5-5 向日葵畑の誓い
事件から三日後、人間が元いた世界が判明し、帰還することになった。
「色々と世話になったな。ノワエのお陰で、この手であの男を殴れた。これで殺されたみんなに顔向けができる気がするよ」
「ええ。とても立派だったわ」
「俺は……生きるためとはいえ盗みをした。それについてはどうしたらいい?」
「魔界では盗まれる方が悪いのよ。しかも人間ごときに物を盗まれるなんて、完全に自業自得だわ」
呆れたように言うと、人間は笑みを浮かべた。
「そうか。……なら、気負わず生活しようと思う」
「いいわね。あんたみたいにウジウジ悩まないヤツ、私好きよ」
「……悪いが、俺はもう少し女性らしい人が好きなんだ」
そう言って人間は、実り豊かなルルカの胸と、私の絶壁を見比べる。
「よし、殺すか……」
「ははっ。冗談だよ。俺は妻一筋だからな」
私たちが寸劇を繰り広げていると、門を開ける作業をしていた魔族がこちらへ向き直った。
天魔総括協会は、その名の通り天使と魔族が設立した協会だ。ゆえに、この協会には魔族も所属している。
「門が開通しました。人間よ、世界が正しいか確認していただけますか」
「わかった」
古びた金属の門の向こうには、魔界とは異なる世界が広がっていた。男は臆することなく門をくぐる。
しばらく辺りを見渡したのち、再び魔界へ戻ってきた。
「俺が生まれ育った世界で間違いない。わざわざありがとう」
「こちらこそ、魔界の者が申し訳ありませんでした。許していただけるとは思っておりませんが……どうか矛をお収めください」
「ああ、魔族が全員悪いヤツじゃないことはわかった。今回の件も、あの男の独断なのだろう。お前たちが謝ることじゃないさ」
人間がこちらへ向き直った。
「じゃあな、ノワエ。色々と世話になった」
「私も楽しかったわ」
「そうか。もう会うこともないのは残念だが……達者でな」
「ええ。お達者で」
そうして男は異界の門をくぐり、元の世界へ戻っていった。振り返りざま、大きく手を振る。
古めかしい音を響かせながら、門はゆっくりと閉じていく。
最後に「カシャン」と鍵が締まる音がして、扉は完全に閉ざされた。
「行っちゃったね」
「ええ。これでやっと家に帰れるわ」
今回は予定よりもずいぶん長い仕事になってしまった。館が恋しい。
「ノワエ殿。此度の件、あなたの責任ではありませんが、協会への報告義務があります」
「わかっているわ。また便りを頂戴」
「かしこまりました」
私はこの件では当事者だから、父さんの指示に関係なく天界へ赴かねばならない。しかも父さんの代わりに叱責までされるのだから、今から気が重い。
「では、私はこれで」
もう一度異界の門を開くと、今度は天界へと繋がった。彼は一礼してから、天魔総括協会の本部がある天界へ戻っていく。
門が完全に閉じたのを確認してから、私はその場を離れた。
「さて。この後は姉さんのところに報告に行くわ」
「オッケー。今度は攻撃されないよね?」
「大丈夫よ。それに、何があっても私が護ってあげるから」
「頼りにしてるよ、ノワエ様」
「任せておきなさい」
洞窟を抜けると、夏の光に照らされた向日葵畑が広がっていた。
風に揺れるたびに金色の波が走り、甘い香りを運んでくれる。
カーラが丹念に世話をした向日葵たちは、真っ直ぐに太陽へと顔を向けており、その姿を眺めているだけで、長い仕事の疲れが吹き飛んでいくようだった。
「ノワエ様、せっかくの舞台だし、やってみたいことがあるんだけど……」
そう言うと、ルルカは私の前でひざを折り、深く頭を下げた。
「いついかなる時も、ノワエ様の従順なる僕として仕えることを、この命にかけて誓います」
「……その誓い、確かに受け取りました。あなたの忠誠、ここに認めましょう」
そう言って手を差し出すと、ルルカはその甲へ静かに唇を寄せた。
「……なんか、恥ずかしいね」
「あんたがやりだしたんじゃないの」
顔を見せないようにうつむいたまま立ち上がり、膝についたほこりを払う。向き直ったルルカの顔は、ほんのり赤く染まっていた。
「ノワエ様にだったら、この身をささげてもいいかなって。ルルカちゃんも一万近くの主に仕えてきたけど、何もかもが初めて尽くしだよ。ノワエ様、主としての才能があるって誇ってもいいと思う」
「それだけの魔族に仕えてきたなら、信ぴょう性はあるかもしれないわね。それと、あんたも誇っていいわよ。なにせ私が働いてまで傍に置きたいと思った、初めての魔族なんだから」
「なら、絶対に“良かった”って思わせてあげるよ」
「期待しているわ」
洞窟から少し離れたところで、通信用の水晶を取り出し、姉さんを呼び出した。
「は~い。イレアナちゃんでぇ~す。終わったの?」
珍しく盛っていない姉さんが応答する。
「ええ。終わりました。繋いでもらえますか?」
「は~い」
目の前に空間の裂け目が生じ、その先は姉さんが待つ色欲城へと繋がっていた。
「行くわよ、ルルカ」
「うん」
初めて自分が雇った従者を伴い、私は色欲城へと歩みを進めた。
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