第4話-2

 朝の光がゆっくりと東の空を染めていく。

 小鳥たちのさえずりが、静かな校舎の窓越しに届きはじめた。澄んだ高音が、まだ誰もいない廊下にこだまする。

 初夏の朝にしては少し冷たい風が吹き抜け、崩れた壁の隙間から涼やかに忍び込んでいた。

 

 だが、その心地よさとは裏腹に、校内には異様な空気が流れていた。

 昨日までの喧騒の痕跡が、そこかしこに残っている。崩れかけた壁、焦げついた床、踏みしめられた瓦礫の破片。

 普段なら始業前のざわめきが聞こえる時間帯なのに、今朝の学校は静まり返り、生徒の姿はない。

 

 廊下の向こうから、複数の大人たちがゆっくりと歩いてくる。その一歩一歩が、静まり返った空気を重く押しつぶしていくようだった。

 その中のひとり──ただ佇んでいるだけなのに、明らかに他とは違う気配を纏っていた。

 姿勢も表情も変わらないのに、空気が張り詰める。目に見えないはずの何かが、全身から放たれているのがはっきりとわかる。

 まるで、そこだけ世界の重力が違うかのようだった。

 

「遅くなってすみません。DSI埼玉支部所属、セイバーの本宮杏です」

「来てくれて感謝します。DSI東京本部長、飛渡章吾です」

 

 金髪のウェーブのかかった髪に黒いスーツに身をまとった女性、明日香と誠司と同じセイバーの本宮杏もとみや あんが到着し、章吾と握手を交わす。

 その様子を章吾の少し後ろから明日香と誠司が緊張した面持ちで見ていると、杏が二人の前に立つ。

 

「君達が東京本部のセイバーだね。初めまして。本宮杏だ」

「よろしくお願いします。DSI東京本部所属、セイバーの白崎明日香です」

「同じくセイバーの飛渡誠司です。本日はよろしくお願いします」


 かしこまった挨拶でぎこちなく頭を下げる二人の肩を杏は微笑を浮かべながら叩く。

 

「そう堅苦しくならなくていい。私は君達より歳上だが、同じセイバーだ。対等に行こう」

 

 その言葉は、二人の緊張を少しだけ和らげたが、杏は噂で聞く限りセイバーの中で一番強いと言われている。その証拠に強いオーラを放っていた。

 

「その、管轄外なのにご足労かけてしまいすみません。私達の力が足りなかったばかりに」

「東京はロストの発生率が他より高い。むしろ今まで君達だけで良く頑張った方だ。それにセイバーは人数が少ないから、お互いに助け合うのが筋ってもんだ」

 

 杏の重みのある言葉の中には、二人のことを思いやる優しさがあった。

 

「本宮さん、そろそろ行きましょう」

「ああ、そうだな。君達も私の援護を頼みたいから一緒に来てくれ」

「分かりました」

 

 DSIの現地対策班に案内され、杏は校内を歩いていく。明日香と誠司もその後を着いていき、再び中庭に辿り着いた。

 

 杏はロープで拘束されているドラゴンの前に立つ。左手首に右手を添えると光を放ち、杏のコアが形を変える。光が収まった時、杏の手にはバズーカが握られていた。

 杏がバズーカを構えたその直後、ドラゴンを拘束しているロープ目掛けてバズーカを放つ。直後ドラゴンが宙に飛び上がった。

 

 せっかくロストが捕まってたのに。二人が杏の行動に理解出来ないでいると、杏が叫ぶ。

 

「拘束された状態だと、ニードル破壊しても苦しいからな。二人ともギアを構えろ!」

 

 その言葉に二人はハッとしてコアをそれぞれのギアに形を変えた。

 第二ラウンドの開始だ。

 

 空を切り裂くように、巨躯のドラゴンが咆哮を上げた。全身の鱗が月光を跳ね返し、その尾は風を裂いてうねる。

 翼を広げれば、建物ひとつを飲み込めるほどの巨影が地上に落ちた。

 

 杏が黒く重厚なバズーカを肩に担ぎ、ドラゴンの前に堂々と立っている。

 細身のシルエットに惑わされてはいけない。その瞳に宿る鋭さと、指先に込められたわずかな緊張こそが、獣に勝る力を証明していた。

 

「遅い」

 

 杏がつぶやいた瞬間、轟音とともに火花が閃いた。

 バズーカから放たれた弾は、火線を引いて空を駆ける。まるで獲物を狩る弓のように、迷いなくドラゴンの翼の付け根へ突き刺さった。

 

 咆哮。

 ドラゴンの体がよろめき、空中で大きくバランスを崩す。しかし、杏はもう次の一手に動いていた。滑るような足取りで瓦礫を跳び移り、空へと狙いを定める。

 

 ――二発目。

 上空へ跳び上がったドラゴンの腹部に、容赦なく炸裂する爆炎。衝撃で空気が震え、破片が雨のように舞う。

 

「落ちろ」

 

 たった一言。

 その言葉に従うかのように、ドラゴンの巨体が空から引きずり落とされた。羽ばたく力も残っていない。制御を失ったまま、地面へ――。

 

 大地を揺らしてドラゴンが墜落した。衝撃で中庭に地響きが起き、塵が舞い上がる。

 その巨体はもはや、暴れることもできない。

 鱗の隙間から血が滲み、傷ついた胸が苦しげに上下する。残されたのは、荒く、濁った呼吸音だけ。

 

 杏は静かにバズーカを肩から下ろし、煙の中から歩み出る。

 その足取りに、迷いも、油断もなかった。

 

「すげえ……」

 

 その圧倒的強さに誠司は思わず呟く。

 明日香も声を出すことも忘れてその光景を見入っていた。

 

 ロストに刺さっているニードルはどこか、杏が探しに動き出す。

 明日香達もそれにならいロストに近付くと、杏の放ったバズーカで出来た傷口から中が僅かに確認出来た。

 

 その中に人影を見つけ明日香が駆け寄ると、そこから突如無数の茨の蔓が飛び出してきて明日香の身体に巻き付いた。

 

「ちょ……何これ……!」

「な……おい明日香、明日香!」

 

 誠司の手が明日香に届く前に、明日香は抵抗する間もなくロストの傷口に吸い込まれて行った。

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