第12話
そこでいったん会話が途切れたとき、客間から奥へと続くふすまが勢いよく開いた。
片手に日本酒の瓶を持ったその人はあまり記憶に無いが、恐らくかなたのおじいさんか……。
昼なのにかなりお酒が回っておいでだなと心の中で思っていると、おじいさんは急に俺を睨んできた。
「うぉい! あんたか、ワシの大事な孫娘に取り入ろうって不届きモンはぁ!」
「――え?」
予想外の第一声に俺は妙な既視感を覚えながら戸惑った。
一さんがとっさに間に入ろうとしてくれたが、おじいさんのほうが早い。
「あ、あの、ちょっと……」
俺は胸ぐらをつかまれ、思わず両手を上げた。
昔から突発的な何かが起こると、銃を向けられたわけでもないのに両手を上げてしまう。
みらいにも時々いじられる謎の癖だ。
「あんた、どうやってワシの孫娘に言い寄ったか知らんが、これ以上あの子を振り回さんでくれ! かなたは、かなたはなあ! うううっ」
「あ、あの、かなたなら俺が絶対に幸せにして見せますから!」
自分の口からその台詞が出た直後、普段の俺なら絶対に言わないので少し気持ち悪さを覚える。
しかしそれよりもおじいさんの表情がまずい……。
「なんじゃあ! おどれ、ワシの大事な孫娘を奪っていく気か! わしゃ許さんぞ、許さんぞ!」
「ちょ、あの、そんな揺すらないでもらっていいですか?」
胸ぐらを掴まれたまま前後に振られる俺。
「ちょ、親父っ! なんてことしてるんだ、やめてくれ!」
困り果てた俺を、一さんが助けてくれた。
急に掴まれたら咄嗟に動けない自分を何とかしなければ、と開放されながら思う。
「なんじゃ、はじめえ! わしの邪魔をするか、この小僧はワシらからかなたを……ううう!」
「もう、だからあんまり飲むなって言ってるだろ。あと、かなたの大事な人を小僧なんて呼び方しないでくれないか⁉」
「なんじゃと、お前までそんなことを!」
必死におじいさんを抑える一さん。
俺は何かできることはないかと思ったが、俺が介入するべきタイミングではないだろうと結論が出たので声をかけるにとどめた。
「あ、あの、おじいさん!」
「うるさい! わしゃあんたのじいさんと違うわ、黙っとれ!」
「おい親父! とりあえず酒を置いてはるかくんに謝ってくれ!」
「なんでじゃ! ワシは……」
「おじいさん! お辛いお気持ちは分かります! 今日は帰りますので、どうか落ち着いてください」
「――っっ! ええい、黙らんか!」
とまあカオスな場がしばし続いたが、おじいさんの酔いがピークに達して眠気がすべてに勝ったらしく、どうにか収まった。
一さんがおじいさんを部屋に連れて行き、申し訳なさそうに戻ってくる。
「はるかくん、本当に……本当に申し訳ない。父がお詫びしようもないことを……」
「いえ、おじいさんのお気持ちは分かります。それに最近似たようなこともありましたし、俺自身、呪いでかなたが死ななければいけないこと、絶対に納得なんてできませんから」
俺がそう答えると一さんはまた一段と頭を深く下げた。
そして……。
門まで送ってもらい、別れ際にこういわれた。
「はるかくん、本当に感謝なんだけど、もう少し自分を守るために必要な抵抗と抗議はした方が良いと思うよ」
「――は、はい、それは本当に俺自身が思っていることなので、頑張ります」
痛いところを突かれて俺はぼりぼりと頭を掻く。
「いや、でも本当にすまなかったね。かなたの荷物を持ってきてもらったのに。また改めてお礼とお詫びをしたいから、来てもらえるかな?」
「は、はい。では僭越ながらまたお邪魔させてもらいます。その時は頑張っておじいさんとも……」
「はるかくん、きみ。お人好しって言われるだろ?」
「…………」
確かに、年上の人にはたまに言われる……。
とにかくまた近いうちに会う約束をして、俺は北野家を後にした。
家に帰った俺は、自分の部屋の机に座って窓から外の景色をぼんやりと眺めている。
七月に入ってから今日まで、本当に色々なことがあった。
北野家に関わる呪いについては、今も考えるだけで憤りが胸の奥から噴きあがってくる。
でも今はそれだけじゃない。
病院に行った日、確かにかなたは感情的だった。
それでも最後の最後、腹に刻まれた呪いを見せてくれたときにこうも言っていたのだ。
「呪いやご先祖様の非道は、確かに私も許せないよ。でもね、呪われたからって私が勝手に落ち込む必要はないと思うの。ただ他の人より少し寿命が短いだけ。人生を楽しんではいけないなんてこと、ないもの」
――それにこの運命に生まれたからこそ、私はひと一倍命の大切さを知ることができたんだ。だから、かけがえのない大切な人たちに優しくなれたの――
と。
そしてかなたのお父さん……一さんもかなたは幸せ者だと言った。
誰よりも辛いはずの当人やその家族が呪いを呪うよりも残された時間を大切にしようとしている。
それなら俺だっていつまでも立ち止まっていないで、かなたとの時間を一緒に笑顔で過ごそう。
そう思えるようになっていた。
かなたは俺を好いてくれていて、俺も彼女を愛している。ならばかなたの最後の夢を一緒に叶えてやりたい。
「……よし、明日また病院に行って思いを伝えよう。――俺はもう絶対に逃げたりしない」
誰に誓うわけでもなく、自分自身に宣言した。
***
そして次の日、また運命の歯車が大きく動いた。
学校に着いた俺がまず驚いたのは、不敵な俺の幼なじみであるあのみらいが欠席したことだ。
彼もかなた同様に欠席とはほぼ縁がなかったので、クラスの中で俺と同じぐらいあいつと親しい男友達が驚きをあらわにする。
「……みらい、どうしたんだよ」
さすがに俺も心配になってぼやくと、先生は夏風邪だろうと答えた。
まったく、俺の幼なじみたちは夏風邪が好きなのか? と思ってしまう。
それはさておき、ホームルームの最後に俺と西宮さん以外のクラスメイトたちにとって衝撃の事実が伝えられた。
とはいえ、俺と西宮さんがまったく驚かなかったわけじゃない。
必要な連絡をすべて伝えた青山先生が話したこと。それは、かなたの呪いについてだったから。
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