第18話
太陽が西の日本海に沈んでから薄暮の時が過ぎたのは七時半頃だった。
宗谷岬から東にある宗谷漁港へと移動してっぺんドームで周囲に人が居ないのを確認してから、バイクとヘルメット等を【収納】し、JR稚内駅の辺りを目指して移動を開始する。
移動手段は【飛行】で500m程の高さを飛び、約25㎞の距離を四分間程度で移動する。
しかしここからが時間を要した。
想像以上に人が居たというのが理由だ。稚内市は人口は三万程度の規模だが、面積は全国1700を超える市町村の中でも八十位で決して人口密度が高い訳ではないが、市街地が海岸線に張り付くように広がっているので市街地自体の面積は広くないので、夏の夜の八時前は完全に人気がない様な場所が中々見つからなく、国道を宗谷岬方向に7㎞程戻ってようやく誰かに見られる事が無いと確信出来る場所を発見し、目的の店に辿り着いた時には八時になっていたが、ラストオーダーが九時なので問題ない。
『美味い』
海と山のある土地で育った牛は美味いというのが本当だったんだ……稚内は山と言うよりも丘陵地のイメージだけどな。
脂肪の少ない赤身肉は柔らかさと噛み応えの良さを併せ持ち、そして旨味が強い。
宗谷黒牛の陶板焼の美味さもあるが、やはり肉断ちの影響が強いのだろう。 もう感動的な美味さだった。
『美味しい! 脂が余り前に出て無いからお肉の味が良く分かる……だから誤魔化しがない美味しさなんだよ』
主はグルメ漫画の登場人物の様なコメントをしながら、満足そうに肉を噛みしめている。喜んで貰えて何よりです。
『この赤身のふっくら加減は何でだろう』
『主、それは熱伝導率の低い陶板で焼く事でゆっくりと熱が肉に入る為に、焼き加減を調整しやすくなるので、この様に客が自分で焼くのに向いているのです。また肉の表面からの熱伝導による熱の移動だけではなく、輻射熱により中へ熱が入る事で、必要以上に表面が熱せられて収縮する事が少なく、肉汁が肉の中から逃げ難い状態が維持される効果もあります……詳しくはネットで』
我もこれ以上は詳しくは知らないし、この場ではスマホで検索する事も出来ない。
『モモちゃん詳し過ぎる。もしかして元料理人? ……えっと料理龍?』
拙いな、余計な事を言い過ぎた。
魔龍の有力氏族出身で自らの鍛錬に全力で取り組んできた我に、料理をする時間など無いので、先ほどの発言はほぼ前々世の知識である。
『いえいえ、嗜む程度で本格的な料理は何時か主にお出し出来る様に、今後精進したいと思います』
『料理までモモちゃん頼りになったら駄目人間になっちゃうよ』
『それでは一緒に料理をしましょう』
主と一緒に料理……良いぞ、実に楽しそうじゃないか。
『でも私、料理得意じゃないよ』
『一緒に上手になりましょう』
このチャンスを逃したりはしない。主と一緒に料理するんだ! するんだ!! するんだ!!! ……嬉しさのあまり正気を失うところだった。
『主の得意料理は何ですか?』
『……カップラーメン』
『…………すいません。好きな料理は何ですか?』
完璧なスルー能力。何事もなかったかの様に自然に、得意料理から好きな料理への素早く適切な切り替えは、自分の事ながら称賛に値する。
『煮物かな?』
渋い選択だが、我も元おじさんなので煮物は好きですよ。
『それでは、旅が終わったら肉じゃがに挑戦しましょう。我もテレビで見て食べてみたいと思っていました』
『良いね。一緒に美味しい肉じゃが作ろうね』
ふぅ、災い転じて福となすって奴だ。主の笑顔を見ながら、結果的にこの状況に持ち込んだ自分を自画自賛するのだった。
旅五日目の朝。今回の旅の最終日の始まりだ。
『おはようモモちゃん』
『おはようございます主』
もう長距離を走らないで済むので主の顔色はとても良い。目の輝きが違う。
これなら来年は原付二種ではなく軽自動車で移動する方が良いのではないだろうか?
その為には、公に使う事の出来る資産を増やす必要がある。現在の三千万円は大っぴらに使う事が出来ない。旅の費用として使う程度なら大丈夫だろうが、軽自動車を購入して駐車場を契約するとなれば、大学生の主が何処からその金を捻出したのかが、必ず問題になる。
手っ取り早い金策なら【可愛いエゾモモンガと、もっと可愛い主の動画】を配信すれば良いだろう。
何せエゾモモンガの中身が我なので、幾らでも、最高のタイミングでアザトカワイさを演出する事が出来る。
前々世の我なら毎日配信をチェックして、ついついお布施した事だろう。
毎朝早くにエゾモモンガの生息地である円山地域の公園で、我が主と戯れる動画を撮るだけでも100万回再生を連発は間違いないだろう。
更に我には策がある。他のエゾモモンガにも協力を要請しよう。間違っても脅迫ではない……多分。
それは唯一無二。この世界で主だけが撮影出来る動画であり、揺ぎ無い人気を得る事になるだろう……だから、それはやらない。
もしそうなれば主のプライベートな時間は完全に消失する。
何処に行こうとも主にカメラが向けられて、追いかけまわされる事が日常になるだろう。
そんな事、ボッチ体質の主は望んでないだろう。そして主が望まない事は我も望まない。
そうなるとやはり、公営ギャンブルだ。
主に競馬場に言って貰い我がこれだと思った馬の馬券。正式名称勝馬投票券を購入して貰うのが良いだろう。
運気が高く、直接的な金運にも恵まれていて、更に非常時に回復魔法を使うべきか判断するのに使う魔法【数値評価】を使えて、健康状態を数値で確認する事が出来る我は、競馬では完全にチート野郎である……本来の不正行為と言う意味でも。
主には我がとても運が良いとだけ説明しておくしかないだろう。
一方でパチンコはタイパが悪い。宝くじは我の運気をもってしても元の当選確率が低過ぎて、確実なリターンを求めるのには無理があり過ぎる。
そういえばロトくじがあったが、我の運気で当選率が百倍となっても厳しいだろうし、現状でそこまでの大金を必要としている訳でもない。
やっぱり馬だな。石狩に競馬だけではなく競輪やオートレースの場外発売所があったはずだが、競輪やオートレースに関しては良く分からないから、桑園で競馬で賭けるのが良いだろう。パドックで【数値評価】を使えばチート級の勝率になるのだから。
八時にチェックアウトを済ませると目指すはノシャップ岬。
はっきり言って稚内はノシャップ岬が熱い……個人的に。
水族館とプラネタリウムがある青少年科学館だけではない。有名な海鮮丼のお店があるのだ。
そういえば良く憶えていないが、ノシャップ岬かどうかは分からないが、規模が小さい遊園地みたいなのがあったはずだが【稚内 遊園地】で検索しても全く出て来ないのは何故?
記憶違いではなくそこで遊んだ記憶があるのだが……前世の三百年の長過ぎて手掛かりになるような記憶すら出て来ない。
そんな事を考えていると直ぐに目的地の海鮮丼屋に到着する。
『もう並んでるんだね』
『夏のこの時期は道外から沢山の人がバイクや車で北海道に来て、その人達の最終目的地の有力候補が宗谷岬です。更に海鮮丼は好きな丼物ランキングで一位ですから、店の人気と相まって開店時間に並ばない理由がありません……それでも、これくらいの列なら待たずに席に着けますよ』
勿論、席数の確認を怠っていない。出来るモモンガなのである。
テーブル席の角に座ると生うに丼を注文する。
主は小柄なので、平均的な女性よりも小食気味なので、我がお勧めの二段式生うに丼は諦めてしまった。
余ったからと言ってお持ち帰りが出来る料理じゃないから仕方がない。
【インベントリ】に【収納】すれば食中毒の心配もないが、満席のテーブルで不審に思われずにと収納するには無理があり過ぎる。
『美味しい。美味しい。美味しいよ…………』
魔道具を介して主から伝わってくるのは美味しいのみ。
今のご時世、札幌ではこの量のウニが入った海鮮丼は下手をすれば倍近い値段になるので、ウニ好きにはたまらないだろう。
勿論我もウニは好きだ。ちなみにウニが食べられるようになったのは小学生の高学年になってからだ。
あの見た目はハードルが高い。マダラやスケソウダラの白子と並ぶハードルの高い食材だ。
『そういえばお土産買ってないね』
予定では朝食後に水族館へ行くのだったのだが、主が突然そう言い出した。
『お、お土産!?』
……誰に? 大学に通うために独り暮らししていると思われるのに、大学では完全にボッチな主にお土産を渡すような相手がいた事に我は混乱した。
お土産? いや多分、アルファベットの【omiyage】で何かの暗号の可能性がある。
主は大学に通うために独り暮らししているが、大学ではボッチなのでお土産を渡すような相手はいない……ちょっと泣けてくる。
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