おとぎ話編
第1話「物語の扉を開けて」
「王よ!必ずや魔王を倒して見せます!」
隣で顔の整った男がおかしなセリフを口走っている。そして、俺と何人かは隣でひざまづいている。
俺は夢を見ているんだろうか。
その後、成り行きで大きなお城を出たあと、さっきのイケメンが「今日はひとまず休もう」といったので解散することになった。
解散もなにも、俺はいったい何者なんだろうか。
夢を見てるみたいに、ぼんやりとした思考で適当に街を歩く。
街並は古風な感じだけど、美しくて活気がある。
「こんな鮮明な夢初めて見たなぁ。雰囲気もいいし、いい夢だなぁ。」
「そりゃ鮮明だよ。君の意識はここにあるんだからね。」
隣で急に黒猫が話しかけてきてびっくりした。
猫の声があまりに現実味を帯びていて、同時にここに意識があるという言葉に説得力が宿る。
夢じゃない?
俺は立ち止まって考える。
──さあ本の世界へ飛び込んでみよう!
あのセリフがもしそのままの意味だとしたら……。
「じゃあ、さっきの書斎はどうなったんだ?どうやってこんなところに来たわけ?」
「ここは、さっき開いた本の中さ。さっきの書斎と繋がってるけど、ボクもこっち側から外見たことないから、あっちがどうなってるのかはわかんないや。ごめんね!」
本当にそんなことがあるのかと思ったが、ひとまずこの状況を飲み込む。
こういうことは深く考えても頭がこんがらがるだけだ。
俺はアリスだ。不思議の国の理屈なんて考えても仕方ない。
よくよく考えてみたら、本の世界に入れるなんて夢みたいじゃないか!
子供のころ見た幻想が、今目の前に広がっているんだ。
「よし、いったん飲み込めた気がする。で、本の中に来たからって、俺は何をすれば?」
「今や君は物語の一部になった!君の手で魔王を討伐してハッピーエンドさ!」
「なんかいきなりスケールがでかいな。夢に見なかったわけじゃないけど、実際やれと言われてもピンとこないな。」
「普段の読書と一緒だよ。ただその目と体で物語を追いかけられるってわけ。」
俺が、物語の中で動ける。
もしそんなことができるなら、自分の足で、エンディングを見に行きたい。
今なら、見に行けるんだ。この目で。
あれ?でもこの話って確か……。
「せっかくファンタジーを体で味わえるなら存分に味わうけど、この話って完結してなかったよな?じゃあ一生終わらないんじゃないか?」
「そんなの、君が終わらせればいいんだよ。さっきも言ったじゃん。魔王を倒してハッピーエンドって。」
俺が魔王を倒せばこの話は晴れて完結ってわけか。
いろいろ言いたいことはあるが、ひとまず冒険を楽しむことにしよう。
雑念なんかいらない。前だけ向いて旅をすればいい。
そう、それが俺の中のファンタジーの掟。
散々未来に希望を抱いていたが、夜の宿屋、突然不安になってきた。
「なあ、俺あの名前も知らない奴らと一緒に旅するんだよな。不安なんだが。」
「ボクも君の名前知らないけど。」
確かに、お互い名乗ってなかった。猫に堂々と名乗るってなんか変な気分だけど……。
「そうだったな。俺はユリス。」
「ボクはクロエ。よろしくね!」
猫なのに笑顔なのが伝わってくるくらいのリアクションだ。
「ほんとに俺に倒せるのか?その魔王。」
「それは君たち次第じゃない?魔王だって倒されるのが当たり前じゃないだろうさ。エンディングは君が作るんだ。ワクワクしてきた?」
「不安でワクワクどころではないけど、まあ冒険なんてここでしかできないし、やれるだけやってみるか。」
俺はこの物語を歩むことをふんわり決意した。
次の日、さっそく旅立つことになった。
メンバーの名前は、勇者レオン、戦士ガルド、魔法使いルナ。
俺は僧侶らしい。
使えるのは治癒魔法とか。
どうせなら剣士とかやってみたかったけど、最初から決まってたので文句は言えなかった。
仲間との冒険は、結構楽しかった。
いろんな街を旅して、いろんな人と出会って、強敵とも戦った。
俺が旅した日常は、フィクションなんて言葉で片付けられないくらいに、俺にとっては本物だった。
ある街では、勇者とか言って遊んでるだけだと馬鹿にされて、レオンが喧嘩したんだっけな。
それでガルドが必死に止めに入って、もうめちゃくちゃだったなぁ。
あとは、村の近くの森をルナが燃やしちゃって、村を出禁になったこともあった。
「もうお前町の近くで火使うの禁止な。焚火も俺がつけるから。」
「焚火くらいつけられるわよー……私の仕事がー!」
思い返せば、楽しい旅だったなぁ。
レオンはかっこよくていかにも勇者だし、ガルドは頼りになる。ルナは時々ドジだけど、やるときはやる奴だ。
俺たちの冒険でこの本が埋まるなら、きっと楽しい冒険譚になるだろう。
だが、俺たちの旅の終わりは、すぐそこまで迫っていた。
長いようで短い旅の果てに、ついにその時が来た。
俺たちは今、魔王城の玉座の扉の前にいる。
「ついにここまで来たな。みんなのおかげだ。俺たちなら大丈夫!やってやろうぜ!」
レオンがみんなの士気を高める。ガルドやルナも笑顔で乗っかる。
「俺がついてりゃ安心だな。全員まとめて守ってやらぁ!」
「突っ込むにしても計画的に突っ込みましょう。私がいれば成功率百パーセントですね!よかったですね!」
でも、そんな余裕は、魔王の前に立った瞬間、握りつぶされてしまった。
レオンの剣を握る手が、爪が食い込んで赤く染まっている。
「よくぞ来た。」
魔王はそれだけ言い、足を組みなおした。
その重厚で威圧感のある声だけで、本能が逃げろと喚きだす。
「あぶない!」
突然頬に熱い液体がかかる。
振り向くと、ルナをかばったガルドが、胸を押さえて血を吐いている。
「ユリス!治癒!」
「……わかった!」
一瞬遅れたが、ガルドにありったけの魔法をかける。
あの速さの敵が今までいただろうか。
恐怖で震える脚を殴り、無理やり踏ん張る。
あれ、この世界で死んだら、どうなるんだろう?
いや、そんなこと考える段階じゃない。
俺には仲間がいる。
一緒にここまで来たんだ。俺は一人じゃない。
レオンを見ると、覚悟を決めたような、険しい顔をしている。
俺の視線に気づくと、こっちを向いて精一杯柔らかく、でも恐怖を必死に噛み殺したように笑った。
「俺が絶対倒してやるって。もしやられたら、ユリスが回復してくれよ。」
レオンは剣を握りなおし、目にもとまらぬ速さで魔王に向かって駆け出した。
その一閃が眩しくて、視界が奪われてしまう。
目を開けると、突然視界が鮮やかな赤色で満たされた。
何が起きたのかわからない。
時間が止まっている。耳鳴りが止まらない。
ただ、数歩先に、レオンの上半身が投げ出されていた。
「レオン?」
呼びかけたつもりが、声がかすれてしまう。
え?体が斬られて……。
いや、そんな──。
「レオン……?レオン、レオン!いや、イヤ、イヤイヤイヤ……!!」
ルナが悲鳴を上げている。
我武者羅に呪文を叫ぶ声が、静かな空間に響く。
ぐしゃり
という鈍い音とともに呪文が途絶え、沈黙に包まれる。
見ると、ルナの頭が、なくなっていた。
ああ、なんで。どうして。
「クソがぁッ!」
もうやめろ。もうやめてくれ。
ガルドも、あっさりと切り捨てられる。
ああ、だめだ。勝てない。
目の前が、白か黒かわからない。
ただ、吐き気が止まらなかった。
「蛮勇に興味はない。」
そう言って、転がったレオンの屍に剣を突き刺し、天に掲げる。
「やめろ……もう、やめてくれ……!もう傷つけないで……もう誰も……もう……!」
自分がどうしようもなく情けなくて、怖くて、涙で霞んでいく視界に、少し安心して、そんな自分も嫌で、もうどうしようもなくて。
「お前のような人間にも興味はない。死ね。」
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