7 間者

 レオは緊張の面持ちで口を開いた。


「以後長い歴史の中で、世界はその後も度々魔物の脅威に脅かされました――」


 初回以降は女神の神託はなかったものの、人々は経験を元に、危機が訪れる度に光と聖なる力を持つ者双方を探すようになった。


 次第に人々は、『光の力を持つ者』を何より優れた存在という意味で『アルファ』と、『聖なる力を持つ者』を慈しみの存在であり対なる真逆の存在として『オメガ』と呼ぶようになる。


 アルファの特徴は、見目麗しく体躯が立派で、飛び抜けて優れていること。魔物に近付くと武器が光を宿し、圧倒的な強さで魔物を退治できる存在だ。


 すると各国の王家は、積極的にアルファの血を血統に取り入れていく。何故なら、アルファの血は次世代に引き継ぐことが可能だったからだ。


 多少血は薄れようとも、光の力を持つ存在が王族にいれば、有事の際オメガを見つけるまでの間は持ち堪えることができる。それ以外には、王家に優秀な血がほしいという我欲もあった。要は権力一点集中ってことだ。


 だけどオメガは違った。アルファとの間に子どもをもうけても、生まれてくるのは必ず光の力を持つ子どもだけ。アルファ以外の普通の人間との間に生まれた子どもにも、聖なる力は引き継がれなかった。


 だから魔物の脅威に脅かされる度、アルファはいちからオメガを探さなくちゃならなかった。その為、捜索は毎回難航したそうだ。


 その最大の理由が、オメガの特徴があまり目立つものじゃなかったから。


 オメガの特徴は、まず第一に癒やしの力を使えること。それと、必ず黒目黒髪の持ち主なことだけだった。……確かにそれだけじゃ目立たないかも。隠れようと思えば隠れられてしまう。


 なお、俺のような黒目黒髪を両方持つ人間は、こっちの世界ではとても珍しいらしい。見つかる場所も毎回バラバラだから、推測も立てられないんだとか。要はアルファとは違って規則性がなく、完全なアトランダムってことだ。なんでだろう?


 その内「ならば有事に召喚できるようにしたらいいじゃないか」ということになって、当時一番権力を持っていた国の王様が、世界の有名な賢者や大魔法使いを金に物を言わせて招集。国が費用を全額負担して長年の研究の末に作り上げたのが、さっきまで俺たちがいたフィヤード王国の王城内にある召喚陣なんだって。へー。そうですか。


「召喚陣を保有し更に召喚方法を知っているのは、フィヤード王国の王家のみ。その為、有事の際に他国はフィヤード王国に多額の依頼金を払い聖女召喚を頼んできた経緯があります」

「うわあ」


 思い切り嫌そうに言ってしまった。だってさ、他の人の生死が脅かされて困ってるとわかった上で、足元を見て依頼金を要求するんだろ? しかも聖女はどこか別の場所から連れて来られるから、俺みたいにフィヤード王国の人じゃないこともあるだろうに、単に自国の政治利用の為に呼び出されるなんて「おいおい」しかない。


 ここでふと、すでに名前も忘れてしまった赤毛の王子が言っていた言葉を思い出した。


「なあレオ」

「はい、なんでしょう」

「あの赤毛の王子が伴侶だのなんだの言ってたのはどういうこと?」


 レオがあくまで生真面目そうな表情で答える。


「アンリ殿下は、微量ながらも光の力を持つアルファです。他の御兄弟もいらっしゃいますが、今代では彼以外は全員光の力を受け継ぐことができませんでした」

「へえ」


 そうそう、確か名前はアンリだったっけ。忘却の彼方だったよ。大したイケメンでもなかったけど、あの王子ってアルファだったんだ。むしろレオのほうが余程格好よくて完璧に見えるけど。


 ふと、隣の整った横顔を見上げる。


 ……あれ? そういえばさっき、レオの剣って光ってたな? ……ん? んんん? どういうこと?


 俺の中に生まれた疑問を残したまま、レオは話を進めていく。


「魔物の数が年々増えているのもですが、実は彼らが聖女召喚を試みた最大の理由は、召喚したオメガを後宮に封じ、孕ませ続けて再び強力なアルファをできるだけ多く生ませる為でして……」

「ええ……嘘だろ……。何、そのオメガを道具にしか考えてないような理由」


 しかも、後宮。中華なイメージだったけどこっちの世界にもあるのか。というか――。


「後宮ってことは、お嫁さんはひとりじゃないの?」

「アンリ殿下には、すでに正妃と公妾が複数名……」


 レオの表情は暗い。後ろめたさ満載だ。


「こっちの世界って一夫多妻制なの?」


 レオがブルブルと首を横に振る。


「ち、違います! 一夫一婦制です! 王族はその、血を絶やさない為に例外的にですねっ」

「うわ、ないわー」


 あからさまに嫌悪を顔に出して言うと、レオが頭を下げてきた。


「申し訳ございません」

「いや、別にレオが謝る必要はないけどさ。でも納得だよ。道理であいつらは俺が女であることに拘っていた訳だよな」

「……」


 俺の言葉に、何故か黙り込むレオ。うーん、こりゃまだ何か事情がありそうだな。


「でもさ、あの時いた聖女は聖女役って言ってただろ? あんな厭らしそうな王子の元に残してきちゃって大丈夫だったの?」

「ええと、それはですね……」


 レオの表情が更に気不味そうなものに変わっていくんだけど。俄然気になる。


「レオ? 教えてよ」


 レオに握り締められた手をクイクイ引っ張ると、レオが眉を八の字にしてた。


「レオ?」

「……実は私は、隣国のシュタール王国――フィヤード王国から見たら敵国の出身でして」


 ん? 突然話が変わったな。


「以前より、フィヤード王国のみが聖女召喚を行える状況がそもそも怨嗟を根絶できない原因ではないかと囁かれておりました。魔物の脅威の拡大を止めるも放置するも、彼の国の思惑ひとつですしね」

「うん……?」

「そこで周辺国首脳が集い、フィヤード王国に交渉を申し出ました。しかしフィヤード王国はこれを拒絶し、結果として現在の一触即発の状況に陥ってしまったのです」


 そういえば、赤毛の王子に国外に行けと言われた時に、国外に出るのは死ねと言ってるようなもんだとかレオが言ってたな。あれはこういう意味だったのか。


「もう長いこと、この世界にオメガの存在は確認されておりません。原因は、フィヤード王国が他国の光属性の王族に召喚陣を使わせないことにあります」

「ええとごめん、どういうこと?」

「フィヤード王国には、長年光属性を持つ子が生まれてこなかったのです。アンリ殿下は、ようやく生まれた待望のアルファ。ですがオメガを呼び寄せる為には、膨大な魔力が必要となります。微弱な力しか持たない彼が光の力を召喚陣に注ぎ切るには、何年もの時を必要としたのです」


 つまりよわよわアルファだったってことか。わかったという意味で頷く。


「この世界は長年、魔物の脅威に晒され続けています。ですが、周辺国にはかつてアルファの血を取り込んだ王家も残っております。私の祖国シュタール王家もこれに該当する為、長年の遺恨は忘れ召喚陣に力を注ぎ入れる協力を申し出たのですが……残念ながら断られました」

「なんでまた」

「フィヤード王国側の権威が我が国に奪われることを恐れたからでしょう」

「うわあ」


 世界の平和より自国の立場かよ。放っておけば人が死ぬんだよ? そこはぐっと堪えて協力を――なんてならなそうだな、あいつらじゃ。


 俺の脳裏に、自分勝手なことばかりほざくおっさんたちと人を軽蔑の眼差しで見てきた赤毛の王子の姿が過った。赤毛の王子が顔のいいレオを嫌っていた理由って、アルファとして劣っている劣等感なんじゃ……。


 重々しくレオが続ける。


「しかし、魔物の勢いは増すばかりです。そこで我が祖国は策を練りました。間者を紛れ込ませ、召喚にまつわる情報を集め、自国で新たな召喚陣を作成しオメガを呼び出そうと考えたのです。――その間者が私です」

「えっ!?」


 驚いて声を上げた。つまりはスパイ!?


「私は騎士見習いとしてフィヤード王国に潜入。数年の訓練を経て騎士団に入団し、殿下の専属護衛騎士となりました。殿下は召喚陣に力を注ぐ時は周囲への注意が削がれておりましたので、その間に召喚陣の紋様を詳細に書き写すことは比較的容易な作業でした。そのようにまとめた情報を、祖国へ流したのです」

「そう……だったんだ」


 リアルスパイだよ。この真面目そうなレオがよくできたな、と明後日な方向で感心してしまう。


「光の力は、我が国の王族のほうが強い。ですから後は召喚の呪文さえ入手し次第速やかにこちらを去る予定だったのですが――予定が狂いました」

「なんで?」

「アンリ殿下は陛下にお尻を叩かれ、連日疲れ切って倒れる寸前まで力を注ぎ始めたのです。その為、想定以上に早く発動に必要な魔力が溜まってしまいました」


 レオが一旦息継ぎをして、言った。


「これ以上フィヤード王国に権力を持たせては、世界は崩壊の一途を辿ります。そこで召喚された聖女様を奪う計画を練っていたところ、とある魔女から話を持ちかけられたのです。――自分が聖女に化けるから協力しろと」

「はあ?」


 俺の目が、目一杯見開かれた。

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