第5話 不憫すぎるぞ、僕の前世

「ーーつまり、僕がそのウィステリアって国で生まれたフィオリアという王子様だったんだよね?でも母親の身分が低いから、お城に幽閉されて、20歳の時に流行病で死んだってこと?」


春陽はちょっと自分の耳を疑いながらムッチーの話をさえぎって要約してみた。

その話、あまりにも悲惨すぎないだろうか。


「そうだと言ってるム! ムッチーの話、わかりにくいム?」


「すまない。信じたくなくて…てっきり、異界の生まれ変わりっていうから、なんか魔法使いとか、お姫様とか、王子様とか、騎士とか…もっと幸せで素敵なものを想像していたんだけど…」


ムッチーがきょとんとした顔で春陽に答える。


「魔法は使えたし、王子様ではあったムよ?」


「それはそうなんだろうけど…」


でも、魔法使いの王子様というロマンチックな響きからは想像できないほど、フィオリアの人生は哀れに思える。

権力争いに巻き込まれて、日の目を見ないまま死んだ、妾腹の不憫な王子様。


「だって、前世の僕、かわいそうすぎない?不幸な生まれのまま、報われることもなく死んじゃったんだよね?」


だんだんと怒りが込み上げてきた。

前世の記憶など1ミリもないから、今はまったくの他人事だけどーーそれでも義憤を感じる話だ。


「それが、そうじゃないんだムー!」


そんな春陽を気にもせず、ムッチーがどことなくうっとりとした様子で話し始める。


「フィオリアにはね、フィオリアにはね、とってもかっこいい恋人がいたんだム!」


恋人。その響きに、春陽の胸はドキンと高鳴った。

春陽は今まさに、恋に恋する男子高校生だ。

春陽は男の人が好きだから、いつか素敵な男性と運命的な恋に落ちて、甘く素敵な生活を送るのが、春陽の人生最大の夢である。


春陽のドキドキなど、意に介さずムッチーがまくし立てる。


「フィオリアにはセオドアっていうん恋人がいたんだム! もともとはお城でひとりぼっちだったフィオリアをみかねたパパ王が、お友達として連れてきたんだ男の子だム。王子様のお友達オーディションを勝ち抜いただけあって、とってもかっこよくて優秀で、魔術も得意だったんだム!」


「へえぇ…じゃあ完全に孤独だったわけじゃないんだね」


「そうム!二人は死ぬまでずーっと一緒だったムよ!フィオリアは、セオドアといることができて、最期まで幸せそうだったム…」


うんうんとムッチーがうなずいている。

ふぅん、と春陽は感心した。閉じた世界で2人だけ。完全に幸福とは言えなくとも、絶望だけにまみれた生涯というわけでもなさそうだ。


なんとなく前世のイメージがついたあたりで、はて、と春陽は疑問に思った。

ムッチーは何ポジションだったのだろうか。

ムッチーの鼻をちょんとつついて、質問してみる。ムッチーの鼻は目と同じくらいツヤツヤしていて、思わず触りたくなるのだ。


「ムッチーは、前世からフィオリアのーーというか僕のペットだったの?」


その言葉に、ムッチーがきゅっと目を釣り上げる。


「ムムッチー!ムッチー、ペットじゃないム!フィオリアの使い魔ム!立派なしもべ魔獣なのムよ!」


ムチムチと反論し続けるムッチーを前に、春陽はふむ、と考えてみた。

どうやら、春陽の前世は、魔法がある世界で暮らしていて、春陽もセオドアとやらも王様もみんな魔法使いのようだ。目の前にいるムッチーは魔獣だから、その動物版ということか。


そして、しもべというからには、使用人のようなものだろうか。

使用人の魔獣版を想像しようと脳みそをひねってみるが、いまいちぴんとこない。

松岡の魔獣版を想像しようとしたのがいけなかったのかもしれない。


異界の魔法使いーー。気持ちが落ち着いてくると、その響きに春陽はなんだかワクワクしてきた。

とても現実とは思えなかったが、まずもって目の前でぬいぐるみがしゃべっていること自体が現実離れしているのだから、信じたほうが諸々筋が通っているというものだ。


今日から、強制的にスピリチュアル界隈になる必要がありそうだが、父・正隆も言うように、人の上に立つ者は常に状況に即応し柔軟な姿勢を保つ必要があるーーうんぬんかんぬんーーということで、春陽はスピリチュアル界隈デビューを即座に決意した。


考え込む春陽を前に、ムッチーが声を上げた。


「ていうか!飼いムチ!前世の記憶戻ってないムよね?!まずいムー!早く前世の記憶戻さないと、戦えないム!」


「前世の記憶…ってどうしたら戻るものなの?」


春陽は疑問に思ってムッチーに問いかける。

春陽は生まれてから16年経つが、前世の記憶らしきものを自分の中に感じたことなど、一度もない。


ムッチーはキリッと説明モードになって話してくれた。


「戻るムよ!というか、戻さないとまずいんだム!魔王様からメッセージだと、記憶を取り戻しながら戦い、現代に転生してきたウィステリアの呪いを解け…らしいム。なんか、魔王様は飼いムチの周りに、戦えるアイテムがあるからそこから接続してね〜!と言ってたム。なんのことだかわかるム?」


(戦えるアイテム? それに接続?)


接続というからには、スマートフォンを使うのだろうか?それとも、テレビ?それとも、PCだろうか?

一体なんのことだろうと、春陽の頭は疑問符でいっぱいになった。


そんなの、わからないに決まってるム!と、ムッチー語で開き直りたい気持ちを必死に抑えながら考え込む。


「ムッチー、魔王様は他にどんなこと言ってた?」


春陽はムッチーの手をにぎにぎしながら、優しく問いかける。

必死に考え事をしてる風のぬいぐるみはなんともかわいい。ちょっとおとぼけ犬な感じは否めないけどムッチーは非常に好感の持てるぬいぐるみ、もとい、しもべ魔獣とやらだ。


「んーと、んーと、割と最近飼いムチのとこに送ったって言ってたム。飼いムチ、なんか誰かからものを貰ったりしたム?」


「貰いもの…かぁ。僕、プレゼントは比較的たくさんもらう方だからなぁ」


春陽は天ヶ瀬家の御曹司ということもあって、パーティなどの社交の場に出向くことも多いうえに、アマビルの関係先からプレゼントを貰う率がとっても高い。


おまけに、春陽は学園内でもかなり目立つ方だったから、上級生からも下級生からも、なんなら同級生からもーーちょっとした物を含めればかなりのプレゼントをもらうのだった。


最近もらったものはーーと思案して、春陽はピンと思いついた。

2番目の兄の春隆がくれたものを取り出そうと、春陽は立ち上がって机の引き出しを開けた。


そこにはプロトタイプのゲームのパッケージがある。独立心旺盛な春隆はるたかは、他の兄姉のように天ヶ瀬家のビジネスには関わらず、ベンチャーのゲーム会社を設立したのだ。そこで作った試作品らしい。

春隆いわく、失敗作でクリアはできないらしいが、さわりの部分だけやってみてほしいとのことだ。


パッケージの外見には、異世界ファンタジーのRPGであることが書かれているだけだ。


本当にこれなのだろうかと首をひねっていると、ムッチーがぴょんぴょん跳び跳ねながらそばにやってきた。


「それだム!異界のオーラをムンムン感じるム〜!!さすがフィオリアム!」


「異界のオーラ…?」


「ムッチー、魔獣だからわかるムよ!飼いムチも、たぶん記憶が戻ったら、わかるようになると思うム!!異界のものは、異界のものの独特のオーラを放つんだム!」


自信満々なムッチーの鼻息を横で感じながら、春陽は微笑んだ。


「これをやって、記憶を取り戻して、そのなんかーーウィステリアの呪いというやつをとけばいいんだね?」


「大正解ム!!」


正直言って全く訳がわからなかったけど、その訳のわからなさを上回る興奮が、春陽の胸を満たした。ファンタジー作品が大好きな春陽は、いつか自分も小説や映画の主人公のように、魔法や術を使えるようになりたいなあとずっと夢見ていたからだ。


そんな己に舞い込んできた謎の使命。ワクワクしないでいろという方が無理な話だ。


春陽は胸を高鳴らせながらながら、ゲームソフトをゲーム機の中に入れ込んだ。

VR用のゴーグルをつけると、目の前には中世のヨーロッパのような風景が広がる。


それが春陽にとっては懐かしいはずの故郷ーーウィステリアだった。

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