第8話 盗賊 其の三

「兄貴。なかなか、火が上がりやせんね」

「シッ。黙ってろ」


 残された賊二人は、上がるはずの火の手が見えないことに苛立ち始めた。しかし、それも束の間、プエラが戻ってきて、ぎょっとする。


「小次郎、さっきの行商人の旦那が、全部吐いたぜ」


 プエラの言葉を聞き、計画が露見したことを悟った賊は叫んだ。


「てっ、てめぇ! やっちまえ!」


 二人は小次郎とウェリスに飛びかかる。この時も魔犬のときと同じく、赤い光が先行し、短剣が後をなぞった。小次郎はウェリスを狙った賊の前に立ち塞がり、柄頭を鳩尾に叩き込む。さらに長光が翻り、もう一人の賊の首は刹那に刎ね飛び、虚空へ血煙を散らした。


「さて、どういうことか話して貰おうか」


 苦しさにうずくまる賊の眼前に、長光の白刃が差し出される。


「ひ、ひぃっ……! ご、御勘弁を……! 何でもします!」


 恐怖のあまり腰を抜かした賊は、頭に対して「一生ついて行く」と言ったことなど無かったかのように、ぺらぺらと計略を吐き出した。こうして粗方の事情を聞いた小次郎とウェリス、プエラは、どうやって救出に向かうか検討を始める。


「その前に、こいつをどうする?」

「た、頼む……命だけは……! 何でも言うことを聞きますから……!」


 賊は座り込んだまま、必死に後ずさった。


「まだ聞き取れることがあるかもしれないわ。だから、少し眠ってもらいましょう」


 そう言ってウェリスが近づく。小次郎は彼女が何をしようとしているのか見当もつかなかった。だが、そのとき、彼が見たのはいつもと違う光景だった。優しげな緑の光を纏っていたウェリスの光は、一瞬で冷たい朱色へと反転した。手の周りに走る模様も赤く輝いていた。賊の頭に、その手が触れた瞬間、男は声も上げずに昏倒した。


「今のは……何だ?」


 小次郎が驚きに目を見張ると、ウェリスは少し照れたように笑った。


「驚かせちゃったかしら。前に言ったでしょ? 治癒魔法は体の中のマナの流れを整えるって」

「ああ、聞いた」

「逆にその流れを乱してやると、こうやって眠らせたり、具合を悪くしたりもできるのよ。護身用ってやつ」

「なんと……そんなことまで出来るのか」

「治癒師だって、守られてばかりじゃやっていけないのよ」


 小次郎は、徒党を組んで仕事を受けるギルドや、危険なクエストの話をウェリスから聞いていた。もっとも、彼女自身は冒険者登録こそ済ませていたが、エスタに止められていたため実際の経験はまだ少ないらしい。だが、それでも彼女の覚悟と工夫が、この術の裏にあるのだと小次郎は悟った。


「なるほどな。確かに守られるだけでは立ち行かぬ場もあるのだろう。……さて、話を戻そう。寡兵で砦を落とすには、奴らの計画を逆手に取るのが良いだろう」


 ◇ ◇ ◇


(ホーホケキョ)


「なんだ、今のは? 鳥か?」


 見張りの賊は聞き慣れない鳥の鳴き声に辺りを見回す。しかし、賊たちが待ち望んでいたことが起き、直ぐに鳥の鳴き声など忘れてしまう。


(ドン)


 腹の底に響く音と共に炎が天に上がった。それを見た見張りは、ギュエルのところに駆け込む。


「お、お頭、火の手がやっと上がりやした。例の高い木が燃えてまっせ」


 酒を片手に、捕虜の女を弄ぶギュエルは盃を置く。


「やっとか。待ちくたびれたぜ。よし者共、金を持っている奴らを襲うぞ。いいか、相手は五人だ。治癒師は残して、刃向かう奴は殺せ」

「おう!」


 賊達は、見張りを残して、ギュエルを筆頭に声を上げて根城から飛び出していった。しばらくすると根城近くの茂みが揺れる。


(ガサッ)


「プエラの耳の良さには驚いたな」

「そうでしょう。こうして話している声も聞かれているかもね」


 小次郎とウェリスは、賊の根城近くの茂みに潜み、予めプエラと決めていた合図の鶯の鳴き声を口まねしたのだ。これだけ離れた場所の音を聞き分けるとは、小次郎は純粋に驚いた。


「見張り番は拙者が片付けてくる」


 小次郎はそろりと立ち上がり、長光を腰に差して門番に近づく。


「誰だお前? ああ、異国人か。こっちに寝返るならお頭が通せと言っていたな。取り敢えずここで待て」

「寝返るだって? 拙者も見くびられたものだ。抜いて良いぞ」

「何を?」

「その腰の物だよ。飾りじゃ無いのだろう? それとも抜くのは腰か? フフフハハハハ、腰抜け」


 門番は最初、何を言われているのか分からなかったが、馬鹿にされたと気付いて剣を抜いた。


「この野郎、馬鹿にしやがって」

「やっちまえ」


 二人の門番は大きく振りかぶって剣を小次郎に切りつけた。しかし、長光の白刃が煌めいた時、一人は首が落ち、一人は腹を切り裂かれた。


「ウェリス、大丈夫だ。男に案内させよう」


 ウェリスは、捕虜にした賊の肩に手を載せて歩いてきた。


「静かにしてくださいね」

「も、もちろんでっさ。姐さんに刃向かうなんて、絶対しやせん」

「そう願うわ」


 小次郎はウェリスの肝の据わりように感心した。日ノ本でも、ここまで肝が据わっている侍はそうはいない。最初あった時のふわふわしたイメージが、良い意味で壊された気分だった。


「ふっ。夏姉に似ているが……」


 三人の姉の一人、夏姫を思い出したが、一抹の不安も過った。


「えっ?」

「いや、何でも無い。さあ、人質のところまで案内してもらおうか」


 じめじめした洞窟の奥、牢になっている一角に着くと、そこにも見張りがいた。小次郎は一応警告したが、賊達は数を頼んで剣を振り上げた。しかし緩みきった見張り番など、小次郎にとっては紙切れを切るようなものだった。


 牢をのぞくと、女性が三人、子供が一人、怯えた顔でこちらを見つめる。小次郎は見張りが持っていた鍵を使って錠を開き、人質を外に出した。ウェリスが女性と子供の具合を診る。その間、他の捕虜がいないか辺りを見て回った。すると奥の方に牢があることに気付き、覗き込む。


—————— その奥の牢にいたのは、むごたらしく殺され、無念の死を遂げた者たちだった。それが少年の時の悲惨な光景を蘇らせた。夏姫の目。『心配しないで』と必死に訴えかける目が心を引き裂いた。


 小次郎の胸に怒りが湧き上がる。血の気が全身を駆け巡り、心は赫怒に染まった。


「ウェリス、先に人質達を外へ出してやってくれ。後から行く」

「えっ?」

「こっちには来ない方が良い」

「ええ、分かったわ」


 捕虜にした男が、恐怖で震えている。小次郎はツカツカと、その男に近づくと、襟首を掴んで奥の牢の前まで引き摺っていった。そして壁に渾身の力を込めて投げつける。小次郎は長光を握りしめ、衝撃で息ができずむせ返っている男に短く低い声で言った。


「……言え。誰が手をかけた? 何をした?」


 男は顔を歪め、嗚咽混じりに答えた。


「お、お頭が……女を縛り……息が止まるまで……」


 小次郎は刀を下げず、言葉少なく問い詰める。


「この期に及んで嘘をつくか」


 小次郎は赫怒のまま、男の右足の指を一閃で切り落とす。

 男は地を這うような絶叫を上げる。呻きの中、告白を続けるが、嘘やはぐらかしが混ざるたびに、小次郎は次々と指を切り落としていく。右足、左足、右手、左手。血と痛みに顔を歪めながらも、男は次第に詳細な罪状を吐き出す。


 そして最後に、男は恐怖の中で絞り出すように言った。


「……俺も、やりました……女を、息が止まるまで……」


 小次郎は刀を下ろさず、じっと見つめる。言葉少なに、しかし赫怒のまま、一閃 —————— 首が落ち、男の告白はそこで止まった。


 小次郎は牢の中の無念の死を遂げた女たちに向かって手を合わせた。


「御霊、迷うことなく正しき道へとお還りくださいますよう謹んで申し上げ奉る」


 赫怒の余韻が全身に残る中、侍としての業を刻み込むように、牢を後にする。


(ドン、ドン)


 二度目、三度目の火の手が上がった。


「始まったな」


 ◇ ◇ ◇


「てめえ、誰だ」


 ギュエルは自分の計画通りに事が運び、直ぐにでも金を奪えると思っていた。しかし、その場所に行ってみれば、昨日殺した旅人の死体は消え去り、配下の二人の死体があるだけで、辺りには誰もいなかった。それどころか、誰かが仕掛けたルートルの爆発玉が炸裂し、率いてきた配下の半分以上が焼け死んだ。最初は居なくなった配下が裏切ったと思ったが、何処からともなく風魔法矢が飛んできて、残りの部下を刺殺したのである。何が何だか分からず、殆どの配下を失い、這々の体で根城に戻ってきてみれば、妙な格好の異国人が立ち塞がっている。


 その男は、紫の羽織に、軍勝色ぐんかちいろの長着と袴、わらじ姿と言う装いで、長い刀を腰に差していた。


「巌流、佐々木 小次郎。 用心棒でござる」


 小次郎は、長光を抜き、下段に構える。


「しゃらくせえ。やっちまえ、ほら行け」


 ギュエルは、数人に減った配下を無理矢理、小次郎に向かわせた。しかし、小次郎にとって雑魚の剣筋など、避けるのは容易い。長光が滑るように間を通ると、皆、地に倒れた。


「畜生、使えねぇ奴ばかりだ」


 辺りには、立っている者はギュエルだけとなり、半ばやけくそになって大剣を振り上げ滅茶苦茶に振り回した。匹夫は自分の力の無さを隠すために見栄を張る。ギュエルには大剣は重すぎた。


 小次郎はその剣筋を冷静に観察していた。


 まるで蜃気楼のごとく、相手の動きは、まず光の筋として先に現れ、その後に実体の剣が追いかけてくる。


「ふん、そういうことか……」


 小さく吐き捨てる。光の筋を追うだけで、実体の剣は自然に避けられる。雑魚相手なら、この程度の動きは容易すぎる。ギュエルの大振りの剣は、左目の権能(天眼)を確かめるには格好の相手だと、小次郎は思った。


 ギュエルは疲れ果て、汗を垂らし、息を荒げながら剣を振り続ける。だが小次郎は一度も剣を合わせることなく、ただ軽やかに躱すのみ。剣の実体が動くより早く、光の筋が先に示すからだ。小次郎の技と権能が重なり合い、圧倒的な格の違いが戦場に突きつけられる。


 そしてギュエルの大剣が地面を叩き割り、土塊が飛び散った。荒々しい剛力の一撃も、小次郎の歩みに一度たりとも届かない。剣聖に次ぐ者と目されていた小次郎の目には、鈍重な剣筋など児戯に等しかった。


「くそ、逃げてねぇで、正々堂々闘いやがれッ!」


 ついに膝を揺らしながら、ギュエルが怒鳴った。声は掠れ、必死の叫びにしか聞こえない。


 小次郎は静かに吐息を整え、刀を正眼に構えた。


「そうか。……貴様の悪逆非道の数々は、しかと見届けた。ここで引導を渡してやろう」

「なにを……偉そうに。ゾンビにでもなって……精々、吠え面を掻いていろッ!」


 ギュエルは最後の力を振り絞り、大剣を振り下ろす。しかしその軌道すら、左目にはすでに光の筋として映し出されている。


 小次郎は一歩踏み込み、わずかな身のこなしで剣を外す。刹那、鋭い一閃が空気を裂いた。

 ギュエルの大剣が空を切るのと同時に、その首は鮮やかに胴から離れていた。残った体が膝を折り、崩れ落ちた。


 小次郎は、残心の型のまま、一瞬だけ空気の流れを確かめるように静止した。そして血を振るい落とす所作で穢れを払い、長光を鞘に納めた。ゆっくりと目を閉じ、両の手を合わせ低く呟いた。


「往生せよ」


 その声は、血と土に塗れた戦場には不似合いなほど澄み渡った。





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