ふたりうむ※
夕月の実家に壮良を預けて2人で出かける事にした。
コンビニで夕月を泣かせてから、はや2週間。
そのずっと前々から考えながら、先延ばしにしてしまっていた事を漸く実行に移せた。
「お母さん、このタッパーがレンジで40秒ね。ちゃんと温度確認してね?それからミルクは全部食べたら170で、食べない時間は200で、足りなかったら……」
「それはもう何度も聞いたから、早く行きなさい。待ってるでしょうが。」
玄関先で繰り返し壮良を振り返る夕月を、夕月の母が苦笑いで押し出している。
「夕方には帰ってくるから。」
「いいから、2人でゆっくりしてきなさいね。」
「よろしくお願いします。」
夕月を受け取って頭を下げると、壮良を抱いた義母が嬉しそうに笑う。その目元が夕月にそっくりだった。
身体を休める意味も兼ねて、ペアシートのある映画館で映画を見る予定だった。
予想外だったのは、上映されているのがカップルが主人公のホラー映画だった事だった。
「ホラーか……。」
「嫌いだった?」
「いや別に。でも胎教に悪くない?」
「胎教ってもう何も入ってないし。普通の席で良かったら違うのにしようか。」
「せっかく来たから、夕月が良いならこれで良いよ。」
ちょっと身体を傾けて握った手にはちゃんと結婚指輪が光っていた。
翔吾が思うに、幽霊は力で勝てないからタチが悪い。
ゾンビはいい。大体の弱点が決まっているし、手加減しなくていい分、生きた人間よりやり易い。
だが、お化けやら呪いやらは違う。
奴らに物理攻撃は通じないし、逃げようが隠れようが気が付けばすぐそこに現れる。
『きゃあーーっ!!』
びく、と意図せず肩が跳ねる。
──怖いからじゃなくて、女優の声にびっくりしただけだから。
夕月に気付かれていないかそっと隣を窺うと、スクリーンの光に浮かび上がった頬に、いく筋も雫が伝っていた。
「え……、夕月、大丈夫か?怖い?」
仰天して頬を拭ってやると、だいじょうぶ、と囁いた夕月はまたスクリーンに目を戻した。
もう怖いとか言ってる場合ではない。
膝の上に置かれた手を握ると指が絡んだ。
幸か不幸か、時折きつく握られる手と押し殺した息遣いに、それ以降の内容は全く頭に入らなかった。
「なんで泣いてたんだよ。超びびったんだけど。」
シアターを出て入った喫茶店のカウンター。
翔吾は真っ先に夕月に尋ねた。
「確かに。翔吾ホラー駄目なら言ってくれたら良かったのに。」
「びびったって、そっちじゃねぇから。」
──クソ、やっぱり気付かれてた。
舌打ちを堪えて、なんで泣いたの、と重ねて聞くと、夕月は恥ずかしそうに笑った。
「なんか、あのお化け可哀想になっちゃって。」
「あの、凄い顔した、無差別に呪ってくるやつ?」
「そ、そうだけど……、可哀想じゃなかった?好きな人に裏切られて、子どもまで奪われて。無理矢理祓われちゃうし。」
「そう言われてみると、そうかも……?」
正直終盤の展開はよく覚えていなかったが、夕月が言うならそうなのだろう。
夕月の母親メンタルに、お化けの子どものくだりも刺さったのかもしれない。
「私も、翔吾と壮良がいなくなったら、化けてでるかも。」
「夕月が?」
「そう。」
どうも夕月が憤死して化けて出るなんて想像できない。
「裏切ったりしねぇから、安心しろって。」
「それだけ好きって事。」
ホイップの乗ったピンク色のドリンクを混ぜながら、夕月は平然と言った。
「……ありがとよ。」
「ねぇ、これ美味しい。」
一拍遅れた言葉が、夕月の嬉しそうな声に被った。
「チッ……。」
「照れてる?」
「照れてねぇ。愛されてるの知ってるし。」
「そこまでは言ってないけど。」
翔吾は、ちょっと澄ました夕月を見て、大人になったな、と思う。
別に母乳の質を気にしてドリンクを選ぶ様子などに感じ入った訳ではない。
ただ、出会った頃の夕月は、面と向かって好きとか嫌いとか言える女ではなかった気がする。
「何か失礼な事考えてるでしょ?」
「いや、大人になったなーと思ってる。」
「……おかげさまで?」
「それ、変な意味にとって良いやつ?」
「駄ぁ目。」
壮良が待ってるからね、と笑みを含んだ言葉は確かに母親の物。
けれど、その微笑みは。
翔吾の頭から、一瞬「夕月を休ませる」という当初の目的が飛んだ。
「……もう1人、欲しくねぇ?」
「まだ駄目だったら。」
夕月の目は、窓の向こうの街並みに向けられたまま。
その白い指先が僅かに、テーブルに置かれていた翔吾の肘に触れた。
「でも、もう少しだけ。ゆっくりしてから帰ろっか。」
「壮良会いたかった〜!もちもち〜!」
夕月が実家から連れ帰った息子に、むぎゅむぎゅと頬擦りをしている。
壮良もうーうーと声を上げて再会を喜んでいるようだ。
「そろそろ寝かせる時間じゃね。またドライブ行く?」
「ちょっと待って。おっぱい飲んで欲しいから。そろそろ痛い。」
壮良を横向きに抱え直した夕月にクッションを手渡しながら、籠っていた熱と増した質量を思い出した。
「……粉ミルクの方が、味がした気がすんな。」
「……舐めたの?」
うっかり漏らしてしまった呟きに急に視線の温度が下がった。
「違う!わざとじゃねーし!」
たまたまちょっと、手についただけだ。決して息子のような真似はしていない。
そんな事夕月だってわかっているだろうに、変態の誹りを受けた気分だ。
「……そんな焦んなくても、冗談だよ。」
「勘弁してくれ……。」
冗談の顔じゃなかった。絶対。
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