箱詰めのラブレター

「ぉはよ。今日早くない?なんかあんの?」

「おはよう、翔吾。」


 あくびをしながら起きてきた翔吾に、夕月は朗らかに笑いかけた。


 時刻は午前6時。


 いつもならまだ親子3人で寝ている時間だった。


「ちょっとね、復帰に向けてリハビリしようかと思って。」

「早起きの?」

「そう。」


 壮良はもうすぐ1歳。

 産休から続けて1年取っていた夕月の育休が終わる。

 今まで出勤時間の遅い翔吾に合わせてのんびりした朝を送っていたが、そろそろ夕月も体内時計を調整しなければいけない時期だった。


「だからね。これ、久しぶりに作ってみた。」


 夕月が示したのはキッチンカウンターに置かれた、ランチクロスに包まれた弁当箱。


「弁当、俺の……?」

「うん。ごめんね、今までさぼってて。」


 妊娠前は毎日2人分作っていた弁当を、つわりが出て作るのを止めた。

 壮良が産まれてからは夜泣きがあったりで不規則な睡眠時間にかまけて、ずるずると。


結局1年半以上作っていなかった。


「さぼってたとかじゃ、ないだろ。……でも、なんか懐かしいな。」


 翔吾は弁当を撫でるように手を置いた。


「これ、中身なに?」

「普通のお弁当だよ。」

「じゃあ卵焼き入ってる?」

「もちろん。」


 卵焼きは翔吾のいっとう好きなおかずだった。

 弁当再開の感慨と感謝の気持ちを込めて、特別丁寧に焼いた。


「お昼、楽しみにしててね。」




「んだこれ、普通じゃねぇじゃん。」


 昼休憩。職員室で弁当を開いた翔吾は1人呟いた。

 夕月が言った通り、弁当には黄色い卵焼きが入っていた。

 けれど何だか全体的に、ずいぶんと華やかな気がする。


「お、愛妻弁当復活?」

「藤岡さん、うるさいっす。」


 冷やかした上司を、翔吾は手を振ってあしらった。

 上司とはいえ、学生時代から世話になっている間柄で、その口調は気安い。


「……あ。」

「どうした?」

「何でもないですー。」


 彩りの良い弁当に箸を付けて気付いた。

 学生時代の弁当に似ている。

 いくら夕月がマメで料理好きでも、毎日の事にそうそう手間はかけられない。社会人になってからの弁当は少しずつ簡単になっていった。

 今日の、品数が多く手の込んだ弁当はそれより前、付き合い始めの頃に夕月が作ってくれた物によく似ていた。

 今ではすっかり普通になってしまった、翔吾にとって毎日が特別だった頃の弁当。

 その「特別」はきっと、夕月にとってもそうだったのだろう。


 ──夕月って、ほんと、


 その言葉は、もう、何度思ったかわからない。


「えっ、鮎川くん泣いてんの!?」

「泣いてねーから!もー、飯時めしどきくらいほっといて下さいよ!」


 帰ったら、サプライズは大成功だと伝えなければ。




「パパ、そろそろお弁当食べるかなぁ?」

「まんま」

「はい、どうぞ。」


 夕月は壮良の手に小さく切った卵焼きを握らせた。


「これはね、卵焼き。」

「ま」

「そう。た、ま、ご。今日はパパとお揃いだよ。」


 手掴み食べ用に取り分けたお弁当のおかずがシリコンのランチマットに並んでいる。


 豆腐ハンバーグと野菜の和え物、さつまいものレモン煮、鮭のほぐし身のおにぎり。それから卵焼き。

 きんぴらだけは大人用。


 夕月自身もおにぎりを握って、今日の昼食は「お弁当ごっこ」だ。


「美味しいね。」


 膨らんだ頬に押し上げられた目元が、翔吾に良く似ていた。

 やはり親子なのか、卵焼きが気に入ったようでそればかり食べている。


「ご飯と野菜も食べようね。」

「あーぃ、ぱっぱん」

「パンないない。今日はおにぎり。」


 少しだけ特別なお弁当に翔吾は気付くだろうか。

 主食だけは父と違ってパン派らしい息子と戦いながら、夕月は思った。


 ──きっと気付く。


 そして、またあの頃のようにちょっと照れた顔で「美味かった」と抱きしめてくれるだろう。

 今は、壮良も一緒に。


「壮良はお弁当箱、何レンジャーが良いのかなぁ。」


 3つの弁当箱が並ぶ様子を想像する夕月は、翔吾の弁当箱が、折り紙のフラワーボックスになって帰ってくるのをまだ知らなかった。

 

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