8 次の街へ

 レオの衝撃の説明内容に考えをまとめられないでいる間に、小さな町に到着した。


 魔物避けの為か、町の周りには頑丈そうな背の高い石壁が張り巡らされている。閉じられた門の横にある小窓の奥には炎が揺らめいていて、レオが声をかけると見張りの老兵が中から顔を覗かせた。


 小声で二言三言交わすと、すぐに内側の鍵が外される音がする。レオに手を引かれつつ、重そうな門を潜った。


 門の先には、寝静まった小さな町並みが広がっている。老兵がフードを目深に被った俺を見て目を見開き、すぐに視線をレオに戻した。


「こんな夜更けに街道を抜けてくるなんてと思ったら、こりゃもしかして駆け落ちかい?」


 えっ!? と思わずレオを見上げると、レオは照れくさそうにフイ、と俺から目を逸らしつつ頷いた。


「ああ……私が仕えるお屋敷のお嬢様だ。私たちがここを通り抜けたことは秘密にしてもらえると助かる」

「おお、そうかいそうかい! 駆け落ちなんて久々に見たよ! しかもよく見るとあんた、とんでもない色男じゃないか! いやあ、若くて羨ましいねえ」


 老兵が「宿屋は真っ直ぐに行ってすぐ右にある所に行くといい。あそこなら夫婦でひと部屋使えるから」と親切に教えてくれたけど、俺は「えっ!? えっ!?」と戸惑いを隠せないでいた。俺、そんなに女に見える!? 赤毛の王子たちも間違えていたしさあ!


 レオは挙動不審な俺に顔を近付けると、「さあお嬢様、行きましょう」と言ってきた。もしかしてあるかもしれない追っ手の目を誤魔化す為なんだろうとはわかりつつも、いまいち納得がいかない。でも抵抗してレオを困らせたくもなかったので、無言のまま頷くに留めた。


 老兵に会釈をしてから背中を向け、歩き出す。繋がれたままの手に、レオが力を込めてきた。


「その……私のような者と駆け落ちなどと言われるのはお嫌でしたよね。申し訳ございません」


 どうやら、黙り込んでしまった俺の態度を見て「レオとじゃ嫌だ」と思われていると思ってしまったらしい。慌てて否定する。


「いやっ、違う、そうじゃないって! レオは全然嫌じゃないよ!? むしろレオに頼り切ってる俺を見放さないでねって思ってるくらいだし!」

「私がハヤトを見放すことなどございません。ですがとてもお嫌な様子でしたので……」


 レオの声が明らかに沈んでいる。わあああ! 俺が落ち込ませちゃった!? そんなつもりじゃなかったんだよー!


「違うってば! ほら、別に女の格好をしている訳でもないのに、こっちに来てから当たり前のように女に間違われるなってちょっといじけてただけだからっ」


 すると、レオが少し腰を屈めてフードの中の俺の顔を覗き込んできた。眩いご尊顔でそんなに見つめられると……照れるからーっ!


「ハヤトはとても神秘的で中性的なお顔をしていますからね。私自身、とても美しく思っています」

「ブッ」


 神秘的って……あれか!? アジア顔はなんかエキゾチックに見えるっていうあれか!?


 レオが柔らかい笑みを浮かべた。


「女神様と見紛うほどおきれいですよ」

「あ、う……そ、そう、なの……?」

「はい。とても」


 とんでもない美形に女神様って言われた! これって怒るところじゃないよな? でもありがとうもおかしい気がするし……あああっ! どう答えたらいいかわかんない!


 レオは前方に向き直ると、俺の耳元で囁く。


「ですが、お声は涼やかではありますが男性のものです。宿の者の前ではお静かにしていただけると助かります」

「わ、わかった」


 黙っておけと言われれば、そうするしかない。


 少し肌寒いくらいの夜風に当たっていると、レオと繋がれた手の温度だけがやけに高く感じられた。


 ◇


 無言で宿に向かいながら、先程レオが語った内容を思い出してみる。


 齢何百年という魔女は、日頃は実験を繰り返しているだけで、殆ど人と関わることはなかったそうだ。


 だけど今回レオの国にわざわざ交渉を持ちかけてきたのには、当然だけど目的があった。


 魔女が持つ属性は闇。人の道から外れ、半分は魔の力を取り込んでいる。彼女の目的は、闇属性と光属性をかけ合わせたらどの属性の子どもが生まれるか知りたいというものだった。果たして力は相殺されるのか、それとも両方を併せ持つのか。いかにも実験好きな魔女が考えることっぽい。


 レオの祖国を含む周辺国の願いは、フィヤード王国の手を借りずに魔物の脅威を減らしていくことだ。そして聖女として召喚された俺の力を借りれば、フィヤード王国に頭を下げなくても魔物を駆逐することができる。フィヤード王国にいいように使われる前に俺を助け出すことは、必須条件だった。


 熟考の末、レオの祖国の王家は魔女の提案に乗ることにした。魔女は黒目黒髪の絶世の美女に化け、召喚のタイミングに合わせて転移する手筈を整える。レオの役目は、本物の聖女である俺から赤毛の王子たちの関心をなんとか引き剥がして、代わりに魔女に向けさせることだった。


 赤毛の王子に追放されなければ俺を攫ってでも国外逃亡するつもりだったそうなので、結果オーライらしい。あの時のレオのあれは、迫真の演技だったんだ……レオってば意外と策士?


 召喚陣の紋様を入手済のレオの祖国では、聖女召喚の準備が着々と進められていた。召喚陣に魔力も注ぎ終わっていて、後は呪文の入手待ちの状態だったそうだ。


 つまり、召喚陣はいつでも発動できる状態ってことだ。ひょっとしたら、この魔力を使って元の世界に戻すことも可能かもしれない。


 これについては、さっきレオが言っていた。「先程の騒動で密かに入手しました召喚にまつわる魔導書の中には、恐らくはハヤトを元の世界に送り返す方法も明記されていることでしょう。祖国に到着しましたら詳しく調べさせますのでご安心下さい」と。


 いつの間に魔導書なんて入手してたんだと思ったら、召喚が成功して浮かれた赤毛の王子が雑にその辺に置いたのをこっそり懐に忍ばせていたんだって。手のひらサイズの古めかしい本がレオの胸元にしまわれているのを見せてもらった。いつの間に。


 とにかく、俺にはまだ自分の世界に戻れる可能性がある。その前にレオの祖国にいるアルファの人と協力して魔物を浄化しないといけないけど、フィヤード王国に残り続けていたらよくて飼い殺し、悪けりゃ斬り捨てられていたことを考えると、遥かにいい状況だと思う。


 どうして俺が聖女に選ばれたのかとか、何をすれば浄化できるのかはわからないままだけど、とにかく今は早くフィヤード王国から出るのが先決だ。魔女の嘘がいつどこでバレるかは未知数だもんな。


 だから俺は、これ以上はグダグダ言わずに素直にレオの指示に従うことにした。こうして俺に包み隠さず話してくれるレオは信用できるし。それになんて言ったって、俺の命の恩人だからさ。


 ちなみに「レオももしかしてアルファ?」と尋ねたところ、やや言いにくそうに「私の中には僅かながら祖国の王家の血が流れておりまして。ですが、今回間者に抜擢されたのとは無関係です」と教えてくれた。


 詳しく聞こうと思ったけど、レオが聞かれたくなさそうだったので控えた。育ってきた環境のお陰で、俺は割と空気を読むのが得意なんだ。


 人には言いたくないことだってあるもんな、うん! と納得したところで、宿屋に到着する。レオがドアをノックすると、しばらくして中から応答があった。


「――はい?」


 ガラス窓にかかっていたカーテンが揺れ、中年男性の顔が覗く。ものすごく怪しんでいる顔だ。


「門番の兵士に、夫婦で泊まるにはこちらの宿がいいと勧められたのだが」


 男がレオを見た後に俺を見る。目が合った途端、強張っていた表情が柔らかいものに変わった。……まさか俺のことを女だと思った? え、また?


「街への到着が遅くなってしまい申し訳ないが、今夜一泊泊まりたい」

「――ああ、丁度ひと部屋空いてますよ」


 宿の男はそう言うと、俺たちを中に招き入れてくれた。


「先払いですが」

「承知した」


 レオは懐から財布を取り出すと支払いを済ませる。全て硬貨だ。紙幣は流通してないのかもしれない。思ってみて、頭ではとうにわかっていた筈なのに、改めて自分がいた世界じゃないんだと少なからずショックを受けた。


 宿の男が俺たちを先導する。


「こちらになります」

「ハヤト、行きましょうか」


 喋るなと言われている俺が無言のまま頷くと、レオは少し気の抜けたような笑みを浮かべたのだった。

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