SAVERS ―光なき心を救う者たち―

春坂雪翔

プロローグ

 夜の住宅街を、一人の男が必死に走っていた。

 背広の裾が風に舞い、足元はつまずきそうなほどもつれている。

 後ろから、何かが追ってくる音がする。

 地面を爪で叩くような、湿った風を巻き込むような、異様な足音。


 振り返ると、そこには――


 人の形をした“それ”がいた。

 しなやかな四肢、爬虫類のような鱗、首元には膨れたフリル状の皮膚。

 まるでエリマキトカゲのような姿の怪物が、喉の奥で低く唸りながら迫ってくる。

 男は悲鳴を飲み込み、再び走った。

 だが、あと数歩。怪物が飛びかかろうと身を低く構え――


 その瞬間だった。


 夜空に、一筋の光が走った。

 それは実体を持たぬ、けれど確かに存在する光の矢。

 矢は怪物の足元を貫き、地面を裂くような閃光を放つ。


「――いた」


 男が顔を上げると、視線の先に一人の少女がいた。

 街灯の陰から姿を現したその少女は、静かに弓を構えている。

 制服の上から黒いジャケットを羽織り、鋭い目で怪物を見据えていた。


「誠司、見つけた?」


 少女が小さな無線機に囁くように呼びかけた。

 その声は男には届かないが、すぐに答える声があるようだった。


 次の瞬間――


 怪物の背後で、乾いた破裂音が響いた。

 銃声だ。静かな住宅街に不釣り合いな、鋭い音。

 撃たれた怪物が咆哮を上げ、苦しげにのたうち、やがて膝をつく。


「――ッは、はあっ……た、助かった……!」


 呆然としていた男が、ようやく言葉を取り戻す。

 おそらく少女に答えた声の主であろう少年が駆けつけ、男は少年と少女に必死に礼を述べた。


「君たちが……助けてくれたのか。ありがとう、本当にありがとう……!」


 しかし、少年も少女も、言葉を返さない。

 二人はただ、倒れた怪物を静かに見つめていた。

 怪物の身体が、黒いもやのようなものに包まれていく。

 そのもやはゆっくりと形を崩し、やがて空気に溶けるように消えていった。


 そして、もやの中から現れたのは――一人の女性の姿だった。

 ボロボロの服に包まれ、顔は傷と涙で濡れている。

 その姿を見た瞬間、男の表情が強張った。


「……この人に、見覚えはありますか?」


 少女が静かに問いかけた。

 その言葉に、男の顔は見る見るうちに青ざめていく。

 足元が崩れ落ちそうになるのを、どうにかこらえながら、彼は言葉を失っていた。

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