第12話 滴り落ちる怒り

トキとみなもは、それぞれの愛刀を手に走り出した。戦った経験などないトキではあったが、小さい頃から、いろりやわいずの大人たちが教えてくれた様々な経験や思い出が、その身体をつき動かしていた。




みなもは驚いていた。いろりという下地があるにせよ、ここまでトキがやれるとは思ってはいなかったからだ。




「いろり姉ちゃんに見せてやりたかったな……」




そう小さく呟きながら、みなもは眼前の敵を臆することなく切りつけていく。




その時、茂みの奥から小石を踏む音がわずかに聞こえた。




ジャリ…………




「ずいぶん、聞いていた話と違うじゃないか」

地の底から響くような低い声にトキとみなもは動きを止める。




そこには、ゆうに2メートルはあるかと思うほどのガタイのいい男が立っていた。無精髭にざんばら頭、お世辞にも綺麗とは言い難いその男は、鋭い目付きでこちらを見ている。




トキとみなもの血は、“それ”を認識した瞬間に湧き上がる。つまりそれは目の前の生き物が“原始の種”である証。2人はすぐに刀を構える。




「お前、種だな」




トキのその言葉に男はニタァと笑う。

そしてヒタ……ヒタ……と近づいてくる。




「お前だな、申し子は。ずいぶんと弱っこい成りに見えるが……まぁいい」




男は手をスッ………と前に出す。

トキはその仕草がなんなのか分からず静止して見つめている。




遠くから、だんだんと聞こえてくる風を切る音。

次の瞬間トキの顔、腕、足からバッと血が吹いた。




「は……?」




トキの顔に疑問と焦りが浮かぶ。




「トキ!!そいつは空気でお前を切り裂いてくる!」




みなもは知っていた。数々の原始の種たちとの戦いの中で、必ずしも刀で攻撃してくる者たちばかりでは無いことを。




みなもはトキの前に出て、愛刀藍玉を構えた。ヒュルヒュルと空気を切る多数の音は、本能的に思わず恐れを感じそうなものなのに、一切怯むことなく動じることもなく、その場に立ち尽くす。まるでかまいたちに絡みつかれているかのようにあちこちから出血しようとも、ピクリとも動こうとはしない。




そしてそっと目を閉じる。




「ばか!みなも!さっさとにげ……」




みなもは、その声を意に介さずパッと目を開いた。

そして軽く足元の砂を蹴り上げた。

乾いた砂は風に広がり、空気の流れを描き出す。




「“見えない”から避けられず交わせないんだ」




藍玉はみなもに向かって飛び交うその全てを片っ端から叩きつける。




風がぶつかり合い、その衝撃でさらに舞い上がる砂と埃は、まるで嵐の中にその身を置いているかのようだった。みなもは一歩、また一歩と前へと出た。




男の目がわずかに揺らぐ。




「ち、調子に乗るなよ……」




その言葉を聞いたすぐ後、みなもは一気に相手の懐へと踏み込んだ。




迷うことなく藍玉を男の頭上真上に振り上げて

叩きつけるかのように振り下ろす。

ズダンッ!という音が響く。藍玉はみなもの力をその刀身に乗せ、男の額を裂き、顔から胸へと一直線に肉を断つ。




「ぐぅっ…………」

という小さな断末魔と吹き出る赤い飛沫。

後ろへと崩れ落ちてゆく様は、まるで、糸を切られた人形のようだった。




「みなも、お前……」




その声に振り向いたみなもの顔に、トキはハッと息を呑んだ。守られていた者と、守ってきた者の違いを、その表情の気迫で思い知った。鬼のような形相は、自分の知らない夜に、自分が温かいご飯を食べていた時に、命懸けで戦ってきたであろう鬼人の顔。




トキはグッと、とめ子を握りしめる。




「トキ!原始の種は今みたいな特殊な力を持つ者もいるんだ!油断はするなよ?」




「わかった……みなも今まで……ごめんな」




「………?なにが?」




「俺がぬくぬくしていた時、みなもや皆は……」




トキがそこまで言いかけると、みなもはトキの頭を叩いた。




「いでっ!!なにす……」




「お前が背負うものの方が遥かにでかい。オレたちはそれぞれ自分のすべきことをしてきていただけだ、くだらん事をもう気にするな」




トキが「うん」と言おうとしたその時、きゃーーー!!!という悲鳴が響き渡り、トキとみなもの心臓はドキリと跳ね上がった。




「トキ!オレはこの辺りにいる人たちを逃がすから声の方に行ってくれ!」




「わかった!!」




みなもに任されたトキは、声の方へと走った。

それにしても、ひどい有様だ、とトキは思っていた。穏やかなわいずの暮らしそのものを覆され、そして多くの仲間たちを殺されて。




「ひどい……あまりにも」




トキは先ほどの悲鳴が聞こえた方へ走りながら、少しづつ自分の家に近づいている事に気がついた。そしてそれまで思いつきもしなかった事に、背筋がゾクリとした。




「そういえば父さん……母さん……は」




思わず足が、自分の家へと向かってしまう。

今は叫び声がした方へ行かなければならないと分かっていても、だ。無事かどうかだけ確認したい、或いは既に逃げていてくれたら……その一心だった。




「父さん、母さん?」




そっと、戸を開ける。




立ち込める匂いにトキは思わず、ウッと口元を押さえる。目の前“ある”のは、父と母なのだろうか。

“これ”はそうなのだろうか?

この塊は、人なのだろうか?




しかし、その周りに散らばっている布の破片たちは

それがトキの父と母であることを、物語っていた。




「あ……あ……あ……」




トキは後ろに後退りながら左右に頭を振る。




とめ子の柄を握りしめ、振り向きながら勢いよく白刃を抜いた。ズザァッという音と共に片膝を付き、その目は自分の背後にいた者ををしっかりと捉えている。そのまま鋭い眼光でトキは問う。




「貴様か…………やったのは……」




口元はわなわなと震え、とめ子を握りしめる手もまた震えている。




先ほどの大男とは違う小柄なその男は、全身鮮血に染まり、真っ黒な瞳でこちらを見ている。トキが振るったとめ子の切っ先が掠めたのか、着衣がそこだけ破れていた。男は、憎々しそうに口を開く。




「お前という凶兆をもたらした元凶だ。遅かったくらいだ。お前が腹にいるうちにこうしていたら、この世界はここから先の混乱を避けられただろうて。しかし、お前はこうして生まれ、そしてその歳まで生き長らえてしまった。二度とその血を継ぐことなくここで途絶えろ」




トキはその言葉に、今この瞬間にも身体が発火しそうな程の赤黒い怒りに満たされた。




「そうか、そんなに俺が疎ましいか……それならばその腰の物を抜け」




「いいだろう、どうせお前の末路は決まっている。せいぜい地獄で父母を恨むといい」






━━━━許 さ な い

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