第12話 【外伝】備える者と紡ぐ者(結)

「……こうして、私たちは無事に、湯村の郷へと避難することができたのです。」

 

 クシナダは、どこか遠くを見つめるような目で、あの日の悲しみを思い返しながら、そっと素戔嗚尊に語りつづけました。

 

「姉さまたちは、生贄にされるその直前まで、懸命に働いて……集めた貯えを、すべて湯村の郷に託してくださっていたそうです。いつか、横田の郷のみんなが逃げなければならなくなる、その日のために。そして、湯村の郷の方々も、『すべて聞いているよ。安心しなさい』と、あたたかく私たちを迎え入れてくださいました。姉さまたちが、一軒一軒お願いにまわって、避難の道を、前もって整えてくださっていたのです。」

 

 クシナダは、ふぅ……と小さく息をついて、優しく素戔嗚尊を見つめました。

 

「あとは、あなた様もご存じのとおりです。一年後、八岐大蛇が再び生贄を求めはじめたとき、横田の郷はおろか、仁多郡一帯の村々すべてが姉さまたちの手はずで避難しておりました。生贄はおろか、ひとりの民もいなくなった土地を見て、八岐大蛇はたいそう怒り、出雲中に響き渡る声で、『クシナダを差し出せ』と叫びました。郷の人々が『もうだめだ……』と絶望に包まれた、そのとき――あなた様が、来てくださったのです。」


 最初の出会いを思い出したのか、クシナダは少しだけ微笑みました。

 

「この方こそが、姉さまたちが言っていた、『すべてを託せる方』だと、私はそう信じて、あなた様にあの勾玉をお渡ししました。そしてあなた様は、見事に……姉さまたちの想いを、果たしてくださいました。」

 

 クシナダは、すこしだけ涙ぐみながら、それでも、どこかあたたかく、やさしい笑顔で語ります。

 

「いまの私は、こうして、あなた様と穏やかな日々を過ごさせていただいております。でも、それは……あなた様と、そして姉さまたちのおかげなのです。」


 そしてクシナダは、改めて機織り機に向きあいました。

 

「だから少しでも、姉さまたちに教わったことを、やってみたいと思ったのですよ。

まだまだ未熟ですが……」

 

 そう語ったあと――

 ふたたび、機織り機がコトン、カタン、と小さな音を立てはじめました。ぎこちなくも、どこかやさしく、心地よい音色。

 クシナダの周りで、やさしい姉たちが、静かに見守り、微笑んでいるような……そんな、あたたかな雰囲気だったということです。


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