第44話
「……どうして嘘をついたんだ」
「当時レイラが周りからどんな目で見られてたか知ってるでしょう? 変わった行動を取ったり……暴力事件を起こしたりして、陰で悪魔付きなんて呼ばれてた。だから、余計な疑いがかからないように、俺が目撃したことにしたんです。ごめんなさい……」
ウォルター少年の心情を想像しているのか、署長は複雑な面持ちで聞いていた。
「じゃあ、君は本当になにも見てないのか……」
子どもとはいえ警察に嘘をついたことへの怒りよりも、残念がっているようだった。
大人になった目撃者から、もしかしたらなにか情報を得られるかもと、まだ少しの期待があったのだろう。
「ええ……でも、レイラは確かに〝オオカミ男〟を見た。そして、マズいことに顔を見られてる。今の彼女が当時の少女だってことも、もうバレてるんです」
「そうか……それで君たちは、この事件に執着していたのか。なんだか腑に落ちたよ。君は関心が無さそうだったのにって、変に思ってはいたんだ」
君らしくない。さっきそう言われた。
彼から見た自分はずっと、何を考えているのか分かりづらくて扱いにくい相手だったのだろうと、ウォルターは少し申し訳ない気持ちになった。
「昨日、ダニエルに呼び出されて森に行きました。そこで遺体と、学者のバッグを見つけた」
まっすぐ目を見て告げた証言に、署長は一瞬固まった。
「遺体って……ダニエルのか」
頷くと、署長は呆れた様子で「ったく、本当に君は……」と言いかけて、はっとした。
「おいおい、ちょっと待て。もしかして、今朝の通報はレイラか。……本当にあの森に毒の霧が? 新種の植物の実で毒殺……確かなのか?」
「もう一度検死をするべきだと思います。森への人の立ち入りも禁止してください」
「そうだな……まぁ、森には誰も入らないが……いや、すぐに署に戻って対処しよう」
忙しなく立ち上がって部屋を出ようとする背中を呼び止めた。
「お願いします。今すぐレイラ・フローレスの捜索を始めてください。ダニエルが犯人だとしても、共犯者がいるのかもしれません」
(レイラは八年前の目撃者だ。まだ、話くらいは聞きたいはず……)
「……わかった。君の話の通りなら、本当になにかあったのかもしれない」
ウォルターの手からレイラのスマホを取り上げ、今度こそドアに向かおうとした署長は再び振り向いて、
「なにかわかったら連絡するように。危ないことは絶対にするな。君はもう少し、警察を信頼してくれ」
すでに一度忠告を無視したウォルターに釘を刺すと、返事を待たずに部屋を後にした。
閉められたドアに、いつの間にかトビーがもたれかかっている。
「結局あの子に通報させたうえに、目撃者ってバラしちまったな」
「今はレイラを見つけることが最優先だ。それに実際、レイラはなにもしてないんだ。俺が余計なことをしただけで……」
「嘘つき少年の言うことを、署長が信じてくれてりゃいいんだけどな」
シーツをぎゅっと掴んだ手にホルスターが触れた。
レイラが肌身離さず持っていたそれを手に取って、ずっしりと重い銃を何気なく引き抜こうとした。その時、銃と一緒になにかが挟まっていることに気づいた。
ダイナーのレシートだ。昨日森に行く前、地図の報酬と言ってレイラが支払ったパンケーキ代が印刷されている。
覗き込むトビーが「ただのレシートだな」と言ったが、妙に気になった。
「どうしてホルスターの中に?」
「ズボンにポケットがなかったからとか?」
「レイラはジーンズを履いてたからポケットはあっただろうし、ジャケットにもあったはずだ」
「ポケットに入れようとしたら銃が邪魔で、面倒でホルスターに突っ込んだんじゃねぇの? なんでそんなこと気にするんだよ」
ずっとホルスターを身に着けているのに、うっかり銃側のポケットに入れようとするだろうか。そもそも、会計の際に財布にしまえばいい。
なぜだが引っかかる。それは直感に近いものかもしれない。
もしもウォルターの想像通り誘拐されたのなら、スマホと銃は犯人に言われて置いていったことになる。誰にも連絡が取れない、身を守る武器もない。
そんな状況で、レイラがなにか行動を起こすなら……。
「なにか、意味があるのかも……俺がここに来る可能性に賭けたとか……」
「あの子からのメッセージってことか?」
都合のいい妄想からくるこじつけかもしれない。だが今は、どんな些細なことでも見逃してはならない。
レシートの文字を目で追っていく。店名、日時、注文内容……注意深く見ても、レイラが伝えたいことは読み取れない。裏側になにか書かれているわけでもない。
「ダメだ……ただのレシートにしか見えない」
「だからそう言ったじゃねぇか」
「でもそれじゃあ、なんでレイラは……」
苦し気に眉を寄せるウォルターをじっと見つめるトビーはその表情を一瞬曇らせたが、思考の渦に呑まれそうな弟を励ますように快活な声を上げた。
「シンプルに、レシート自体がメッセージなんじゃねぇのか?」
「……これ自体が……」
ダイナーのレシート。レイラにとってのダイナーは、少女の感情に共感して不本意にパンケーキを選んでしまうような場所。
きっと、ひとりでは行こうと思わない。大抵いつも混んでいるうえに、店長からは〝悪魔付き〟を見る目で見られているのだから……。
「……まさか……いや、そんなこと……」
トビーの気配に顔を上げると、どこか誇らしげな彼が口を開いた。
やめてくれ。そう思うが、ウォルターが振り払おうとした可能性が、その口から言葉になって落ちてくる。
「伯父さんは銃を嫌って、レイラを出禁にしたがってた。それに、あの子のことを疑ってる……八年前の事件は、森で呪われた悪魔付きの少女が起こしたんだって、そんな妄想にずっと囚われてる」
――頭から離れないんだ。やっぱり、トビーを殺したのは……。
伯父の言葉を思い出す。「あの子ならやりかねない」と、怯えた様子で言っていた。
「……違う。伯父さんは、ただの平和主義者で……」
首を横に振るウォルターの頬を大きな両手が包み込み、ぐいと持ち上げられた。
意志の強い淡いブルーの瞳が、現実を突きつけてくる。
「平和主義者で悪人アレルギー。森の守り神を信じてるから、この町の平和を信じてる」
「……レイラを悪人だと思ってる。なのにわざわざ会いに来たんだとしたら……」
「守り神に裁いてもらうため……って、イカれてるけど、きっと奴の中では道理にかなってる」
これが見当違いな憶測でないとしたら、レイラの居場所は……。
「……森に行かなきゃ」
そう呟くと、トビーに手を引かれて立ち上がった。
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