第11話 許されざる蛮行と、始動


俺はひとしきり、人のいない所で泣いた。

気づけば、時間にして2時間くらい経っていた。

そして顔を上げて空を見た時、“あの”流れ星を見た。



「あれは…………」




わいずでは凶兆とも言われている他とは違って見える流れ星だ。一際明るい光を放ち、赤く光っている。




その時、ひとつの考えが過ぎった。

今までは、それを見ても「あぁ、またどこかでなにかが起きるかも」と思っていた。でも、原始の種はすぐそこまできている脅威だった。




その“どこか”が、わいずじゃないなんて、もうそれを知った俺には思えなかった。




急いで戻ろう……そう直感した。

俺はあんまり、こういうの感じる事はないのに、みなもの話を聞いたから過敏になっているだけなのかもしれないけれど。




来た道の草や伸びた木の枝をかき分けながら急いだ。急げば急ぐほど、俺の歩みは遅く感じられる。

ずっと、胸の中に立ち込めてくるゾワゾワとした不安。




「皆、無事でいてくれ……」




あと少しでわいずに辿り着こうかと言う矢先

「八百様!!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた。




八百様…………?




息が苦しい。ドキドキと、いや……ドン……ドン……とゆっくり、強く心臓が内側から打ち付ける。




「トキ!!!」




「八百様!!!」




「トキ!早くここから逃げるんだ!」




俺はその叫びをそのままに、青ざめこちらを凝視する八百様に向かって走りながら、ほとんど無意識に愛刀“とめ子”を抜刀した。スラリ……と鞘からその刀身を露わにし、迷うことなく俺は八百様にその刃を向けた。




「トキッ!!!!!」




ザアッという音と共に鮮烈な赤が飛び散る。まるでそれは、わざと俺の目の奥に焼き付くかのように、ゆっくりと動いて見えた。




八百様の後ろでドサァッと原始の種が崩れ落ちる音がする。間一髪、八百様は無事だ。




「八百様、大丈夫ですか?お怪我は」




「ありがとう大丈夫だよ。すまない、あまりの数の強襲に星守たちとはぐれてしまって…………」




「よかった…」




俺は気づいた。見渡せばあちらこちらに見知ったわいずの人達が、事切れて倒れていることに。みな、わいず刀を握り、あちこちを切られ…………必死にここを守ろうとしていたのだと嫌でもわかった。家も、店も、集会所も、朝の6時の鐘を鳴らす時報塔も、めちゃくちゃだ。




「八百様!!!トキ!!」




「楽市!!」

「楽市さん!!」




「ご無事で!!申し訳ございません、星守筆頭ともあろう自分が…八百様を危険に晒し……」




……星守の楽市さんが、こんなにあちこち傷だらけに?星守は八百様の身をお守りする言わば先鋭部隊、楽市さんはその筆頭。それなのにこれほどまでの怪我を。




……ひとつの決断が、俺の中に宿ると同時に、心の中が嘘のように静まり返る。




「楽市さん…………八百様…………」




俺の言葉に2人はこちらを向いた。

俺が今から言おうとしていることを思うと、緊張にも似た感覚で、心臓がギュッと痛んだ。認めたくはない、しかしもう、迷っている時間もない。




「八百様、逃げてください。おそらくここはもうもたない……」




「トキ?いやだ!僕はわいずの星詠みだ……みなを見捨てて逃げるわけにはいかない」




八百様は、ふるふると首を横に振る。

痛いほどその気持ちが分かる。

逃げるくらいならば、ここで皆で……そう思うお方だ。星詠みとは、このわいずの要であり、皆の拠り所だ。




━━でも




「楽市さんなら分かるはずです。八百様、生きてさえいれば、わいずは必ず蘇ります。それには八百様が絶対に必要なんです、だから今は生き延びてください」




俺のその言葉に八百様は、星読みの顔ではなく、7歳の顔をしたように俺には見えた。




「八百様、私もトキの考えに賛成です……我々わいずにとって八百様はなくてはならぬお方。今、かってないほどの強襲で星守も数名…………命を落としております。おそらく、今までの種とは格の違う者たちが来ていると見て間違いない、明らかに強さも違っております。本気を出してきたのでしょう、トキの成人を受けて。お辛いでしょうが、今はこの楽市を信じて一緒にお逃げください、楽市はこの命を懸けて八百様をお守りしますので…!」




「楽市……トキ…………」




ここは俺が食い止める。せめて今生きているわいずの人たちを一人でも多く逃がさなければ。




「楽市さん、八百様をお願いします。ここは任せてください……」




「トキ、必ず生きてまた会おう。トキはこのわいずの僕たちの希望の光だ。重荷かも知れないけれど……」




八百様の目に光るものが見える。

自分が命を落とすと同じくらい辛い決断をさせてしまった。そしてこんな時でも、申し子としての俺の心情を慮ってくれる。




「八百様、俺はもう大丈夫です。必ず生きてまた八百様の元に」




あちらこちらで、わいず刀の泣き声が聞こえてくる。そしてわいずの人たちの悲鳴が、切られ苦しむ声が聞こえてくる。




「トキ、では私は八百様を連れてここを後にする……八百様の事は心配いらない、この楽市に任せろ。トキは自分のすべきことを!」




「トキ!!みなもの父がいる凰留(おうる)を探すんだ!きっと、トキのすべき事が分かるはずだよ!」




八百様は俺にそう叫んだ。

凰留…………この今現在の世界の事、過去の文明の事、そして原始の種のことを調べてるために世界を旅して回るわいずの部隊。みなものお父さんもこの所属だ、1度しか会ったことがない。




俺は八百様の目を見て頷いた。

そして楽市さんと八百様は闇の中に消えていった。




「トキ!!ここに居たのか!!」




「みなも!」




俺は先程の種を切った時にとめ子に付いた鮮血を、血振りして落とした。そして、みなもを見る。みなもは既に戦ってきた後なのだろう、いつもは綺麗に束ねられた黒髪も乱れ、泥や返り血でひどく汚れていた。この、わいずの惨状とみなもの姿に泣きたくなったけど、いろり姉ちゃんとの約束がある。




「いい男が台無しだな、みなも」




俺は言う。涙を押し込め笑いながら。




「元がいいから汚れても台無しにはならんさ」




みなももまた、悲しげに笑う。




「やるぞ、みなも…………」




「あぁ…………」

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