが手配してくれたものが病院に届き、それをもって結婚式を始める予定なのだ。


 現時刻がすでに十六時五十分。病院までの移動を考えれば、猶予は一時間もない。


 ますます慌てていく脳みその指示に従って探し続けるが、自分で分かるぐらい同じ場所しか探していない。


「まずい、まずいまずい! かなたが指輪の交換を何より楽しみにしているなら、なんとしても見つけないと……!」


「はるか、和室ももう同じところしか見てないから、お母さん一階も見てみるわね」


「ごめん、頼む」


 母が階段を降りていき、俺も動きを止めると、和室は急に静まり返った。


「……どこだ! なんとなく、この部屋にあると思うんだよ」


 少し冷静になった俺は自然に目を閉じ、遠い記憶をたどる。


 なぜそうしたのかは分からないが、ふいに脳裏に子どもの頃の記憶がよみがえった。


「……これは!」


 俺ははっとして目を開け、閉じられている扉に視線を止める。


 この扉を抜けると廊下があり、突き当りを直角に曲がって進むと、その先の突き当りに大きな物置があった。


 廊下は和室をL字に囲うように伸びていて、本来は障子を開ければ和室と繋がる。


 だが今は障子の前に棚を置き、完全な個室にするため、障子の一部を開かないように留めている。


 突き当りの物置に行くには、和室の入り口から別方向にある扉を抜け、孤立した廊下を進む必要があった。


 そして俺は幼少期にうちでかくれんぼをして、かなたと一緒に奥の物置に隠れた記憶を思い出したのだ。


 それが天の報せのように思い、俺は迷わず廊下に続く扉を開ける。


「……なつかしいな」


 俺はひとりつぶやくと、静かな廊下をゆっくりと奥へ歩いた。


 L字になっているので先が見えず、昔は怖かったことを思い出す。


 角を曲がると、数メートル先に懐かしい扉が見えた。


「……」


 俺はそこまで行き、物置を開ける。中は二段構造になっていた。


「うわ、ほこりっぽいな」


 手でほこりを払い、スマホのライトで中を照らす。下段には、古い雑誌や家電などが乱雑に置かれていた。


「うーん、ここにはないな……」


 俺は直感でそう判断し、上段を覗く。


 その瞬間、また遠い記憶がよみがえった。


 かくれんぼ中に隠れたは良いものの、かなたが静かで暗い物置を怖がって動けなくなってしまったんだ。


 半泣きになる彼女を少しでも安心させようと、俺はまだ小さかったその身をぎゅっと抱きしめて、そうだ……。



 「だいじょうぶだ。このさき、かなたが辛いときも、怖いときも、もちろん楽しいときも……。おれが近くで守ってやる」


「……はるか。ほんとうに?」


「ああ、おれたち、おとなになったらけっこんするんだろ? だったらなおさらだ。そうだ、このゆびわにかけて誓うよ。なにがあってもかなたを守って、ぜったいにまたゆびわのこうかんするんだ!」


「――えへへ、なんかうれしいな。ねえ、ぜったい、やくそくだよ」


「もちろんだ!」


 そんな、二人しか知らない会話をしていた。


「――ッ! そうだ。いやむしろ、なんで今まで忘れてたんだこの記憶を。……たしかあのあと、ふたりとも疲れて眠ってしまって……」


 ――指輪の記憶はそこから無い!


 俺はすぐさまスマホのライトで物置の上段を照らした。そこには、今は使っていない布団が積んである。


 迷わず棚の上にあがり、当時の記憶を頼りに奥に手を突っ込んだ。


「――ッ! これは」


 まさにビンゴだった。奥の奥へ伸ばした手に硬いなにかが当たり、握った瞬間の感触で指輪だとすぐにわかった。


 ライトで照らしてみると、懐かしい指輪が握られている。


 不思議と壊れている箇所もなく、ほこりもそれほどついていなかった。


「――あった! こんなところに……。よしっ!」


 俺は思わずガッツポーズをした瞬間、ハッと現実に戻る。


「まずい、もう五時半だ!」


 スマホの時計を見た俺はすぐに和室を出ると、一階にいる母に指輪発見を伝えた。


「良かったじゃない。……片付けはやっておくから、すぐにかなたちゃんのところへ行ってあげなさい」


「母さん……。ありがとう」


 母に見送られ病院に向けて走り出そうとしたとき、みらいから二度目の電話があった。


「どうしたみらい。指輪見つけたのか? 俺はなんとか見つけたから、今から病院に走るところだ」


『そうか、見つけたのか! だが残念ながらこっちはまだなんだ。一さんにも手伝っていただいているが、なにせ北野家がでかい』


「すまんな、俺たちのために……」


『なに謝ってんだよ。オレたちは好きでやってんだ。ああ、そうだ。電話した要件なんだが、もう少し粘ってみるから式を少し遅らせることを病院に連絡して、待っててくれないか。主役を待たせることになってマジで悪い』


「お前こそなに謝ってる。ここまでやってくれてんだよお前とれなは。申し訳ないのはこっちだ」


『まあお互いさまってことで良いじゃないか。じゃあ、なるべく早くそっちにつくようにするから、少しだけ待っててくれ』


 言い終わると、電話はすぐに切れた。


 俺は心の中でみらいたちに最大感謝しながら、改めて前を向いて病院へ急いだ。

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