第2話 堤防の向こう側告白の誤算
放課後。
俺は約束通り、学校から一番近い砂浜に向かった。制服のズボンの裾を少し捲り、裸足で砂を踏む。太陽はまだ高い位置にあるが、空気が少しずつ冷たくなり、夕暮れの気配が漂い始めていた。
汐音は、いつものように堤防のコンクリートに腰を下ろし、海を眺めていた。潮風が彼女の髪を揺らし、その横顔は、朝に見せたようにどこか真剣で、妙に綺麗に見えた。
「来たな、海斗」
振り返った彼女は、少し緊張しているように見えた。その雰囲気が、俺の胸のざわつきをさらに大きくする。
「で、話ってなんだよ。体育館シューズの件なら、もう解決しただろ」
俺はわざとぶっきらぼうに言った。余計な期待を抱きたくなかった。
汐音は立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。それは、小さく折り畳まれた手紙だった。
「あのさ、海斗。ちょっと座って」
俺は言われた通り、汐音の隣に少し離れて腰を下ろした。
「実はね、私…」
彼女はそう切り出すと、手紙を固く握りしめたまま、言葉を選んでいるようだった。その間、耳に届くのは、波が砂浜を洗う単調な音だけ。
「私、海斗のことが、好き」
その瞬間、潮風が止まったように感じた。
俺の頭の中で、波の音が嘘みたいに遠のいた。
「…は?」
思わず出た声は、予想以上に間の抜けたものだった。
「だから!好きだって言ってるの!恋愛的な意味で!」
汐音は顔を真っ赤にして、持っていた手紙を俺の膝に押し付けてきた。
「ちょ、ちょっと待て。意味が分からん。お前、いつも俺のこと『冷たい』だの『つまんない』だの言って、やたらとくっついてくるのは、からかってるだけだと思ってたぞ」
「からかってない!あれは全部、アピール!海斗は鈍いから、これくらいしないと気づかないかなと思って」
俺は押し付けられた手紙を慌てて避けた。
「ふざけんな!それがアピールとか、距離感バグりすぎだろ!俺がお前のこと、心底嫌いだったって知ってるだろ!」
「知ってるよ!」汐音は叫ぶように返した。
「でもね、海斗。私、高校に入ってからずっと、お前の態度が変わるたびに寂しかったんだ。それで、どうしたらいいか分かんなくて…とりあえず、距離を縮めることしか考えられなかった。うざいって思われても、話しかけていれば、昔みたいに戻れるかなって…」
汐音は膝を抱え、俯いた。その声は震えていた。
「でも、もう無理。このままうざがられ続けるのも辛いし、ちゃんと伝えたかった。だから、返事は今すぐじゃなくていい。これ、読んで」
彼女はそう言うと、手紙を俺の隣にそっと置き、立ち上がった。
「…じゃあね、海斗。私、先に帰る」
汐音は、振り返らずに堤防の階段を登っていった。その背中は、朝の軽やかさとは違い、ひどく重く見えた。
俺は一人、夕日に染まり始めた砂浜に取り残された。
膝の隣に置かれた、折りたたまれたままのラブレター。
俺はそれを拾うこともできず、ただ遠ざかる潮騒の音を聞いていた。
嫌いだった幼馴染の、バグった距離感の裏に、まさかこんな告白が隠されていたなんて、全くの誤算だった。
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