第13話 キミが思うよりも、ずっと

 その夜――僕とミルフィさんは、並んでベッドに腰掛けた。

 手には、彼女が淹れてくれた紅茶のカップがある。


「これだけは得意なのよね」


 ミルフィさんはそう言ってはにかむ。

 口に含むと、ふわっとした香りとあたたかさが広がって、昼間のモヤモヤした気持ちがすうっと溶けていくのが分かった。


「でも……あれでよかったんでしょうか」

「なにが?」

「仲間たちのことです。やっぱり、呪いをかけられたままっていうのは心配で……」


 そう言うと、ミルフィさんはポンと僕の頭に手を乗せた。


「テオ君は優しいわね。でも大丈夫。他にも解呪師はいるんだから。もっとも、彼らだって仕事だからタダじゃやってくれないでしょうけど」

「お金……ですか。自分のパーティーの人じゃないから相当かかりますよね」

「そうね」


 彼女は肩をすくめ、


「でも、本当に仲間を大事に思っているなら、いくらかかっても払うはずよ。――本当に大切なら、ね」


 少しだけ皮肉っぽく笑った。


 僕は少し迷ったあと、前から気になっていたことを切り出した。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか」

「なぁに?」

「どうして僕を選んでくれたんですか? ギルドに紹介された解呪師なら、他にもいたはずですよね」


 最初に解呪したとき、ミルフィさんは「キミじゃなきゃイヤ」だと言った。

 でもどうして僕だったのか、ずっと不思議だった。


 ミルフィさんはしばらく天井を見つめ――それから観念したように口を開いた。


「本当はね。ダンジョンで何度かキミを見かけていたの」

「えっ……」


 思いもよらない答えに、目を見開く。


「そのときキミは、怪しい宝箱や罠を避けるように仲間を誘導していたわ。呪いにかからないように気をつけてたんでしょう?」


 言葉が出なかった。


 その通りだ。

 呪いにかかってから解呪するより、最初からかからないようにするほうが大事――そう思っていたから。


「呪いの兆候を見抜くのは、スキルだけじゃできない。きっと、たくさん勉強したのよね。すごいわ」

「で、でもパーティの人には、ビビりすぎだって、うっとおしがられてました……」

「そうやってキミを追い出した途端、彼らは呪いにかかった。――つまり、キミが守っていたのよ」

「あ……」


 呆然とする僕に、ミルフィさんは柔らかく微笑んだ。


「それに、荷物運びや武器の手入れ、雑用も一切手を抜かずにやってるのを見たわ。出番がなくても、仲間のために自分にできることを、一生懸命探してた。そんなキミの姿に――私は惹かれたの」


 胸の奥に、じわっと広がるものがあった。


 仲間ですら、そんなふうに言ってくれたことはない。

 なのに、ミルフィさんみたいな雲の上の人が、すれ違っただけの僕のことをそこまで見ていてくれたなんて。

 それだけで、こんなにも救われるなんて。


「自信を持って、テオ君。キミは素敵な人よ。――キミが思うよりも、ずっと」


 視界がぼやけて、涙が頬をつたった。


 ミルフィさんは顔を寄せてきて、ぺろり、とそれを舐め取った。


「わっ……!?」

「ふふっ。体液、飲んじゃった。これでも治療になるのかしら?」


 イタズラっぽく目を細める彼女は、なんだかとても楽しそうで。


「あ、あの、ミルフィさん。もしかして今、発情してたり……?」

「さて、どうでしょう」


 唇に指を当ててみせる。


「ねぇ。テオ君は、発情してる私と、してない私――どっちがいい?」


 不思議なくらい、答えに迷いはなかった。


「どっちも、です。僕にとっては、どっちもミルフィさんですから」


 一瞬、彼女の目がまんまるくなる。

 そして、ふっと力が抜けたように、表情を緩めた。


「キミって……意外と女たらしかもね」


 どちらからともなく、ゆっくりと唇が重なる。

 あたたかくて、甘くて、心が溶けてしまいそうだった。






 その夜、僕たちは――ひとつに重なった。



※※※



 翌朝。

 ミルフィさんのお腹に刻まれていた呪紋は、きれいさっぱり消えていた。


「……よかったですね、ミルフィさん」

「うん……うんっ……!」


 シーツを胸に抱きしめたまま、何度も頷くミルフィさん。

 その瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


 ――昨夜の僕と、立場が逆になったな。


 そんなことを考えていると、彼女が勢いよく抱きついてきた。


「ありがとう、テオ君っ……!」

「わっ!?」


 何も着ていない柔らかな胸が、容赦なく押し当てられ、僕の体は一瞬で固まる。

 それでも、おずおずと背中に腕を回すと、心の中にふわっとあたたかいものが広がった。


(これで僕の役目も、終わりかな……)


 ミルフィさんと離れるのは、正直ちょっと寂しい。

 けれど、解呪師としてひとつの仕事をやりとげた満足感があった。

 こんな僕でも、こんな役立たずのスキルでも、人の役に立てたんだ――そう思うと、不思議と自信が湧いてきた。


(明日からは、仕事を探さないと)


 そんなふうに先のことを考え始めたとき。

 ミルフィさんがそっと身を離し、おずおずと話しかけてきた。


「……あのね、テオ君」

「はい?」

「治療が終わったばかりで、とっても言いづらいんだけど……」


 彼女は言葉を選ぶように少し口ごもってから、続けた。


「実はね……あのダンジョンに行ったとき、一緒にいた獣人の仲間の子たちがいて……。その子たちも、同じ呪いにかかっちゃってるの」

「……へっ?」

「もし、テオ君さえよければ……その子たちの治療もお願いできないかな?」


 あっけにとられた僕を、ミルフィさんは申し訳なさそうに、上目づかいで見つめてくる。


(え、ええと……それって、つまり……)








 どうやら――僕のえっちな解呪生活は、まだまだ終わりそうにない。














――――――――――――――


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


これにて、第一章ミルフィ編は完結となります。

最後までお付き合いいただけたこと、心から感謝いたします。


次話から第二章が始まりますが、ここで皆さまに【ぜひお願い】があります!


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