第11話 【外伝】備える者と紡ぐ者(転)

 それから――六年の月日が流れました。

 

 ちい姉さまは、静かに立ち上がると、父さま、母さま、そして私に向き直って、しっかりとした声で、こう語りかけられたのです。

 

「……これが、あの夜に交わした、お話のすべて。私たち七人の、姉妹の誓い。父さま、母さま、そしてクシナダを守るために……私たちみんなが、すべてを捧げると誓ったのです。この誓いを汚すことは、たとえ父さまや母さま、クシナダであっても、許されません。この誓いを破るということは、姉さまたちの想いを、全部、無駄にしてしまうということ。そんなことは、私が絶対に許さない。」

 

 少しだけ震える声を押し殺しながら、ちい姉さまは、懐から布包みをそっと取り出されました。

 

「横田の郷から斐伊川を下っていった先に、湯村の郷という、小さな湯の里があります。私も、姉さまたちも、この日のために、郷の皆が湯村の郷へ避難できるように、準備を整えてきました。それと、クシナダ。あなたには、これを。」

 

 そう言って、泣きじゃくる私をそっと抱きしめ、その手に、あたたかな布包みを握らせてくださいました。

 

「姉さまたちが、それぞれに願いを込めて託した勾玉。この六つに、私の分を加えて、七つ。これを、あなたに預けます。……いつか、あなたの前に、すべてを託せる、信じられる方が現れるでしょう。それまでは、あなたが、大切に持っているのですよ。」

 

 そして、ちい姉さまは、深く息を吸い込むと、まっすぐ前を見て、言葉を続けられました。

 

「私は八岐大蛇に、最後の機織りだけは、どうかさせてほしいと、願い出ます。少しでも、時間をかせぎますから……その間に、郷の皆と一緒に、横田の郷を離れてください。」


 ちい姉さまは、私をぎゅっと抱きしめ、言葉をつづけました。

 

「父さま、母さま……これまで、ありがとうございました。そしてクシナダ……あなたは、生きるのですよ。」

 

 そうして――ちい姉さまは、生贄として八岐大蛇に捧げられました。

 

 願い出た機織りは、受け入れられたといいます。

 姉さまは、普段とは違う、静かな、子守歌のような拍子で、紡がれた糸を織りつづけ――八岐大蛇の眠りを誘いながら、命をかけて、横田の郷の人々が逃げる時間をかせいでくださったのです。

 

 そして――皆で斐伊川を下り、湯村の郷にたどり着く、少し手前のことでした。

 

「……あら……?」

 

 ふと、胸騒ぎのようなものを感じて、私は懐から、大切に抱えてきた布包みを取り出しました。

 包みの中には、七つの勾玉。

 そのうちのひとつ、ちい姉さまの勾玉が、かすかに明滅し、ほのかなぬくもりを帯びて、やさしく光ったのです。

 

「……あ……」

 

 けれど、その光はすぐに静まり、ぬくもりだけを残して、そっと沈んでゆきました。

 

「……ちい姉さま……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 それが、ちい姉さまの最後の合図だと悟った私は、自分のあまりの無力さに、声を上げて泣き崩れました。

 父さまも母さまも、すべてを察してくださったのでしょう。無言のまま肩を寄せ、私を抱きしめて、ともに、静かに涙を流してくださいました。

 その姿を見ていた、横田の郷の方々も、すべてを察したようでした。あちらこちらから、すすり泣きの声が、そっと広がっていきました。

 

「とうとう……ハタナダの嬢ちゃんまで……」

「すまねぇ……俺たちには、何にもできなかった……」

 

 そのとき、ひとすじの風が――湯の谷を静かに吹き抜けていきました。

 その風は、私たち親子を、あたたかくつつんでくれたように感じたのです。

 それはまるで……ちい姉さまの、最後の織物のように。

 

 あたたかく、やさしく、どこか切ないけれど……、未来を紡ぐような、やわらかい風でした。

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