プロローグ 呼び声

 工場の煙が空を汚す湾岸部わんがんぶ


 錆びた鉄骨と、ひび割れたコンクリートの隙間に、

 まるでのように古いアパートが建っている。


 秋津荘あきつそう


 築45年の木造ニ階建て。

 周囲の小綺麗なマンション群が白い外壁を誇らしげに並べる中、

 この建物だけが黒ずんだ板壁を晒している。


 まるで、のように。


 特に――ニ階の201号室。


 地元の古い住人は皆、知っている。

「あそこに住んだら、」と。


 だが、なぜか必ず誰かが現れる。

 

 


 最初はみんな理由を持っている。

「家賃が安い」。

「職場に近い」。

「研究のため」。


 ……けれど、最後には理由なんてどうでもよくなる。


 なぜここにいるのか。

 自分が何者なのか。

 それすらも、わからなくなる。


 気がつくと――


 子供の歌を口ずさんでいる。


「あーそーぼ、あーそーぼ、ひーとーりはいやよ……」


 知らないはずの歌を。

 覚えているはずのない、懐かしい歌を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る