第23話 【こぼれ話】 天叢雲剣 2

「神話としての話を続けますと、この船通山で素戔嗚尊が八岐大蛇を退治し、その尾から『天叢雲剣』を手に入れたとされています。そしてこの剣は、その後、高天原に献上されたとされているんですよ。」

「で、それが後年『草薙剣』になったんですね?」

「はい。後の時代、日本武尊が東国遠征に出る際、その剣を貸与されたんです。途中で敵に火攻めにされたのですが、日本武尊は剣で草を薙ぎ払い、風向きを変えて逆に敵を焼き払った……とされています。」

「草を薙ぎ払ったから『草薙剣』と呼ばれるようになったわけか。」

「そのとおりです。ちなみに、剣が実際に使われた記録はこの一件だけなんです。素戔嗚尊は手に入れただけ、日本武尊も草を薙いだだけですね。」

「神話の剣なのに使われたエピソードそれしか無いんですか?衝撃波ぶっぱなすとか、光るとか空飛ぶとか。」

「そういう演出、一切ありません。まったくの皆無です。」

「なんかショボい……。」


「そもそも素戔嗚尊って、なんでその剣をあっさり献上したんですか?」

「いい質問ですね。この剣の意味を考えるうえで、非常に重要なポイントです。」

「どういうことですか?」

「はっきりと理由は明示されていないんですが、前後の神話の流れを考えると、だいたい2つの説に絞られます。」

「ふむ。」

「まず一つ目。素戔嗚尊は、八岐大蛇退治の少し前に、高天原を追放されています。姉である天照大神(あまてらすおおみかみ)に対する乱暴狼藉が理由とされていますね。」

「……なんか『神様が引きこもった』ってやつですか?」

「はい。天照大神が『もうヤだー!』って岩戸に引きこもってしまい、太陽の神が引きこもったせいで世界が真っ暗になるという、いわゆる『天岩戸伝説』ですね。その原因を作った素戔嗚尊は、高天原から追放されます。」

「もしかして、『剣あげるからいい加減勘弁してくれ』ってことですか?」

「そうです。つまり『宝物を献上することで罪滅ぼしを図った』という説です。」

「なるほど。」

「そして二つ目の説。実は素戔嗚尊は剣を献上しておらず、持ち続けていたのではないか、という説です。」

「ほう?」

「だって、せっかくいい剣を手に入れて、すぐ手放すのって、ちょっと不自然じゃないですか?」

「まあ、たしかに。」

「記録上は献上したとなってますが、実際には後になって渡した、あるいは形だけだった可能性もあるわけです。八岐大蛇伝説を現実の歴史・文化に落ち着かせると、そういう考え方もできます。」

「それなんか面白そうっすね。」

「古代の出雲を統治していた集団が、別の集団に滅ぼされた。古い集団は『八岐大蛇』と呼ばれる異形に貶められ、新しい集団は『天叢雲剣』に例えられる出雲の製鉄技術を手に入れた。そう考えれば、神話を歴史の一場面に変換できます。」

「なるほど。古代史でよくある話になったっすね。」

「しかし神話的には、素戔嗚尊はそのまま出雲に住み着き、暮らし始めたとされています。これは征服した集団が土着化したことを表していると考えられます。少なくとも、勝利して凱旋した、という行動ではありませんね。」

「ああ、なるほど。献上するなら、本人が凱旋帰国して直接献上するでしょうね。」

「そうです。こうやって神話と歴史を合わせて考えると、『直ちに献上した』には違和感が出るんですよ。」

「そうなると、むしろ後の時代になってから高天原に献上したのが自然な気がしますね。でもどうして献上したんでしょう。『よこせ!』と言われたとか?」

「厳密にどういうやり取りをしたかは不明ですが、後年になって大国主命は『国譲り』によって統治権を高天原に譲ったとされています。これは大和朝廷に出雲の地方勢力が帰順したことの神話的説明と考えられていますが、宝物を譲渡したならこのときが一番適切では、と考えられますね。」

「なるほど、シンボルを献上することで帰順の姿勢をアピールしたと。」

「はい。しかし、武力抗争によって地方支配を拡大していった大和朝廷が、唯一対話による帰順を図ったのが出雲です。『天叢雲剣』は、その出雲の父祖の武勇の証です。簡単に譲れるものではありません。」

「え?でも譲ったんですよね?」

「……当時の出雲は、最先端の金属加工技術があったと考えられます。見たことのない剣のレプリカを作るくらい簡単でしょう?」

「まさか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る