元魔法少女は怪人との交渉役
Seabird(シエドリ)
元魔法少女は怪人との交渉役
「お掛けになってください」
俺は優しい声をかけられた。ここは見知らぬ部屋の中だ。
ヒーローによる攻撃、違うな、ヒロイン……魔法少女か。
「もっと可愛い衣装を着た方が、人気が出るぞ」
嫌味を言いながら、俺は椅子に座る。
電源の入っていないディスプレイにミーティングテーブル、そして対面に置かれたオフィスチェア。
どこかの会議室に俺は転移させられたらしい。
「誤解されているようですが、私は魔法少女ではありません」
俺が座るのを待ってから、目の前の女も座った。特徴のないモブ顔は幼く見えるが、スーツを着こなす普通の大人だ。
敵意はないようだが、気を抜かず、脱出方法を探ろう。まずは、この状況を把握する。
「俺はアジトに居たはずだ」
「この度は用件をお伝えさせていただきたく、誠に勝手ながら……」
女は癪に障る笑顔で話す。感情が見えない。
「その作り笑いを今すぐにやめろ。殺すぞ」
俺はテーブルに足を上げ、女の喉元に作り出した刀を突きつけた。能力の制限はされていないようだ。
「お望みでしたら」
女が笑顔を辞め、無表情になった。まだ敵意は感じない。
「さっさと用件を言え。俺は忙しいんだ」
俺は椅子に座り直し、右手に刀を持ったまま女を睨みつける。
「はい。端的に言いますと、この度の首都制圧計画の日程を調整していただきたいのです」
女の言葉に俺は、表情こそ崩さなかったが少し驚いてしまった。
首都制圧計画は、俺の組織でも幹部しか知りえない情報だ。幹部たちの行動は全て把握している。目の前の女は誰から知った?
「いえ、誰も裏切っていませんよ。優秀な幹部の方たちです。ご安心ください」
どこまでも見透かすような視線が俺を貫いている。
最強の怪人に対し冷静なその様相を見て、俺は一つの仮説を立てた。
「機関の者か。命知らずだな」
俺は目の前の女を哀れんでしまう。
噂話程度で聞いたことがある。この国には対怪人の秘密情報機関があり、自分の命どころか存在まで犠牲にし、職務を全うする狂人たちがいると。
「話を続けます」
「ああ、続けろ」
肯定も否定もない。当たり前だ。
機関に属している者は、一切の痕跡を残さない。追及しても無駄だということだ。最悪、自害を選ばれかねない。
俺はこの状況を理解し始め、冷静さを取り戻した。
おおよそ、精神操作系の能力者に幹部の誰かが心を読まれたのだろう。機関の関与はある程度予想出来ていた。直接の接触があるとは思わなかったが。
「では、あなた様の計画は少しばかり遅らせることが可能でしょうか? こちらといたしましても、日程の調整が必要ですので」
「承諾するはずがないだろ。俺は怪人だ。止めたければ力ずくで来い」
「私はあなたを怪人だとは思っていませんよ」
女の表情が一瞬だけ変わった気がした。優しさを含んだ柔らかさを、確かに感じた。
俺は人の感情に敏感だ。
だからこそ、彼女の本心から出たその言葉と表情を予想することはできなかった。
「なぜそう思った?」
「皆さま、特殊な能力を持ってしまっただけの人間です」
「人間、か……」
どこかの研究所で生まれてしまったと言われている最初の能力者。それを皮切りに、世界中に不思議な力を持つ者たちが増えた。
善人にも悪人にも、平等に能力は宿った。俺は、悪人側だ……
「気に入った。殺さないでやるから、気楽にいけ」
俺は手に持っていた刀を消し、後頭部で両手を組む。隙だらけの体勢で笑顔を見せる。
「ありがとうございます。では、お願いの理由を詳しく話しますね」
彼女の口調が少し砕けている。それでいい、そっちの方が人間らしい。
それからは、和やかな雰囲気で話が進んだ。
結局のところ、俺の計画は筒抜けだった。だが機関は、俺と俺の組織の規模と実力を鑑みて、対処を”被害の軽減”に決定したようだ。
交渉というものを成功させるには、目的の明確化、事前の情報収集、そして代替案を含めた妥協点を作ることが重要だ。
悪の組織といえど、組織のトップを務めている俺もよく理解している。
その点、目の前の彼女は交渉役として完璧だった。
「俺はかなり無理なお願いをしてるんだぜ? よくそんなに冷静さを保てるな」
彼女は傾聴力があり、決して感情的にならない。普通の人間なら、怪人に対して怒りの感情を隠そうともしない。
「いえいえ、無理なお願いをしているのは私のほうですよ。日程調整の件、本当にありがとうございました」
彼女は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「まあ気にすんな、お互い様だ」
俺も立ち会がり、右手を差し出す。
柔らかい手のひらの感触だ。彼女に戦闘は似合わない。
俺の計画は、1週間ほど後ろ倒しになった。相手も馬鹿じゃない。ヒーローやヒロインを集められるだけ集めるはずだ。それでも、俺にはそれ以上の利があった。
俺は今後、国が管理する能力者のリストにアクセスすることができる。
これで計画が失敗しても、あのクソ野郎を探し出せる。
どうせこの計画も、それが目的だ。
「機関もすごいな。俺の真の目的まで知っているとはな」
別に首都制圧など興味がないが、中止となっては部下に示しがつかない。組織運営も大変なのだ。
「私も話を聞いたときは驚きました。そんなに悪い人間がいるなんて……」
「まあ、世の中そんなもんだ。どこにでもクソみてーなやつはいる」
「そうですね。あなた様が良い人でよかった。一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「いまさら一つぐらい構わない。言ってくれ」
「ありがとうございます」
彼女は再度頭を下げ、書類の束から数枚、顔写真の付いた紙を抜き出した。
そして、それらを俺に手渡す。
「こいつらは……有名どころのヒーロー様にヒロイン様じゃねーか。こいつらがどうした?」
メディア露出も多い実力者の面々が、詳細な能力の情報と共に書かれている。
「この方たちを消してください」
女の冷酷な声音が場の空気を凍らせた。
言葉を失う俺をよそに、女は続ける。
「私は魔法少女や能力少年が好きです。若さゆえの正義感がとても美しい。しかし、成長はどうして彼女らを醜くするのか……残念ですが、ヒーローやヒロインの中には、人間の道を外れた者たちが多くいます」
誤解していた。俺はこの女の本質を見抜けていなかった。
「あなた様なら、可能なはずです」
背筋に冷たいものが走る。俺の感情が恐怖に染まる。
書類から目線を上げ、女の優しい微笑みを見た瞬間、俺は刀を握る。
「なにか気に障ることでもありましたでしょうか? それでしたら、お詫び申し上げます」
女が深々と頭を下げる。
気がついたら俺は、刀を振るっていた。
「はあ……はあ……くそっ!」
機械類が全て取り払われた廃工場内、殺風景な空間。
場所が変わり、元居たアジトに俺は立っていた。
「こいつを生かしてはダメだ!」
俺は”人間”の感情に敏感だ。
だから、どうしても、目の前の生首が人間だとは思えない。
反対側を向いていた生首が独りでに動き、俺を見て口を開く。
「うーん、何がよくなかったのかな……後学のために教えてくれる?」
「お前は……」
生首の表面が溶け、中から別の顔が出てきた。
彼は、俺の部下だ。絶望の表情を貼り付け、苦しみの中で絶命している。
戦闘力だけは高かった奴だが、しくじったようだ。
自分が部下を斬ったという事実に関しては動揺することがない。元々こいつも悪人。全ての計画が終わったら消えてもらうつもりだった。
遠くからヘリコプターの音が聞こえる。俺は動かない。
やっと理解した。
あの交渉は時間稼ぎだ。あの女は俺の部下に何らかの能力を使い、俺を”この場”に足止めをしていた。
廃工場の天井が壊れ、誰かが落ちてくる。
「プランB……面倒だな。私は移動系の能力を持っていないから、遠出は勘弁」
全身黒色の衣装は、フリルであしらわれているが、禍々しい。
首から下げたネクタイから、それがスーツであることが分かる。
本来可愛らしいはずの魔法少女の衣装が、無機質な大人の礼装に侵食されている、そんな様相だった。
「欲を出してゴミ掃除までさせようとしたのがダメだったか。二兎追うものはなんとやらと」
女は顎に手をあて、反省をしている様子だ。俺が本気の殺気を出しているのにも関わらず、こちらに視線すら向けようとしない。
「お前の正体はなんだ? その顔も偽物だろ」
「そうだね」
俺が声をかけて、女はようやく意識を空から外した。
ヘリコプターの音が遠のいていく。まるで何かから逃げるように。
「ねえ、犠牲になってくれない?」
その問いに俺の答えは必要がなかったようで、目の前から女が消えた。
瞬間、俺は生み出した刀を天に投げた。
空中に浮く刀を起点に、四方八方に無数の斬撃が飛ぶ。
それは廃工場内の”全て”を斬り裂く。
瞬きをする隙すらない時間の後、瓦礫の山ができあがった。
体に覆いかぶさっていた細かな鉄板をどかし、俺は晴れぬ土煙の中でゆっくりと起き上がる。体に付いていた衣類だったものが、風にあおられ飛ばされた。
「替えの服、どこに置いてたっけな」
空を見上げながら、俺は呟いた。
気分が悪い。自分の身体が切り刻まれただけでは、こんなに最悪な気分にはならない。
俺は近くに散らばっているはずの肉片を探すため、辺りを見渡す。
金属、木材、コンクリート、ガラスにゴム……全てが均一の長さで裁断されていた。
もうここに俺のアジトはない。廃棄物の最終処分場のような土地には、陽と風が通っているだけだった。
俺は自嘲気味に笑ってしまった。自爆技なんて、怪人の十八番だ。
俺の能力の一つは斬ること。正直に言って、詳しいことは俺にも分からない。
幼いころ能力を制御できなかった俺は、周りから恐れられ、家族にも捨てられた。
「本当に、怪人だな……」
こんな悪人の唯一の友達を殺した能力者を、俺はずっと探している。
視線が辺りを一周する前に、俺は違和感に気づく。
あの女は、気配を消す能力、または俺の認識を操る能力を使ったはずだ。
俺が投げた刀は平等で、俺含め全てを攻撃した。だから、俺が操られて、無意識の内に斬撃の軌道を女から逸らすということはない。
女が言っていた『移動系の能力は持っていない』という言葉に嘘はなかった。攻撃の範囲外に逃げたという可能性は考えにくい。
「……今日は何日だ?」
空を見上げ、俺は自身の過ちを認識した。
──太陽の軌道が、
そうか、俺は操られていたのか。
現実を直視した時、俺の視覚は正しい情報を拾ってくる。
周りに散らばっていた瓦礫は血肉へと変わり、一面が血の赤へと覆われていた。
全ての記憶が鮮明になる。
今日は首都制圧計画の前日。協力関係にあった他の怪人組織、その代表たちが集まる会合の日。
「会うのは代表だけって、言ったじゃねーか……」
やはり怪人、誰も何も信用できない。
広範囲に広がる死屍累々。俺は再度自嘲気味に笑う。
どこからともなく現れた女がゆっくりと歩いてくるが、俺は気にせず無抵抗に意識を手放した。
「お疲れ様です」
俺は優しい声をかけられる。ここは見知らぬ会議室。目の前には女が居る。
「これは?」
深々と座っている俺の目の前、テーブルには一枚の紙が置かれている。
「契約書です」
俺は書類に目を通し、そのまま署名をした。
「あの交渉に意味はあったのか?」
「はい。条件が合えば、あのまま締結するつもりでした。私の欲が招いた結果を、お詫びいたします」
本来ならば、あの場で解放された俺が、他の怪人組織を説得する手筈だったのだろう。
機関にとっての目的は計画の延期などではなく、”特定の能力者の排除”または”怪人組織の殲滅”。
どちらにせよ、俺はただの駒だったのだ。
「そうか……最後に聞かせてくれ。あんたが望む世界はなんだ?」
「効力の発生まで少し時間が必要ですので、雑談程度でしたら」
「ああ、構わない」
女は少し考え、話し出す。口調は軽く、言葉には意思が籠る。
「私は魔法少女ですよ。”元”ですけどね。昔は片っ端から怪人と呼ばれる人間を狩っていました。しかし、気づいたのです。その怪人様が居る世界のほうが平和ではないか、と。知ってます? 昔の人間は国同士で戦争をしていたみたいですよ。人間は愚かで、怪人がいなくても結局敵を作ってしまう。ですので、私は怪人の方々と協力して、世界の敵になってもらって、この楽園をより良いものにしようってだけです」
似たような話を聞いたことがある。遠い昔の記憶だ。
「雑談ついでに、昔話をしましょう」
俺の考えを読み取ったのか、彼女は続けた。
「昔、私は自分の痕跡を消すために、死を偽造しました。その時、近くに居た女の子に現場を見られてしまいました。彼女は強すぎて、そしてあの頃の私が弱すぎて、記憶を改ざんすることができませんでした。だから、彼女の精神状態に都合が良い記憶を付け足すことにしました」
女の顔が溶け、本当の人物が現れる。
俺は彼女の正体を見て、不思議と驚かなかった。
「彼女は友達だった。女の子なのに一人称が”俺”というカッコイイ子だった。彼女には正義の魔法少女になってほしかった」
まただ。また、彼女から優しさを感じた。
これが本当なのか嘘なのか、もう俺には分からない。
「ごめん、封印させてもらうよ。綺麗な世界で、また会おうね」
効力が発生し、俺は契約書に吸い込まれる。
無意味だった人生の最後で、俺は世界の黒幕を知った。
怪人との交渉役であり、世界平和を願うだけの
元魔法少女は怪人との交渉役 Seabird(シエドリ) @sea_bird
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