第2話 可憐な雷

「ぁ、ありがとう……」


 差し出された手を取ると、女性は更に近づいてミトの体に手を回し、簡単にひょいと持ち上げて立ち上がらせてくれた。


 そしてミトの体に着いた土埃を払うと、背中の弦楽器ウルールを見て、嫣然と微笑んだ。


「吟遊詩人か。どうりで美しい声だと思ったよ」

「え……」

「少し待っていてくれ──片付ける」


 小手のはまり具合を確かめ、女性は前に歩み出した。走っていたミトとは正反対に、魔獣に臆することなく悠然と進む背中に、言いようのない高揚感を抱きながら、ミトはただ見ていることしか出来なかった。


 女性を見て、体勢を立て直した魔獣達はキィキィと鳴き声をあげ、先程の仕返しだと言わんばかりに牙を剥き出しにして飛びかかってきた。


 真正面から迫る魔獣。地獄をつくりあげたその人類の敵を、真上から振り下ろされた女性の拳が叩き潰した。


「え、え……!?」


 ミトは目を疑った。女性の拳が振り上げられ、魔獣を地面に叩き落すまでの一連の流れ、全てが速すぎて見えなかった。


 まるで世界が遅れて追いついたかのように、目の前に起きた現実が答えとなって、過程が脳裏に後から浮かんでくる。


「死ね」


 その美貌を魔獣の血で染め上げた女性は、握りしめた拳を超速で魔獣へぶち込んだ。耐えきれない体が弾け飛び、次々と飛びかかる魔獣は村人と同じように肉塊へと変わり果ててゆく。


 叩かれ、殴られ、蹴られ潰され、しかし魔獣にしては頭のキレる個体が女性の後ろから飛びついてきた。


「あ、危ない……!」


 反射的に声が出たミト。女性を案じるミトに、女性は振り返って薄く微笑んだ。


 その瞬間、女性を中心に紫電が炸裂。魔獣が悲鳴をあげて焼き焦げて、地面に落ちて痙攣する。


 死に際の虫のような挙動を女性は見下ろして、村の端っこに到達するほどの威力で魔獣を蹴飛ばして岩壁へ叩きつけた。


「はぁ……これで全部だったか」


 そう呟く女性に一切の疲れの色はなく、出会ったその瞬間から変わらぬ美しさを保っていた。


「す、すごい……」


 見たことの無い身のこなしと美しさに感嘆するミト。小さな拍手を送るミトを見て、女性はハッとした表情を見せた。


 何か顔についていただろうかと気にしたミト。その直後、背後にあの足音が聞こえた。


 危機感を覚え、振り返った時にはもう視界全部が牙に覆われていた。


 ──あぁこれはまずい。女性も間に合わないくらい遠くにいる。自分にこの噛みつきを耐えられる自信が無い。最悪な景色を眺めながら、走馬灯の中で後悔を繰り返していると、


「やれやれ、これで最後だ」


 空中にいた魔獣が、上から落ちてきた何かに貫かれ、地面に縫いとめられた。


 魔獣の背中から口まで貫通したそれは、強い光を放つ美しい剣だった。


「やぁ、無事かい?吟遊詩人君」


 魔獣を貫いた剣の柄に手を置き、ミトの身を案じたのは、クリーム色の髪と瞳を持つ、先程の女性とはまた違った美しさを持つ魔女だった。


「まだ一体いたのか」

「一体どころか、三十体はいたよ。私が全て倒したんだ。この頑張りが徒労に終わらないことを祈るよ」

「徒労って、お前そんなんじゃ疲れないだろ」


 どうやら親しい関係らしい二人の女性は、ミトを挟んで軽口を叩き合う。やれやれと首を横に振る魔女が剣を引き抜くと、剣は光の粒子となって消えてしまった。


 そのありえない光景に目を剥くミトの肩に、黒髪の女性の手が置かれた。


「怪我は?」

「な、ないです……あの、ありがとうござ、います!こ、このご恩は一生!」

「気にするな。たまたま通りがかったら悲鳴が聞こえたものでな」


 ミトの感謝など届かぬらしい女性は、小手に着いた血を拭き取りながら、


「俺はメロ。しがない冒険者だ。よろしく頼む。この生意気な魔術師が──」

「ライラ・アラスターだよ。メロ君と組んで旅をしているんだ」


 二人の美女は、そう自己紹介をしてくれた。


「ぼ、僕は、吟遊詩人、見習いのミトです!」

「見習い?まだ巣立つ前のひよっこ君だったのか」

「巣立つ前……旅目前でこれか」


 メロはライラの言葉を繰り返し、村の惨劇を見回した。村の人々は残虐な襲撃によって命を落とし、少年ミトの暖かな日常は一瞬にして奪われたのだ。


 その、あまりに可哀想なミトの頭を、メロは優しく撫でてやって、


「少し休もう。一旦家に帰って頭を冷やすといい。その間魔獣が来てもいいように、俺達が家の前で待っておくから」


 メロの意見に、ライラも首肯してミトの背中を押した。朝起きたら自分以外の村人全員死んでた、なんて話は英雄譚ではよくあることだが、いざ自分に降りかかったとなると衝撃が大きい。


 今はメロやライラと出会ったことによる衝撃が上回っているが、いずれ心の麻痺も解除され、徐々に悲しみが湧き上がってくる。


 その悲しみが零れ落ちる前に、メロとライラは気を遣ってミトを家に帰したのだった。

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