安定期※
※ついてますが何もしていません。
夕食後、テレビを見ながらミントキャンディーを口に放り込んだ翔吾を見て、夕月が呟いた。
「……ねぇ、ちょっと太ったんじゃない?」
「マジ?」
「うん。禁煙してるからってお菓子食べ過ぎだと思う。」
「うっ…」
耳に痛い指摘だった。
確かに最初は煙草の代わりだった、と思う。
元々考えごとをしたり、1人になりたい時に吸っていただけだったからそれ程本数は多くなかったのだ。
それが、お菓子に変えた途端に手放せなくなってしまった。
特に最近はつわりが落ち着いた夕月が一緒に選んだりして、楽しさも相まって購入する量も増えた気がする。
「……夕月、自分が気にしてるから余計そう思うんじゃ」
「翔吾?」
「…ハイ。」
もう妊娠6ヶ月に入る夕月の身体は、僅かに腹部が膨らみ、全体的に柔らかく丸みを帯びてきた気がする。
自分ははむしろそれを好ましく思っているし、神秘的だとすら思っている。しかし夕月はすぐに体重が増えたとか浮腫んだとか言ってカリカリするのだ。
いじましい言い訳は冷たい一瞥に両断された。
「口が寂しいなら、チューしてあげよっか?」
「俺、また臭いとか吐きそうとか言われたら泣くけど良い?」
「ごめんて。もう言わない……多分。」
「多分かぁ。」
結局その夜は顔を背けられずに済んだ。
その次の次の日。
夕月は届いた荷物に首を傾げた。
「これ何?」
「プッシュアップバー。重いから持つなよ。」
「めちゃめちゃ気にしてんじゃん。」
「そりゃするだろ」
「…腕立てしたら、お菓子我慢しなくていいの?」
「……いや。我慢、しようかな。」
誘われるままに口寂しさを誤魔化そうとして、気付いた。
──これはこれで、別の我慢がいる。
「ねぇ、温泉行きたくない?」
「妊娠中って旅行行っていいの?」
ソファで動画を見ていた翔吾に旅行雑誌を見せると、翔吾はスマホを置いて夕月が座りやすいように姿勢を直した。
隣に座ると、自然に身体が寄り添う。
少し前までは翔吾の匂いを強く感じて近寄れない時があって、彼に申し訳なくて辛かった。
安定期に入って、ようやく2人で寛げるようになったのが嬉しくて腕を絡めてくっついた。
「うーん、うまれたら、そのうち…。」
「夕月って風呂好きな。」
「ほら、こことか、部屋付きの露天風呂だって。赤ちゃん連れでも一緒に寛げるよ。」
「一緒にか、……それは、良いな。」
一瞬考えるように翔吾が沈黙する。
一呼吸後、2人の膝の上に広げた雑誌を、おもむろに自分の方に引き寄せた。
「ちょっと良く見せて。」
見せて、と言ったくせに、何やら上の空にペラペラとページを進めて行ってしまう。
「ちょっとめくるの速いって、バンジージャンプとか見てどうすんの。」
「いや…、楽しいかと思って…。」
顔を逸らして、歯切れ悪く答える。
「全然見てないじゃん。雑誌返してよ。」
「まだ駄目だって…!……だから、夕月あんまくっつかないで」
「あ、」
開いた雑誌を押さえる手に力を込めた彼を見て、思い当たった事があった。
──少し、悪い事をしたかもしれない。
絡めていた腕をそっと解いて距離を取る。
「……散歩でも、行く?」
「……今の俺に外歩けってか。」
唸る翔吾に、少し考えた。
「旅行、翔吾のお父さんとうちの親も誘おっか。皆んなでお風呂入ろ?」
「…………そういう対処すんのは止めようぜ。可哀想だろ俺の俺が。」
なんだか、眠れない。
妊娠初期の頃、眠くて仕方なかったのが嘘のように、最近はそんな夜がよくあった。
何度も寝返りをうっていると、翔吾を起こしてしまった様だった。
「……夕月、眠れない?」
「ちょっと。ごめん、うるさかった?」
「大丈夫。」
おいで、と翔吾が夕月の身体を引き寄せた。背中側から腕が回って、後ろから抱きしめられる。下側の腕は首の下を通って腕枕になった。
背中を広い胸に預けて、包まれる感覚にため息が漏れた。
「暑い?」
「ううん、落ち着く。」
翔吾の鼓動を感じていると、だんだん瞼が重くなってきた。
このまま眠れそう、と思った時だった。ぽこん、とお腹の中から小さな衝撃。
「あ、動いた。」
「え、まじ?」
「うん、この辺。」
胸の下に回っていた翔吾の手をとって、胎動があった辺りに乗せる。
「よくわかんねぇな…」
「ほら、パパの手だよ。」
夕月の声に応えるようにもう一度、ぽこりとお腹が動く。
「ほんとに、動いた……。」
耳元で、翔吾の声が震えた。
「すげぇ…、生きてる…。」
「生きてるよ」
「夕月すげぇよ……、俺今夜眠れないかも。」
「うん、嬉しいよね。」
「もう少し触ってて良い?」
「うん…………。」
感動に震えている翔吾の腕の中で、夕月は瞼を閉じた。
大きな手が優しくお腹を撫でている。
この子が生まれてからもきっとこんな風に、一つずつに感動してくれるんだろう。
──だから、安心して大丈夫。
内心でお腹に語りかけて、夕月は優しく訪れた睡魔に意識を預けた。
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