第13話

 俺はいつもどおりホームルームが終わると思って席を立とうと身構えていたが、いつまでたっても先生からその一言がかからない。


 クラスメイトたちも徐々に怪訝な表情を浮かべ始めたとき、先生は意を決するようにひと呼吸すると、静かに口を開いた。


「……先日、みんなにかなたのことを話したと思うが、きのう親御さんから連絡があって……。特定の段階に到達したから今のかなたがどういう状況なのか、もう少し詳しく説明したいと思う」


 クラスメイトたちはどよめき、かなたと親しい女の子たちが席を立って先生に迫る。


「わ、わかった、わかったからみんな落ち着いてくれ、ちゃんと……ちゃんと話から!」


 その場はどうにか落ち着いたが、先生の表情があまりにも頻繁に沈むので、かなたの病気が実は深刻で明日も知れぬ状態だと思ったのだろう。


「せ、先生、もしかしてかなたはもう……ううっ」


 ひとりの女の子が泣きながらそう言いかけると、先生はわずかに苦笑して続けた。


「いや、大丈夫だ。最悪の想像をしてしまうのも無理はないが、かなたは今のところ病院で元気にしている。そこは安心してくれ」


 それでも半信半疑という表情を隠せない彼女たちが席に着くと、青山先生は改めて話し始める。


「もしかすると知っていたという人がいるかもしれないが、かなたは……かなたの家は特殊な神職の家系なんだ」


 そのことを知らなかったクラスメイトたちは、驚愕の表情で顔を見合わせた。


 すべてを知ったうえで今になって振り返れば、かなたやかなたのお母さんは巫女服のような衣装や着物を日常的に着ていたし、一さんは宮司さんのような恰好をしていた。


 そして先生は、俺が一昨日かなたから聞いたことを重々しい口調で語っていく。


 ご先祖が非道を働いたこと、北野家はその贖罪を受けていること。


 それを受けるのは、一族に生まれた女の子ということ……。


「……だから、かなたが入院している理由は『病気』というより、『呪い』という表現が正しいんだ。そういうわけで彼女はいま、特殊な機関を備えた病院に入院しているんだ」


 呪いという予想外の言葉にクラスメイトたちは嫌な静寂を生み、そのなかで視線を交わし合う。


 教室内はいつになく重い空気で満たされていたが、かなたに関する話は五分ほど続けられた。


 その最後、先生はスーツの内ポケットから茶封筒を取り出す。


「………最後に、かなたのお父さんからみんなへの言葉を預かったから、それを読もうと思う。それからこの手紙の内容は、許可が出るまで絶対に誰にも話さないでくれ」


 俺たちが静かにうなずくと、先生は封筒を開け、丁寧に折られた手紙を取り出した。


 公表できないことも多いので、俺たちのクラスにだけ宛てた特別な手紙だという。


 そう前置きのもと、先生は手紙を読んでくれた。


◇◇◇


 かなたを大切に思ってくださっているクラスメイトの皆さん。


 まずは、感謝とお詫びを。


 いつもかなたと仲良くしてくれでありがとう。


 そして、守秘義務があるとはいえ、今日まで全てを黙っていたこと、誠に申し訳ありません。


 また急なことのため、走り書きになってしまうことをお許しください。


 先生からすでにお聞きしているかと存じますが、私たち北野家は、古来からこの地におられる稲荷様の神社にお仕えする神職の家系です。


 今はまだ詳細を話せませんが、一部の先祖が犯しました大罪の数々。


 それらの罪ほろぼしのため、私たちは特定の者に呪いがかけられる一族なのです。


 私たちの間で『北稲荷の呪い』と呼ばれるこの呪いは、先祖が十八になる村の女性たちを神の名を使って差し出させ、彼女たちに無体な仕打ちを行ったことにお稲荷様がお怒りになられ、一族に戒めとしてかけた。


 そう伝えられるものです。


 この呪いは国の中でも極秘の情報であり、呪いを受けついだ本人がその死期を感じるまで、本人に近しい者にも情報を開示できない決まりになっております。


 そのため、本日までことの一切を明かすことができませんでした。申し訳ありません。


 昨日、娘の身に宿る呪印に変化が生じ、本人が近いうちの死期を悟りましたのでご報告させていただきます。


 この段階に入りますと、その死期はいつ訪れるか分かりません。本当に、このような状況しかご報告できませんこと、お許しください。


 私としましては、これまで娘を大切にしてくださったみなさまをひどく苦しめるなら、お話しないということも少し考えました。


 ですが、本人がクラスのみんなにお別れも言えず、二度と会えず、真実を隠したまま逝きたくはないと。


 そう申しましたので、こうして手紙にさせていただきました。


 かなたのクラスメイトである皆さまは、秘密を守っていただけると思いますので、もしすべてを知ったうえで娘に会って頂ける方は、病院までお越しいただけると、本人も喜ぶと思います。


 最後に、これまで娘と友情をはぐくみ、大切にしてくださった皆さま。本当に、ありがとうございました。


 今に至るまでかなたは多くのことに苦悩しておりましたが、決して不幸な人生ではなかったと。


 誰よりも幸せな道を進んだと父親である私も、そして本人もそう思っております。


 ですがそれも、皆さんを始めこれまでかなたと関わってくださったすべての方の存在あってこそです。


 ここに、改めて感謝を申し上げます。


 そして皆さまには、多くの人より少し寿命の短いかなたを、ここまでの幸せ者にする力があります。


 その優しく強い心のまま、これからの人生を謳歌してください。


 皆さまであればこの先どんな困難が待ち受けようと、それを越えて進んでいけるでしょう。


 私どもはあなたがたの、この先のご多幸を心よりお祈り申し上げております。


          どうか、強く生きてください。


                        かなたの父・北野 一 


◇◇◇



 ――先生が手紙を読み終えて封筒に納めたとき、クラスは静まり返っていた。


 静寂のなか、時おり涙で緩んだ鼻をすする音だけが空気を揺らす。


 先生は静かに涙をふくと、手紙を内ポケットにしまった。


「――――みんな。これが、かなたの真実だ。もちろん急にこんなことを言われても受け入れられないだろう。それが普通だ。泣くことも、何かに怒ることも、誰もそれらを咎めたりはしない……」


 先生が目頭を押さえながら言うと、教室に音が戻る。数人の女子たちが嗚咽を漏らし、やがて声を上げて泣き出した。


 体を震わせ、やるせない怒りや憤りをあらわにする者もある。


 俺自身も零れた涙をそっと拭きながら、心の中で納得していた。


 一さんもかなた自身も、その人生は幸せだったと。


 確かにそう思った。


 これだけ多くの人の感情を動かすことができるのだから、裏を返せば、かなたがこれまで多くの人に偽りのない春の陽のような愛を与え、彼女自身も同じぐらいの愛を享受してきたということだ。


 クラスメイトたちもかたなの事実を全員がすぐに受け入れることこそなかったが、多くの者が口にするのはかけがえのない、かなたとの思い出だった。


 彼女に近しい女の子たちは、すでに病院へ行く日取りを決めようとしているし。

「……よかった、のかな」


 俺は、誰にも聞こえないつぶやきをそっと口にする。


 別に心配していたわけではないが、かなたのことを知って本人やその家族を気味悪がる者はやはりひとりもいなかった。


 それが何よりの救いだと、俺は思う。

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