第17話

『明日は、朝から美味しい物を食べて、水族館でクリオネとペンギンを見てアザラシに餌を上げて、隣りの科学館でプラネタリウムを観ましょう』

『プラネタリウムあるの?』

『実はあります!』

 我もすっかり忘れていたが、小学生高学年の頃に学校の行事で行ったのがプラネタリウムが初体験だったはずなのだが、その前にプラネタリウムを観た記憶があった気がしていた。

 しかし何処で観たのかが思い出せず記憶の錯誤を疑っていたのだが、稚内の観光ルートを調べていて科学館にプラネタリウムがあると知って思い出した……稚内には母親の実家があり小学生までは何度か泊りで来ていて、プラネタリウムを稚内で観たという記憶は無いのだが、消去法的に此処しかないと言える。

 その前は、もしかして札幌テレビ塔にあったと言われるプラネタリウムかとも思ったが、我が生まれるずっと前に営業を終えていたので、プラネタリウムを観たという記憶が確かなら、此処以外はありえない。

 

『午後から稚内の夜空とオーロラウォッチャーを観るよ!』

 やはり、主はプラネタリウムで興味のあるプログラムを二つ観る気だ。



『主、残り四分の一を切りましたよ。あっそこを左に曲がって側道に入って下さい』

 国道40号バイパスの途中で原付一種と自転車は側道へと追いやられる。

 少し疑問なのは途中で左側の側道は無くなり、稚内方面に向かう原付や自転車は右側の側道を走る事になる。

 それが正しいのか自信が無くなったが、スマホのナビゲーションアプリは自信満々にもっと先に行った場所で右側の側道へと行けと標識にあるので従うしかないのかと悩みつつも従うしかなかった。


 国道40号のバイパスを離れてミルクロードと記された道に入る。何がミルクロードなのか分からないままに。

『残り三十㎞を切りました。四時半頃に宗谷岬到着です』

『やっとか~もうギブアップしようかと思ってたよ』

『今ギブアップは止めて下さい。流石に日没前に主を連れて飛ぶと発見されてしまうので困ります』

 こればかりははっきりと告げる。主がギブアップしたら速攻で【催眠】で眠らせて、バイクを含めた全ての荷物を【収納】し、日没まで待って【飛行】で家に帰る事になる。

 それ自体、行うのは簡単だが、そうなると後々主の機嫌が上級者専用の下から見たらそそり立つ壁の様なゲレンデ並みに傾くだろう……そう二重に比喩を用いる程にヤバい事になる予感しかしない……それは単身で勇者達の行く手を遮るのに匹敵する戦慄だ。

 

『じゃあ、帰ったら尻尾モフらせてくれる?』

『尻尾の付け根に触らないで尻尾の先端の方だけならば』

 我は最大限の譲歩を示した。そもそも主が宗谷岬にバイクで行くと言い出した旅で、勝手に疲れてギブアップしようとしているだけなのに、何故我が譲歩しているんだろう?

『尻尾は尻尾だよ。付け根も全部ぅ~!』

 駄々を捏ねるが、この際なので無視して話を続ける。

『尻尾の付け根は人間でいうところの性感帯です。我の性感帯を執拗に弄る自分を主は年頃の女性としてどう思いますか?』

「あひゃ!?」

 意味不明な声を上げるのを無視して更に言い募る。

『それからお腹をモフるなとは言いませんが、下腹部は止めて下さい。時折我の大事な部分に指が触れています』

「あひゃひゃひゃ!」

 顔を真っ赤にして、意味不明ない声を上げ続ける。

 年頃の女性としては、はしたないで済まされない行為だと理解したのだろう。


『大変申し訳ありませんでした』

 路肩に停めてバイクを降りると、バイクのシートの上に置いた我に深々と頭を下げる主。顔は隠れても耳が真っ赤で、恥じらっているのが分かる。


 ちゃんと恥じらいがあって本当に安心した。我にとって悪夢とは我の命が尽きようとしている状況で、主を託す事が出来る伴侶が居ない事だ。

 もしそうなったら死んでも死に切れないよ我。

『主を嫁に欲しければ、筆頭家臣である、このモモちゃんを倒して見せろ!」……そう言ってみたいな~絶対に負けてやらないけど。

 我も龍種として三百年も生きたので、かなりの負けず嫌いなのだ。



「この先は、稚内空港があるので丁字路を左に曲がって200m先で国道238号へ右折で合流です。そこからは道沿いに進んで左手に宗谷岬があります」

 もう時間と距離は言わない。言うと主がまた何か言いだすと理解したから。


 そして午後四時半少し前に【宗谷岬P↑200m先左】の青看板が現れる。

 ゴールを目の前にして高まる我の心の中で、道民の心を揺さぶる、あのBGMが流れ始める……勿論オリジナルバージョンでだ。



『ゴール!!』

 主が三角形の日本最北端の地の碑の前で両手を上げて叫ぶ。

 それは、旅をやり遂げたという興奮の発露か、それとも過酷な旅をしようと思い立った自分への怒りの叫びか……きっと後者が八割だと思う。

 だけど、今まで溜め込んだ心の澱も少しは吐き出せたと思うのでヨシだ。この旅は決して無駄ではなかった。我の苦労も報われるというものだ。



『ところでモモちゃん。来る途中の看板に白い道ってったんだけど、それって何か知ってる?』

『勿論、旅の道中の有名な観光資源等はチェックしていますので』

『じゃあ、白い道って何?』

『白い道です。以上』

『それ絶対、もっと詳しく知ってるやつだよ!』

『……仕方がありませんね」

『仕方がないってどういう事なの?」

『来年❕のお楽しみに取っておこうかと』

『……そうか~、そういうのもありかも……でも今知りたいの!』

『ぶっちゃけるとホタテの貝殻を砕いたものを撒いただけの道路です』

『何か興味が失せる様な説明している気がする』

 ちっ、気付いたか。

『モモちゃん、ちゃんと説明して』

『魅力的に説明したら、来年まで待てないから、今すぐ行くとか言いますよね』

『……言う。間違いないよ。でも問題なのはどうしてモモちゃんは来年まで持ち越そうとしているのかよ』

『……はっきり言いますと、勾配が10%を超える様な急な坂道もある上に貝殻の破片が撒かれているのですよ。まだまだ上手とはお世辞でも言えない主が、転んで泣いてるイメージが頭に浮かぶので、これは主を止めるべきだと』

『泣かないよ。私は二十歳なんだから泣かない』

『我の予感は良く当たるので、良い歳してわんわんとみっともなく泣く主の顔が思い浮かびます』

『泣かないもん!』

『……泣かないとか言ってますが、転ばないとは言わないので、そちらの自覚は主もしている訳ですよね』

「うっ!」

図星ですよね』

『……はい』

『来年の楽しみにしましょう』

『……はい』

『今晩は、我のおごりで稚内の名物食材の宗谷黒牛を食べましょう』

『……はい……じゃなくて良いの?』

『我も食べたいので、宗谷黒牛を陶板焼きで食ってやりますよ』

『でも宿代もモモちゃん持ちだし、なんか私がモモちゃんに飼われているみたいだよ』

『何の問題もありません。人間に飼われている動物は愛玩動物だけではありません。牧羊犬の様に飼育コスト以上の仕事をしています。そして我は牧羊犬如きには絶対に負けません! 我こそが最高のペットなのだから!』

『凄いライバル意識なのは分かったけど、ちょっと前にモモちゃんはペットじゃないって結論が出た気がするんだけど?』

『主のいる場所が我のいる場所。だから自分のいる場所である主を守る何のおかしい事もありません』

 そんな綺麗事を言っているが、我は本当に宗谷黒牛の陶板焼きが食べたいんだ。旨い肉が食べたくて食べたくて仕方がない。人間として三十五年。魔龍として三百有余年も肉を食べ続けていた。野菜も食べるがそれは健康面を配慮して食べていただけで、好んで食べていたのは肉だ。

 それなのにエゾモモンガになったのだから肉は食べられませんというのは無理があった。

 ましてや実は肉を食べても大丈夫だったとなれば、もう肉が食いたくて食いたくて堪りません。

 だから主。食べると言って下さい。貴女が食べなければ我も食べられないんです。エゾモモンガが店に入って「宗谷黒牛の陶板焼をお願いします」なんて注文しても大騒ぎになるだけで、絶対に食事が提供される事はないんです。

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