第2話「冒険譚をもう一度」

「……俺は、死んだのか?」



 まだ夢から覚め切れていないようだ。頭がぼんやりする。


「物語での君は死んじゃったね。残念。バッドエンド。」


 クロエの明るい声が、無機質に、そしてどこか残酷に響く。


 物語での俺は死んだ。

 でも、俺は今息をしている。


 どうやら、無力感と現実の俺は、死にきれていないようだ。


「勇者の冒険譚なんて、普通勝つだろ……?なんで負けるんだよ。なんであんな残酷な結末を見なきゃいけないんだ。」


 まだ声がかすれている。


 深く残った心の穴が、俺から声を発する力を吸い取っていく。


「君次第だって最初に言ったでしょ?工夫が足りなかったんじゃないの?」


 楽観的なクロエの言葉が、場違いに書斎に響く。

 その響きに吐き気が止まらない。


「そんなこと言ったってさぁ!もうレオンもルナもガルドも、みんな死んだんだ。」


「まだ終わりじゃないよ。本は“書いた後”が一番面白いんだから。」


 大の字に床に倒れたまま、さえない頭で考える。



「ユリスが何もしなければ、この話は永遠にバッドエンドのままだ。君がハッピーエンドを見たいなら、書き換えに行けばいいんだよ。簡単でしょ?」


「もう一度、やり直せるってことか?」


 クロエは目を薄くしてこっちを見ている。


 いや、でもたとえもう一回できたとして、次は勝てるだろうか?


 もうみんなが死ぬところを見たくない。


 それに、簡単なことじゃない。あの魔王の強さは圧倒的だった。


「もう一度やり直したとして、俺はみんなを救えるかな?」


 俺は怖くてしかたない。みんなが死んでいくのを見たくない。


 心のぽっかり空いた部分から、あの時のルナの悲鳴が、ガルドの叫びが聞こえる気がするんだ。


 でも、みんなが死んでなお、こっちでのうのうと生きている俺を、俺は許せない。


「ボク見たいなー。ハッピーエンド。」


 この空いてしまった穴を埋めるピースは、あの物語の中にしかない。


 この空っぽが埋まらないのは、もう一度死ぬのなんかよりずっと怖い。


 そして何より、あの旅をハッピーエンドで飾りたい。


「行こう。」


 俺は書見台の本に、もう一度手を伸ばした。


 その震える頼りない手で、結末を変えられると信じて。







「王よ!必ずや魔王を倒して見せます!」


 見慣れたレオンの顔が、そこにはあった。


 あの時も見た誓いを、俺は今度こそ果たせるだろうか。


 レオンの笑顔が魔王を前にした時と重なるが、恐怖を嚙み殺したようなあの笑みとは程遠い。




 俺は、この優しい笑顔を守りたいんだと、心に刻んだ。

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