第8話 【後日譚】薬湯の里の守り神

 むかしむかし、出雲のくにの奥深くに、湯村の郷と呼ばれる小さな湯の里がありました。

 この里の湯を守っていたのは、年老いた夫婦、テナダとアシナダ。

 ふたりはかつて、湯村の郷からさらに山の奥深く、横田の郷で八人の娘と暮らしていました。しかし恐ろしい八岐大蛇が現れ、娘たちを生贄として求め始めたのです。

 最後に残った末娘・クシナダだけは守ろうと、八岐大蛇から逃れた末に湯村の郷へたどり着き、湯を守りながら、悲しみを乗り越え、七人の娘たちを弔いつつ、親子三人でつつましく暮らしていました。

 やがて現れたのは、旅の神さま、素戔嗚尊。

 湯村の湯で身を癒し、娘の握ったおむすびで心を癒された彼は、八岐大蛇に立ち向かい、見事これを打ち倒しました。


 そののち


 素戔嗚尊は、クシナダを妻として迎え、ふたりで湯村の郷からほど近い須賀の地に新たな住まいを構えました。

 このとき、素戔嗚尊は新妻と始める新しい生活の喜びを、ひとつの歌に託しました。


「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごめに 八重垣つくる その八重垣を」


 これは、日本でいちばん最初に詠まれた和歌といわれているのですよ。


 テナダとアシナダの老夫婦はというと、出雲に平和が戻ったのちも、変わらず湯村の湯を守りつづけました。

 湯に浸かる人の疲れをいやし、旅人の病を治し、湯の恵みに感謝する者たちに囲まれて、穏やかな余生を送りました。

 やがてふたりはその徳を讃えられ、出雲湯村温泉の守り神として祀られることになりました。それが今も湯村に残る温泉神社なのです。


 そうそう、素戔嗚尊が八岐大蛇を打ち倒したときのことですが。

 テナダ、アシナダから預かった鏡は仁多郡に刻まれた八岐大蛇の呪いを浄め、「呪いの無い真実の姿」を写し出しました。

 クシナダと7人の姉が願い込めた勾玉は、八岐大蛇の牙や毒霧から素戔嗚尊を何度も守り、時には身代わりとなりました。

 八岐大蛇の尾から見つかった刀は、天地の理を込めた光り輝く神の剣として、長く素戔嗚尊の佩刀となりました。


  真実を写し出す鏡  「八咫鏡(やたのかがみ)」

  災いを防ぐ勾玉   「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」

  光り輝く神の剣   「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」


 後の世に大国主命から高天原に献上された出雲の宝。

 いつしか天皇家の重代の秘宝となり、「三種の神器」と呼ばれるようになった宝物は、いまでも日の本を守り続けているのです。


 それから二千年もの長い年月が流れましたが、湯村の郷の湯はこんこんと湧き続け、出雲の人々は神さまの物語を今も静かに語り継いでいます。

 ほどよい湯に身を沈めながら遠い昔に思いを馳せる者もいれば、あたたかいおむすびに誰かの優しさを感じる者もいます。



 ようやく穏やかな暮らしを手にいれた老夫婦とその娘の、ほんのささやかな幸せのものがたり。

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