第12話 二度と彼に近づかないで

 さらに数日が過ぎ、僕たちは街へ出てきた。


 ミルフィさんの呪紋は、もうほとんど消えかけている。あと一回か二回治療をすれば、完全になくなるはずだ。

 ダンジョン探索に復帰できるメドがたったので、ミッションの登録状況を確認しにギルドへ向かおうとしているところだ。


「それじゃ、ちょっと待ってて。今日は確認だけだから、すぐ終わるわ。そしたら、一緒に買い物に行きましょう」

「はい。でも、この前みたいに路地裏は勘弁してくださいね?」

「だ、だからあれは発情しちゃったせいで……って、変なこと言わせないでよ!」


 顔を赤くして慌てるミルフィさんに、思わず笑ってしまう。

 彼女とこんな冗談を言い合えるなんて、少し前の自分では考えられなかった。


「もう……。じゃ、行ってくるわね」

「はい、行ってらっしゃい」


 手を振って別れると、広場にひとりになった。

 石畳を踏む人々の足音や、掲示板に集まる冒険者たちの声が耳に届く。


(ミルフィさんの呪い、今夜で消えるかもしれないな……)


 そうなれば、僕たちが一緒にいる理由はなくなる。

 もうすぐお別れか――そう考えると胸が苦しくなった。

 けれど、もともと治療のために一緒にいたのだから仕方がない。


(ミルフィさんが呪いから自由になる。それが一番大事なことなんだ)


 そう自分に言い聞かせた、そのときだった。


「テオ!! おいっ、テオッ!!」

「えっ?!」


 荒々しい声に振り向くと、見覚えのある大柄な男が僕の肩をつかんでいた。


「バ、バルドさん……?」


 元のパーティーのリーダー、バルドさんだった。

 コワモテの顔は汗と埃にまみれ、息も荒い。

 その目には焦りと苛立ちが入り混じっていた。


「探したぞ! 今までどこにいやがった! 今すぐ来い!」

「え、えっと……?」


 状況をつかめない僕に、バルドさんは怒鳴り声をあげた。


「ダンジョンで仲間がやられたんだ! 石化の呪いだ!」

「え……」

「ミーナもダンテもザックも……全員だ! 助かったのは俺だけだ! お前の《解呪》がなきゃどうにもならねぇ! さっさと来やがれ!」


 腕をガシッとつかまれる。太い指が食い込み、僕は思わず顔をしかめた。


「ま、待ってください! 僕はもうパーティーのメンバーじゃないんですよ!」

「ごちゃごちゃ言うな! 助けろって言ってんだよ!」


 頭に血が上った。

 なんだその言い方は。

 呪いなんてかからないと決めつけて僕を追い出したくせに。

 困ったときだけ、助けろだって?


「ふざけないでください! 僕を追い出したのはそっちでしょう! 今さら都合よく助けろなんて勝手すぎます!」


 一瞬、バルドさんは言葉に詰まった。

 だがすぐ、怒りの顔で吐き捨てる。


「……ああ、だったら望み通り、俺のパーティーに戻らせてやるよ! ありがたく思え!」

「な……」

「それとも仲間を見捨てる気か!? このままダンジョンに置き去りにするのか、ええっ?!」


 あまりにも身勝手な言葉に、胸がかっと熱くなった。


(で、でも……)


 かつて、一緒に戦った仲間の姿が頭をよぎる。

 馬鹿にされても、見下されても、同じ時間を過ごした人たちには変わりない。

 薄暗いダンジョンの中、石の像となった彼ら。声も出せず、助けを求めることすらできない。

 その光景を想像してしまい、胸が揺らいだ。


「ぼ、僕は……」


 迷いを口にしかけた、そのとき――。


「どうしたの、テオ君?」


 能天気な声が広場に響いた。

 振り返ると、用事を終えたミルフィさんが戻ってきていた。


「あら、お知り合い?」


 バルドさんを見て首をかしげる。

 かたや、さっきまで威勢のよかったバルドさんは、一転して口をあんぐりさせた。


「ミ、ミルフィ……? あのトップランカーの? 本物……?」


 幽霊でも見たように、彼女の顔を凝視している。


「あの、ミルフィさん。この人は僕の元いたパーティーのリーダーで……」

「ああ、バルドさん? はじめまして。ミルフィです。テオ君からお話は聞いてるわ」


 にっこりと挨拶するミルフィさん。

 だが、その声もバルドさんの耳には入っていないようだった。


「な、なんでだ……。あのミルフィが、テオなんかと……?」


 信じられない、といった顔でつぶやく。


 ミルフィさんは再び首をかしげ、僕に問いかける。


「ねぇ、テオ君。なにがあったの?」

「ええと……パーティーの人たちが石化の呪いを受けてしまったそうです」

「ああ、それでテオ君に会いに来たのね」


 そう言って、今度はバルドさんに向き直り、


「でも、ごめんなさいね。テオ君は私の治療で忙しいの」

「治療……? テオが、あんたの……?」

「そう。だから他を当たってくれる?」


 そこでようやくバルドさんは我に返った。


「ふ、ふざけんな! こいつはもともとウチの解呪師なんだ! いくらあんただって、横取りする権利はねぇ!」

「横取り? あら、それは人聞きが悪いわ。彼を一方的に追い出したのは、あなたなのよね? 今さら自分のもの扱いなんて虫が良すぎない?」


 そのとき、僕は気づいた。

 にこやかに微笑むミルフィさん――けれどその眼はまったく笑っていない。

 深紅の光は、敵を射抜くハンターの鋭さに変わっていた。


 バルドさんも気づいたのか、「うっ……」と声を詰まらせ、わずかに後ずさった。


 だが、そのまま退くのはプライドが許さなかったのだろう。

 今度は僕に矛先を向け、怒鳴りつける。


「おいっ、テオ!」

「えっ……」

「お前はどうするんだ! 戻ってくるよな! 拾ってやった恩を忘れてないだろうな!」


 それは問いかけじゃなく、強要だった。

 逆らうことを許さない、圧をこめた声。

 僕がこれまで何度も経験してきた、理不尽そのものの響きだ。


 思わず、ミルフィさんに視線を向ける。

 彼女は何も言わず、ただ静かな目で僕を見ていた。


 ――キミが決めなさい。


 そう言われているように思えた。


 バルドさんの怒声が広場に響きわたり、周りがざわめき始める。


「えっ……あれ、ミルフィじゃないか?」

「ホントだ! 療養中って聞いてたけど……」

「ってか、なんかモメてる? 一緒にいるの、誰だ?」


(まずい……!)


 ミルフィさんの顔が知られてしまった。

 このまま騒ぎになれば、彼女に迷惑がかかる。

 僕が折れて従えば収まるかもしれない――そんな考えが頭をよぎる。


 でも、そのとき。


 ――私は迷惑だなんて思ってないわ。誰にどう見られようと関係ない。


 あのときの言葉が、脳裏に蘇った。


(ミルフィさん……)


 胸の奥で小さな火が燃え上がり、全身へと広がっていく。


 そうだ。

 大事なのは周りの目じゃない。

 僕が守りたいものは――。


 すうっと息を吸い込み、バルドさんをまっすぐ見据えた。


「……戻らない」

「なに?」

「お前のところになんて戻らない! 僕は――ミルフィさんの解呪師だ!」


 自分の気持ちを、こんなにはっきり口にしたのは初めてかもしれない。

 怖い。怖くてしかたない。

 けれど、それでも戦わなくちゃならない。


 自分の誇りのため――そして、ミルフィさんのために。


「てめぇ!」


 バルドさんは怒りに顔を歪め、剣を抜いて切りかかってきた。

 鋭い殺気とともに振り下ろされる刃――だが。


 甲高い金属音が鳴り響き、火花が散った。

 次の瞬間、バルドさんの剣は弾き飛ばされ、石畳にガンッと突き刺さっていた。


 誰も目で追えなかった。

 それほど速く、鋭く、ミルフィさんの剣が閃いたのだ。


「ぐわあっ! あぢっ、あぢぢっ!」


 バルドさんが悲鳴を上げ、頭を激しく振り乱す。

 前髪に炎が燃え移っていた。ミルフィさんの炎をまとう剣がかすめたのだ。


 続けて、燃える剣先がバルドさんの喉元に突きつけられる。


「ひっ?!」


 前髪の火を消すことも忘れ、バルドさんは目を見開いたまま硬直する。

 ミルフィさんから放たれる圧は、全身を炎で包まれるかのような迫力だった。

 狐の尻尾は逆立ち、深紅の瞳が鋭く光る。


 低く静かな声が響く。


「消えなさい」

「はっ、はひぃっ……!」

「二度と彼に近づかないで。次に見かけたら、そんな火傷じゃすまさないわよ。――私、火の加減が苦手だから」


 剣を包む炎が、威嚇するようにボウッ! と燃え上がった。


「は、はひゃあぁっ! た、助けてくれええっ!」


 バルドさんは腰を抜かし、石畳を這うようにして後退し、そのまま振り返ることもできずに逃げ去っていった。


 ミルフィさんは剣をひと振りして炎を払うと、静かに鞘へ収めた。

 僕に振り返ったときには、もういつもの優しい顔に戻っていた。


「ちょっと大人げなかったかな」


 そう笑って肩をすくめる仕草が、どうしようもなくサマになっていて。

 やっぱりミルフィさんはすごい、心からそう思った。


「あ、ありがとうございます……さすが、ですね」


 まだ胸の鼓動が落ち着かないまま、僕は深く頭を下げた。


「テオ君こそ、カッコよかったわよ」

「いえ、僕は結局、守られただけで……」


 言いかけたところで、ミルフィさんがそっと首を振った。


「そんなことないわ。ほら、見て」


 うながされるまま、顔を上げる。

 いつの間にか、広場を囲むように人が集まっていた。


 そして――


「よくやったぞ、坊主ーっ!」

「バルドの野郎、前からムカついてたんだ。スカッとしたぜ!」

「ミルフィさんも最高! 二人ともお似合いだよ!」


 あちこちから声が飛び交い、次第に大きな拍手が巻き起こっていく。


「あ……」


 呆然と立ち尽くす僕。

 ついさっきまで、無力だとしか思えなかった自分の言葉がこんなふうに、誰かの心を動かすなんて。


 胸がいっぱいになって、呼吸がうまくできなかった。

 泣きたくなるのをこらえていたら、隣のミルフィさんが優しく微笑んだ。


「ほらね」


 その笑顔は、僕の弱さも情けなさも全部、包み込んでくれるようで――

 もう、なにも言葉が出てこなかった。


「……あ、ありがとうございますっ!」


 拍手と声援が鳴り止むまで、僕は深く頭を下げ続けた。














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