第4話 裏切りよりも速く



◇◆◇


 目を開けた瞬間、タタルは自分の呼吸が浅くなっているのに気づいた。


「……また、ここか」


 夜の路地裏。石畳の隙間から、小さな虫が這い出ている。

 傍らには、三つ編みの少女――リン。


 彼女はいつものように小さな焚き火をいじりながら、軽い口調で言った。


「ねぇ、お兄さん、あんたも連れてこられたの?」


 まったく同じセリフ。

 声色も、間の取り方も。


 ……だが、タタルはもう笑わなかった。


 先の世界線で、リンに背中を刺された“あの痛み”が、背骨に焼き付いている。


(信じるな。殺されるぞ。先にやれ。先に、殺せ)


 心の中で、何度も繰り返した。


◇◆◇


 翌日、盗賊団の野営地。

 リンは今日も普通に振る舞っていた。

 タタルに笑いかけ、冗談を飛ばす。


「お兄さん、今夜逃げるの、どう? 昨日の話、まだ……」


「いいぜ」


 タタルは笑った。嘘の笑顔。

 未来が確定しているからこそ作れる、“殺しのための演技”。


---


 その夜。

 林の中、二人きり。

 道の先には、森を抜ける小さな切り通し。


「じゃあ、あとはこの先を抜けるだけ――」


 リンが振り返る。

 その瞬間。


スッ……ッ!!


 何も言わずに、タタルは剣を抜き、リンの首を斬った。


 一歩も、踏み込んでいない。

 だが、リンの視界に入る前に、斜め上から真横に

――"予備動作ゼロ"の斬撃だった。


 リンの瞳が驚愕で見開かれる。


「……え?」


 声も漏らさず、彼女は崩れ落ちた。


◇◆◇


 夜の森に、静寂が戻る。


 タタルは剣をゆっくりと鞘に戻しながら、無言で血を拭った。


(心が痛まない……わけがない)


 だが、それでも「死ぬよりはマシ」だった。


 信じて刺されて死ぬより、信じずに殺す方が、まだましだった。


 その時、ふと背後に気配を感じる。


 ――カサッ。


「誰だ」


 タタルが振り返ると、そこには盗賊団の偵察役の少年がいた。

 彼は恐怖に顔を引きつらせていた。


「お……お前……リンを……!?」


 タタルは考えた。

 殺すか? このまま、死人を増やすか?


 だが――


「……見逃してやる。誰にも言うな。

 じゃなきゃ、お前を未来で、俺がまた殺す」


 少年は真っ青な顔で頷いた。


◇◆◇


 その夜。タタルは誰とも会話せず、焚き火の煙の向こうを見つめていた。


 リンの死体は森に埋めた。

 石一つ置かなかった。墓標すら不要だった。

 だって、彼女は次の世界線でまた人の命を奪うのだから。


 それでも、タタルの心にぽっかりと穴が空いた。


(これが……人を信じることの、結末か)


◇◆◇


 翌日、盗賊団は村を襲った。

 だがリンがいないことで、連絡係が乱れ、作戦は崩壊。

 タタルはあえて少し遅れて参戦し、内部から作戦を潰した。


 焼け落ちる村の中、タタルは誰も救わなかった。


 あえて、何もせず見ていた。

 救っても、殺されるのなら――もう、感情を削るしかない。


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