第29話 ミトの凱旋

「ぐ、ぅふ………」


 喉を断ち切られ、流れ出る血を必死に大きな手で覆う。息をするのもやっとで、致命傷を負ってしまったという事実に男は深く後悔していた。


 だが同時に、胸の内には相手を称える心意気があった。


「はぁ……無駄に強いのはよしてよね」


 男が落とした刀身を拾い上げ、ナナメは小刀を鞘である刀身へと仕舞う。


 ナナメの刀はいわゆる子母剣しぼけんと呼ばれる武器種で、親指の届く場所にあるスイッチを押すと大きな刀の内側に隠された小刀を引き抜くことが出来る。


 二つの刃が一体となった剣。真蛇の仮面を受け取ったナナメに与えられた賞与としては十分すぎる代物だった。


 二刀を持ち歩くよりも一刀を背負う方が楽だし、何より子母剣はナナメの『天命』との相性が非常に良かった。


「さてと。ミトちゃんを助けに───」


 屋敷へ向かおうとしたナナメ。その直後、街の方から大きな爆発音が響いた。


 空気が震撼する感覚に、ナナメは振り返って遠目に街を見た。街の一角が炎の海となり、強大な魔力の気配が二つある。片方は恐らく、仲間の『勇魔』であるだろう。もう一人はアルゲータだと推測する。


 ナナメもかなりの激闘を繰り広げていたつもりだったが、街のあの戦いを見るとちっぽけに思える。


 自分が真蛇の仮面を持てる器か、一瞬自信を失った。


「どこ、へ、行く……?」

「屋敷だよ。ボクの友達が捕まってるんだ」

「は……シュガー殿の、捕虜だろう?とうに、死んでいる、だろうさ……」

「……黙って」


 ナナメが拳を男へ振り下ろす。小柄なナナメが放つ拳撃は、見た目以上に威力がある。避けることも叶わず、正直に受け止めた男の顔面が地面へ叩きつけられた。


 現実逃避のような、癇癪のような一撃。それを成した自分の拳を見下ろして、ナナメは自分が冷静でないことを悟る。


 刃を手にして、敵をいつものように殺していたから、冷静さを取り戻せたと思っていたが、ナナメはそんな単純な人間ではなかったらしい。


 機械のように徹しろと、そう教えられてきたが、結局ミトの言うことに納得してしまったからか、教え通りに生きることはもう難しそうだ。


「ミトちゃん……絶対に死なせは───」

「あ!そこの『へレディック』の人ーー!!」


 決心を胸に、再び進もうとしたナナメに水が差される。大量の死骸と荒れ狂う魔力の戦線で、その声は酷く腑抜けていて、場違いであった。


 だから一瞬耳を疑った。その腑抜けさは、友達のそれにそっくりだったからだ。


「ミトちゃ──」


 声の方へ向き直ったナナメ。そして仮面越しに捉えたその人を見て、目を見開いた。


「あのー!街ってここら辺にあります?ちょっと会いたい人がいてー」


 テンション高めの白髪の可愛らしい少年。その笑顔にも、美声にも、確かに覚えがあって、しかし纏う雰囲気が、以前とは明らかに違いすぎてナナメは混乱した。


「ミト、ちゃん……?」

「あれ?その呼び方……ナナメさんですか?」


 ボサボサの白髪に、死んだ目のまま笑っている少年、ミト・シノノメが、ナナメの目の前で首を傾げた。


「は、ぇ……逃げて、来たの……?」

「うーん、どっちかって言うと逃げられました!シュガーさんを殺そうと思って呪ったんですけど、炎の馬?みたいなのに突進されて僕死んじゃって。その間に逃げられちゃったのでこうして、必死に追いかけてきました!」

「ぃ、いやいやちょっと待って……逃げられた?呪った?死んだ?どういうこと?キミは本当に、ミトちゃんなの……?」


 あっけらかんと笑う目の前の少年は確かにミトなのに、ナナメの心がそれを受け入れられない。この少年の瞳が語る経験は、ミトが持っていてはいけないものだ。


 ──それは、人を殺したことのある目だ。


 ミトが何度も説いた命の価値を信じることを辞め、人としての禁忌を犯し、無神経に他を侵略することを覚えた瞳。ミトは持っていた。それも、かなり吹っ切れた様子で。


「そんなことより、ナナメさん真蛇の仮面になったんですか?いつの間に昇進したんです?」

「いや、どうでもいいでしょそんなこと……」

「どうでもいいなんてそんなそんな!僕は嬉しいですよ!ナナメさん、皆に更に認められたってことじゃないですか!」


 天真爛漫な笑顔で喜ぶミト。彼が喜ぶ様を見てナナメも心が踊るが、やはりギャップが大きすぎて素直に喜べない。


 だがとにかく、ミトは生きていた。生きていたのだ。それに、なんらかの方法でシュガーを追い詰め、それを追いかけてここまで自力で来た。


 それは、いいことだ。よかったことなのだ。だからこの場は一旦、そのことに納得して──


「お?」

「ッ!?何!?」


 冷静になろうとしたナナメとミト。その二人が同時に、街から放たれた光の気配に目を惹かれた。


 街のとある場所から、あまりに眩い魔力が芽吹いて街を照らしている。その開花の瞬間、ナナメとミトの胸の内にあった不快感が吹き飛び、次いでミトに一つの喪失感が起こった。


「呪いが全部なくなった!」


 シュガーの『神封じ』も、ミトの『呪神恋歌』も、どちらも大きな犠牲を払った強力な呪いだったが、光の介入により完全に消え失せ、その価値を無に帰した。


 これにより『天命』の使用制限が解除。ミトはまた死ねるようになった。


「これ、『勇魔』の魔力?」

「『勇魔』?『勇魔』って誰のことですか?」

「ら、ライラだよ。ライラ・アラスターのもう一つの名前」

「へぇ、ライラさんの……なら、メロさんもきっと近くにいますよね!?」

「うわ!?」


 突然大きな声を出して肩を掴んできたミトに驚くナナメ。突然覆いかぶさってくるから、抱き締められるのかと鼓動が早まったが、どうやら気持ちが先行してしまっただけのようだった。


「い、いると、思うけど……」

「よし!なら行きましょう!早くメロさんに会いたいんです!」

「あ、ちょっと!?」


 ウキウキな様子で走り出すミト。木々の合間を抜け、危険など顧みずに突っ走ってしまった。それを追いかけようとする前に、ナナメは叩きのめした男にトドメを刺そうとした。


 しかし、


「な、逃げられた!?」


 振り返ったその場には、既に男は居なくなっていた。


 あるのは小さな血溜まりと、わざとらしく作られた血痕の道。ナナメはそれを追いかけている暇はないし、追いかけても罠やらなんやらを張られて時間を稼がれる。


「あーもう……仕方、ないなぁ……!!」


 ナナメは迷いに迷い、あの耐久に優れた男のことは一旦忘れて、ナナメは友達の背を追いかけることに尽力するのだった。

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