第6話 最強のバディ

通りを歩いていると、角にあるカフェに到着した。

司牙は、百合のためにデッキのある二階席へ向かった。そこは、この世界が少しでも遠くまで見えるような場所だった。


「あとは筆記用具と.....そこら辺は持っているんだっけ」

「そうですね、こっちにきた時の荷物としては、幸い学校のカバンなので」


二人はまるで親子のような会話をした。


(ねえ、ここで聞いていいかわからないけど、司牙君のこと見えてたんだ)


魅鬼は百合に椅子を近づけて、周りに聞かれないよう注意しながら耳元で話し始めた。


(そうなんです、自覚はなかったのですが)

(百合ちゃんみたいに、他に見える人って多いの? “ここ” の事の存在も知ってるの?)

(どうでしょうか.....)



魅鬼はひとまず、自席に姿勢を正して戻った。


「百合はずっと寝ていたし、僕の部屋を物色して忙しそうだったから、ほとんど何も知らないんだ」


意外にも娘の行動が気になっていたようだった。それを聞いた魅鬼は、百合に「へぇ」というような顔で見つめた。百合は子供っぽい行動をしたことに恥ずかしくなった。


彼はコーヒーを一口吸って、続けた。


「一気に理解しようとすると難しいけど、僕も百合も魅鬼も同じさ」


司牙の言葉に、二人は思わず顔を上げた。

その瞬間、異なる二つの存在が一つになった瞬間だった。



お待たせしましたぁ、パフェをご注文のお客様は——

魅鬼は手を挙げた。


「他にもいるんですか? お父さんみたいな仕事してる人って」

「どうかな?」

「多分、任せられたとしても言えないんだと思うよ」

「そうなんですか......そのくらい秘密任務なんですね」


百合はコーヒーをスプーンでかき混ぜ、苦い渦を眺めていた。


「苦い?」

「いえ、美味しいです」

百合は暖かいコーヒーに角砂糖を落として、一口飲んだ。


「因みに私は、甘党だから角砂糖4つ入れてミルクも半分入れるんだ〜」

「それコーヒーじゃなくてもいいんじゃないか?パフェもあるんだし」

「甘いのがいいんじゃよ〜。百合ちゃん一口どう?」


そう言ってパフェを長いスプーンですくいあげると百合の口まで運ぶ。彼女は遠慮するが、せっかくなので、と味見させる。ピンク色のアイスはイチジクの味がした。

「とっても冷たくて美味しいです」

魅鬼はすごく嬉しそうだった。


「そこで私たち警察は、そういう人達が “そっち” の世界に行かないように見張ってるわけ。向こうのことは司牙君くらい凄い人じゃないと貰えない仕事なんだけどね」



強盗だ!!!



雰囲気を一気に引き裂くような言葉が大声で聞こえてきた。

3人がいたカフェの下の階で、強盗があったようだ。

それを聞いた周囲の呪人はザワザワしはじめた。


「嘘でしょ、こんな時に......司牙君どう?」

「僕は後方支援する。とりあえず安全の確保をしてくれ。そしたら合図を」


「おっけー! 百合ちゃん、危ないからここで司牙君と一緒にいてね」


二人は、仕事モードに切り替わった。


魅鬼はカフェにいたお客さんを落ち着かせるため誘導に入る。そんな彼女は、かっこよく見えた。


「百合、僕から離れないで」

司牙は彼女の肩を自分に引き寄せた。


魅鬼は応援に駆けつけた警察官と共に周囲の人達、スタッフを誰1人余すことなく周囲の建物に避難させ、誘導する。


安全確保!


後方支援用意!


「皆さんそこから動かないで!」


魅鬼の力強い声が、パニックで気が動転している人たちを一気に沈める。


騒ぎが落ち着いたタイミングで、司牙は彼女の合図と共に、彼は手を前に出した。


「後方支援準備」


百合は状況がわからず、2人がしていることをただただじっと見つめているだけだった。


彼女が質問するまもなく、地面から無数の骨が、店の入り口をフェンスで封鎖する。


それを見て驚きを隠せなかった。


——これが彼の能力だろうか。


「よし、これで全員かな」


司牙の合図を横目で確認した後、魅鬼の前に3人の服面が彼女に近づく。


「大人しくしなさい。そちらに敵意がなければ、危害を加えません。持っている武器と盗んだ物を捨て、両手を見せて、こちらに向かって歩きなさい」


大柄の男たちが、魅鬼の方へゆっくり向かっていく。彼女は、真剣な眼差しで3人の様子を伺っていると1人の男が、大きなバットをすごいスピードで魅鬼さんに振り下ろし、突っ込んだ。

凄い砂埃が魅鬼の周りを囲う。


——はっ....


百合は焦りで声を漏らす。しかし隣にいる司牙は、まったく動揺していない。


「魅鬼君の能力も見れそうだね」


長年の信頼なのか、なんだか嬉しそうだ。


砂埃の切れ目からキラッと光が走る。


重い金属がぶつかる鈍い音が、静まり返ったストリートに響き渡る。


埃が静まり——そこに立っていたのは、魅鬼だった。

鬼が金属バットで、男の武器を防いでいるという豪快な姿。


あれではまるで、鬼に金棒ではないか。


「百合は、角のリングをみた? それが彼女の代々伝わる武器になるんだよ。あれを外したら最後、彼女に喧嘩を売ってはいけない、彼女に勝てる男はいないからね」


改めて思った。なんて彼女は勇敢で本当にカッコいいんだ。

男が迷うことなく魅鬼に襲いかかるが、金色のバットを前にして、男たちはあっけなく撃退される。


武器から手を離した瞬間、司牙は骨を檻のようにして3人の身柄を確保した。



後から聞いた話だが、今回の出来事で負傷者はゼロ、もちろん襲ってきた3人も無傷だったという。


司牙は百合を座らせ、電話で上司に報告する。百合は初めて父の仕事姿を目の当たりにした。2人ともすごく勇敢で心強い、最強のバディだ。



一時を終え、彼らが戻ってくると、百合は二人の姿に拍手を送ると、2人は照れていた。



帰りの車内では、2人の勇姿に百合の胸の鼓動がまだ高鳴っていた。


「魅鬼君、今日は本当にありがとう、百合のために色々手伝ってくれて」


「百合ちゃんどんな人だったか見てみたかったからよかったよ。途中怖い思いしちゃったね、ごめんね」


「いいえ! 今日ほんと2人ともすごかったです!」


まるでドラマのワンシーンのような、貴重な体験をした。


二人の調べによると、この時期は晴れの時期とも重なり、高価な物が売られるため非常に狙われやすい。その後に署で事情聴取、強盗未遂として現行犯逮捕となった。


すると魅鬼は、夕焼けで光る金色のリングを触る。


「もう気づいてるかもしれないけど、私、鬼属なの。鬼に伝わるこの金棒は、私自身、男兄弟がいて末っ子でさ、兄ちゃんたちに無理やり稽古つけられて叩き込まれてきたんだ。鬼は生まれ持った身体能力の高さから、喧嘩は負け無しが当たり前みたいな。野蛮って言われたらそりゃそうなんだけどね。今はみんなのためにこの力を使っているの。学校でいじめられたら言ってね! 私すぐ飛んでいくから」


「それは聞きずってならないな。僕が出るよ。だって父親だから」


2人の実力は十分伝わったので、百合は波風立たぬよう大人しく生きることを誓った。


「司牙君の骨は凄く硬くて、意志も固い。 “折れた” ことないんだっけ」

「いや、一度だけある。それからは硬いだけじゃなくて柔軟性も必要なんだって先生に教わったよ」


彼らの属を交えた会話は車内を盛り上げる。百合はラジオのように心地よく聞いていた。


「すみません、属ってなんですか?」


娘の質問に、父は丁寧に解説を始めた。


「この世界はいろんな種属がいるんだよ。一度に説明するには多すぎて難しいけど、これから入学する霊殿学院には、貴属種がいるんだ。たとえば黒羽<くらはね>属。あそこは家柄を大事にしているからね。昔は酷かったよ。お嫁さんは向こうが全部選ぶとか、男の子を産むようにされるとか......」

「今は考え方が変わって来たみたいでホント良かったよね。でも今でも、鋭い前歯の大きさで序列が決まるとかなんだとか」


「あの、鋭い前歯って、吸血鬼のことですか?」


彼は何かに気づいたようで、路肩に車を停めた。


そうだ......百合は人間なんだ


魅鬼も慌てて司牙の顔を見た。


「もしかして、その黒羽属っていうが、事件に関係が?」



「断言は勿論できないけど、もしかしたらって言われてるの。でも、彼らが骸骨に何か手を出すことはないはずよ。だってアレだから」


「あぁ、確かに。あの話は傑作だな」


——黒羽属には、古い伝承がある。


“黒羽の家は、雄こそ家を支える柱である”と。

昔の彼らは、子を産んだ雌を“役目を終えた”とみなし、

夫の体に取り込むことで一族の力を受け継ぐ……

だが、それと同時に悩みもあったんだよ。

『どうして自分たちは、これほど優秀なのに数が増えないのか』って。

一時期、黒羽属の人口が急に増えたことがあって……

その頃、噂だけど、


“別の世界の生き物である人間は、より多く子を産める、と——

そう信じられてきた。

だが、百合の知っている吸血鬼の話と違う。産ませるのではなく、人の首に噛みつき、相手を吸血鬼に変化させるもの。どちらにせよ、吸血鬼というのはどこも恐ろしい存在なんだな......


「あと、一度人間の味を知ると戻れないとか言われてたよね」


やはり吸血鬼はここでは存在するんだ。


司牙の話を魅鬼は頷きながら聞くが、少し笑って聞いていた。


「司牙君の頬骨が見えた状態でそんな話聞くと面白いわよね」

「またそうやって......百合を不安にさせないでくれ」


百合はそれでも、覚悟は決まっていた。

今回の事件の真相を暴くんだ。学校で何かわかるかもしれない。


そのまなざしを見た司牙は、警官として、

この子なら上手くやれる気がする。


そう思えた。


「まあ、もしヤツらに言い寄られても、骸骨ってだけで司牙君の存在に歯向かう人なんていないから」


魅鬼の発言に、こらこらと司牙はなだめた。


「こんな話をしておきながら何だけど......百合は、元の世界へ戻るまでの間、この世界でしばらくいられそうかな」


司牙が優しく問うと、まるで彼女から「はい」っていって欲しそうに見えた。

だが、彼女の答えはそれを上回るものだった。


「2人がいるなら、楽しく過ごせそうです! ご迷惑をおかけしますが、よろしくおねがいします」


「いやぁー!百合ちゃんかわいいー!!むり!!ぎゅーしていい!?」

魅鬼は助手席から後ろに向かって思いっきり抱きしめてきた。百合は苦しいそうだったが、嬉しそうだ。司牙はほっとしたのか、顔の半分が骸骨の下で微笑んでいるように見えた。

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