第27話

 二時間ほど外でぶらっと時間を潰して、そっと静かに家に戻った途端に捕まった。

「キーッ、キーッ!」と普通のエゾモモンガの振りをする。

『モモちゃん、普通のエゾモモンガの振りしても無駄だよ。大体、私が他のエゾモモンガと間違えると思っているの? ついでに言えば、この部屋に普通に入って来るエゾモモンガなんてモモちゃん意外にいないでしょ!』

『主、我は心の広いので、我以外にエゾモモンガがこの部屋に入り込んでも、テリトリーを侵されたと怒って追い出したりはしません。所詮は可愛いだけが取り柄の非力な存在。間違っても主に害を為すような事も無いでしょう。なので主の徳を慕い、ただのエゾモモンガがこの部屋にやってくる可能性はゼロではありません。そんな状況で主が我と他のエゾモモンガをうっかり間違えても、主なら仕方のない事だと諦めて、決して責めたりはしませんよ。だから間違えても良いんですよ』

『そんな訳ないでしょう。モモちゃん! ああ言えばこう言うんだからもう』




 結局その翌日。ジンギスカンを食べる為に富良野まで行った。

 しかも我の運転でだ。主は「手はハンドルに添えるだけ」とどこぞのバスケ漫画の主人公の様な事を言うだけで、しかも下道を我に運転させた。

 どう考えても道交法違反なので、主はもう一度自動車教習所からやり直すべきではないだろうか?

 まあ、安全性なら我が運転した方が一万倍は上なんですけどね……


 店は外観・内観共に木材をこれでもかと強調し、テーブルの間も広く、ゆったりとした空間で、ファミリー層も安心なタイプ。

 広い窓からは今の季節は、見飽きてうんざりする白い雪景色だが、他の季節は良い景色を見せてくれるだろう。

 テーブルに置かれたメニューんは、マトンとラム。ライスと味噌汁、漬物。あとは酒と酒と酒と酒とソフトドリンクと言う、洒落感無しの真っ向勝負のスタイル。

 そして価格も観光地としては良心的だ。

 観光地としては良心的な価格設定で

 ジンギスカンはマトンが旨かった。マトンを食って旨いのが良いジンギスカン屋の証だと思う。


 そもそもジンギスカンのたれのくどくてしつこい味わいは、癖の強いマトンを食べる為にああなったので癖のないラム肉には全く合わない。ラム肉がたれに蹂躙されているという感じ。

 北海道以外でジンギスカンが一過性のブームで終わってしまったのは、ラム肉をジンギスカンのたれで食べるのが原因の一つだと思う。

 だからと言ってラム肉をジンギスカンのたれ以外で食べるのは、ジンギスカンではないからな~。

 やっぱり北海道ローカルの名物グルメというポジションしかないのだろうか?



 主は今年度も優ばかりの成績で一つも単位を落とす事無く終えた。

『本当に優秀ですね主は偉いですよ』

 主の亡き御両親に代わり褒め、頭に登って撫でて差し上げる。

『えへへ、ありがとうモモちゃん!』

 伸びてきた主の両手を避けることなく捕まり、頬でスリスリされる。

 こういう場合は、我の身体が猫位の大きさがあればモフモフ感もあり、もっと主を喜ばせる事が出来るかと思うと、エゾモモンガの身の上を少し残念に思う……大きくもなれるのだけど、大きくなったら可愛さがなくなったと言われたら、我の存在意義の九割が無くなるので大きく慣れる事は内緒だ。

 

『主の日々の努力によって得た成果です。もっと誇るべきですよ』

『今日のモモちゃん優しいよ~』

 感激して頂けるのは良いのですが、もうスリスリじゃなくて、ごしごしと雑巾で床を拭くような力ですよ。我が普通のエゾモモンガだったら中身が出てしまう状況だ……まあ、我だから良いんだ嫌じゃないし。

 だけど主は我以外のペットを飼わない方が良いだろうペットが危険だ。

 まあ我以上のペットなどこの世に存在しないのだから! ……ちょっと我は病んでるかもしれない。



 旅立ちの朝。我は早起きをして朝食を作る。

 勿論、この小さな手では料理など出来るはずが無いので、ここでも役に立つ【念動】の出番であり、前回の旅から半年間ずっと色々と料理を作っていたので、スキルレベルが上がり【念動・極み】になっている。

 意外にレベルアップが早いとも思ったが、よく考えると前世で【念動】を使う場面はほとんど宝物磨きの時と仕事上の書類を書く時だけで、それ以外は怠惰な龍種故に、眷属のドラゴニュートに身の回りの事は任せていたので、レベルアップはしなかった。

 使用目的に多様性が無かった結果だと思う。

 

 それではどうして、宝物磨きは自分でやるのかと言うと、龍種にとっては宝探し、宝集め、宝磨きは趣味であり娯楽であり、そして人生なのだ。だから決して自分以外には触らせない。それが龍種なのだ。


 ちなみに料理は我だけの仕事ではない。主と交代でやっている。

 だが、我が【念動】だけではなく料理の腕前も順調に伸びているのに対して、主の腕前は三歩進んで三歩下退がり、時々三歩進んで、三歩退がらず二歩で踏み止まる……時々? いや極稀にだな。


 主は決して不器用ではない。絵はかなりの腕前だと思うし、キャラ弁での立体造形の腕前は既に素人レベルではない。

 更に主は理系なので、レシピを忠実に再現する料理は得意なはずなのだが、別段自己流のアレンジを加えなくても……駄目なんだな~何でだろう?

『モモちゃんのフレンチトーストふわふわで、トロっとして、朝から贅沢気分だよ。ありがとうね』

 ……まあ良いんじゃないだろうか、主が料理上手にならなくても……苦手なものの一つや二つや、沢山あっても良いじゃないか。主の幸せそうな笑顔は世界を救うよ。少なくとも我は救われている。



 準備を終えて家を出る。

『寒いわ~』

 今朝の気温は氷点下八度。二月下旬の朝七時少し前の市街地の気温としては結構な冷え込みで、吐く息も真っ白になっている。息を鼻から出すと漫画の鼻息が荒い表現のようになって女性は嫌がる状況だ。まあ、そういう時はマスクをするのが一番の対処法である。


 荷物は【インベントリ】の中にあるので、主が持っているのは財布や携帯の入った小さなバッグ一つ。

『荷物がないのって楽だよね』

 少し離れた場所にある駐車場までの足取りが軽い。

『夏の旅では、カブの後ろに大きなボックスを取り付けて、更にその上に大きなバッグを載せてましたからね』

『あれって、重心が後ろに偏っているから坂道を上がると前輪が浮く感じがして怖いんだよ……私が初日に富良野に辿り着けなかったのは、そのせいだよ』

『…………』

『何か言ってよ~!』

『……申し訳ありません。余りにも衝撃的な発言に意識を失いかけました』

 言葉だけで我の意識を飛ばすとは、流石ですよ主。


『おや?』

『どうしたの?』

『ところで主、少しお知らせするべきことがあるのですが、先ず絶対に後ろを振り返らないで、何事も無かった体で、歩調も変えずに歩いて下さい』

『どうしたの?』

 言われた通りに主は前を向いて歩調を変えずに歩きながら尋ねてくる。

『以前、大学で主に嫌がらせしていた馬鹿共の中の四人が、後ろを歩いていますが、どう思います』

『偶然と言うには無理があるね』

『そうですね。放校された連中が半年も経ってこんな時間から、旧交を温めるとかありえませんね』

『そうだね……あちゃ~面倒だね』

『ですよね~、まあすぐに退場させるので安心して下さい。勿論旅程には一切影響のない様に処理します。穏便に、そして後悔する様にがっつりと』

『モモちゃん、ちょっと怖い』

 それは怖くもなりますよ。我は怒っているんですよ自分にね。

 主との生活が楽し過ぎて、ついうっかり連中の事を忘れていた。最高の復讐は幸せになる事だというのは嘘だね。ああいう連中が幸せそうな主に逆恨みをしない訳がない。

 前世での我ならば、周囲から恐れられていたので逆恨みで実際に我に復讐しようなんて馬鹿は居なかった……無論、最初は居たけど学習したんだろうね。学習するチャンスが無かった奴等の方が多かったかな?

 

 

 全く黙って大人しく、人生の暗くて深い淵に沈んで残りの人生を溺れ続ければ良いものを、今更復讐とはね……まあ嫌いじゃないよ。そんな奴等が無駄に藻掻く様はね。

 だが主との大事な旅行の邪魔をしようとするのなら、その報いはそれはとても丁寧に丁寧にさせて貰おう。

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