第22話 【こぼれ話】 天叢雲剣 1

「日本書紀」より


「草薙剣 ある書によれば元の名を天叢雲剣という。大蛇の住処の上にたなびく雲にちなんで名づけられた。のちに日本武尊により草薙剣と改められた。」



「では、次のテーマは『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』です。」

「『天叢雲剣』?『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』なら名前は聞いたことありますけど……。」

「それと同じものですよ。最初に発見されたときは『天叢雲剣』と呼ばれましたが、後の時代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が使用してから『草薙剣』と呼ばれるようになったんです。」

「発見された? 作られたんじゃなくて?」

「はい。伝承によれば、この船通山で八岐大蛇を退治した際、大蛇の尾から剣が出てきたそうです。その剣が『天叢雲剣』だとされています。ちなみに、大正12年にはその伝説にちなみ、この地に記念碑が建立されています。」

「……そもそも大蛇から剣が『出てきた』ってどういう……またファンタジーな話に戻ってません?」

「まあまあ。先日も言いましたが、何もないところに神話は生まれません。それに、『草薙剣』は現在も実在しています。」

「えっ? そんな伝説の剣が実在してるんですか?」

「ええ。『草薙剣』は『八咫鏡』、『八尺瓊勾玉』とともに、“三種の神器”として天皇家に代々伝わっている神宝です。皇位継承の儀式で重要な役割を果たしていますよ。」

「へぇ……そんなファンタジーな剣が本当に伝わってるんすね。」

「ただし、源平合戦の最終戦・壇ノ浦の戦いのとき、安徳天皇が入水して、そのときに三種の神器も一緒に沈んだとも記録されています。勝者となった源氏方が必死に探したそうですが、『草薙剣』については、海に沈んだとも、回収されたとも言われています。真相はわかっていません。」

「じゃあ、いまある剣がその時のものなのかどうか……?」

「ちなみに、南北朝時代に後醍醐天皇が、神器のレプリカを作って足利尊氏に渡した、という記録もあるんです。その後、吉野に逃れた後醍醐天皇は『こっちが本物!あっちは偽物!』と主張して……歴史的にはけっこう混乱しています。」

「なんか急に神秘性が薄れたっす。」

「確かに、簡単にレプリカが出てくる神器って聞くと、ロマンは薄れるかもしれませんね。」

「でも、現在も皇位継承のときに使われるってことは、今ある神器が本物と認められてるんですよね?」

「そうです。『草薙剣』は普段は愛知県の熱田神宮に保管されていて、即位の礼などの祭祀の際に出されるようですね。」

「で、終わったら元通り保管?」

「そのとおり。儀式上、『三種の神器』を継承したことが皇位の正統性の証明になるんです。もっとも、『神器の所持者こそが正統!』と明確に打ち出したのは、後醍醐天皇なんですけどね。」

「なんかその方、めちゃくちゃ神器に執着してません?」

「そう言えるかもしれません。吉野に逃れて南朝を立てた後は、神器くらいしか正統性の証明になるものが無かったのでしょう。まあ後年、『南朝正統論』なるものが出てきましたから、言い続けた執念が実ったともいえます。」

「言ったもん勝ち……。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る